魔女の暇つぶし

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2年生編9月

◆時間が変わるだけで、まるで異次元のようになる場所

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 今日はいたって変哲のない普通の平日だ。サラリーマンは満員電車に乗って会社へ赴いているし、カラオケも安い価格帯である。しかし、東高等学校は早朝から校内も校外もお祭り騒ぎだった。
 明日は文化祭の一日目。東高等学校の文化祭は学区内で一位二位を争う盛り上がりを見せ、二日目の一般公開日は多くの来客がある。そのため前日である今日、早い者は六時過ぎから登校をし、舞台の準備、三年生に限っては劇のリハーサルが行われている。進学校――学びの場であることも忘れるほどに人と物で賑わいを見せていた。
 文化祭実行員及び生徒会のメンバーは、クラスの出し物に加え、全体のスケジュールの最終確認やら、体育館等の音響周りのセッティングもある。
 海たちに去年なかった仕事と言えば、
「さすがに灯りをつけていても不気味だよね……」
 お化け屋敷を作っている側であるのに、夜の学校を怖がる侑希。
 文化祭の前日であっても、生徒の活動が許されるのは朝六時から夜七時まで。たとえ申請をしても、最終下校時間の延長はない。侑希曰く、「漫画みたいにお泊りで準備なんて大人が許してくれないよ」
 時刻は十九時十五分を回る頃。特別棟は職員室のおかげで明るいが、教室が集合している方の建物は真っ暗だ。
「……各クラスの委員に今日と明日は電気消さなくていいよって言ったのに……」
 侑希が海のTシャツの端を掴む。秋桜がいれば制服の着用についてうるさく言ってきただろうが、文化祭準備中なのでクラスTシャツのままだ。
「見回りがあることを知らない生徒も多いですからね。電気をきちんと消す習慣があることを褒めてもいいかもしれませんよ」
 文化祭は生徒主体の催しものであるけれど、公共物である学校を使用するためルールは厳しい。例えば、画鋲を使用していいのは教室内の壁に限り、天井や廊下では使用が禁止(画鋲が抜けると危ないため)。電灯の色を変えるために、蛍光灯にセロハンをかぶせるのも禁止(火事防止)。
 規則違反をすると実は減点がつく。
 文化祭は各クラスごとに出し物を決め、ジャンルごとに競争が行われる。校内の生徒、及び二日目に訪れる外部の客から集めたポイントで大賞を決めるが、ルール違反を犯せばどんどんポイントが減らされていく。
 東高校の文化祭は他にも男女装コンテストも開かれ、侑希が「来年は出たいなぁ」と言っていた。男装はもちろんレベルが高く女子の中で盛り上がっているが、なぜか女装が男子の中ですごく盛り上がっていた。去年、小平がメイド服姿を披露していたが、海が引くレベルで盛り上がっていた。
 文化祭の盛り上がりを保つためにも、文化祭の前日と一日目の夜は文化祭実行委員と生徒会、及び数名の教師で見回りが行われている。去年は海も侑希も参加しなかったが、どうやら大人数でやるものではないらしく二年生ばかり。うるさい秋桜の姿もない。
「侑希、そんなに怖いなら責任者ってことでここで待っていてもかまいませんが……」
「嫌だよ! ここで待つ方が怖いよ!」
 確かに海から見ても夜の校舎はいつもと違う異様な雰囲気を感じる。まるで校舎が丸っとお化け屋敷になったような感じ。
「痛い痛い。そんなに引っ張らないで。大丈夫だよ、廊下の電気つけたら怖くないって」
「何で廊下の電気まで消すの……消した人ほんと許さない……」
 少なくとも教室の電気を消したのは海だったが、何も言わないことにする。
「ではみなさん、チェックをして用紙に書き込んだら、また昇降口に集合でお願いします。罰則があった箇所は可能な限り外すこともお忘れなきよう。あと減点箇所にはしっかりと貼り紙もお願いいたします」
 使い物にならない文化祭実行委員長の代わりに生徒会長が指示を出していく。受け取ったA4サイズの貼り紙は真っ赤な背景に白地で『要訂正』とある。
「ほら、侑希ちゃん、さっさと行こう」
「手……繋いでていい……?」
「いいけど……」
 いつもは何も言わずに繋いでくるのに、今日は許可制だった。先に階段を上がって行った人達が廊下の明かりをつけてくれたが、海と侑希の担当は四階だ。
 三階より先は真っ暗。ちょうどよく階下で机でも動かしたのか音が鳴り、「ひゃっ」と侑希が可愛く涙を浮かべる。
「侑希ちゃんにも可愛いところがあるんだねー」
「いつも可愛いでしょ……」
 それだけ言えれば問題なさそうだ。階段を上った先にあるスイッチを入れ、四階の廊下を明るくした。……帰りは完全に灯りを消すため、おそらく今より暗くなる。
「えーっと、ここは一年生のお化け屋敷だね」
 海が手元の資料と教室を照らし合わせる。教室=使用クラスにはならないところが面倒くさい。使用クラスもどこが客が入りやすい、整列をしやすい等で争奪戦が激しかった。
「……ちょ、電気つけるから。つけるから……。そんなんでよく自分のクラスの準備ができたね」
 手探りで海が入り口にあるスイッチを入れた。電気がついても窓は暗幕で塞がれているし、骸骨があちこちつり下がっているせいか侑希は手を放してくれない。海的にはこのままでも全然かまわないが、このままでは用紙に記入ができない。仕方なく侑希の手を一本ずつ無理矢理外し、再びTシャツを掴ませた。
「うみちゃん上」
 空いている手で、侑希が天井を指す。
「セロハンかぁ……。取れるかな」
 蛍光灯にセロハン。よくあるらしい違反。危険性も高いため涼子も念を押していたから海も覚えた。
 天井まで三メートル近くあり、たとえ机を持ってきても届くか分からない。それに狭い通路に机を運ぶのは面倒くさい。
「うみちゃんって身長いくつだっけ?」
「百六十」
「そしたらわたしが乗った方がいいね」
 たった二センチの差だ。もしかしたら届くかもしれないが、通路幅が意図的に狭く改造されている室内で無理をする必要はない。何より海が面倒くさい。
「でも危ないよ。あちこちについているから、セロハンは明日また確認しよう」
 他クラスのミスのせいで侑希が怪我のリスクを背負わなくていい。また、海がわざわざその尻ぬぐいをすることもない。
「他は何かある?」
 侑希の方がルールを把握しているはずと声をかけるが、お化け屋敷のせいか「うみちゃんがしっかり見て」と怒られた。
「でも私一人で見て回っていたら、いつまで経ってもここから出られないけど……」
 お化け屋敷が終われば劇を開催する教室もいくつかあり、そちらも確認するポイントが多い。
「……分かったよ……でも、あまり離れないでよ……」
 沈黙の後、侑希の指先が完全に海のジャージから離れていく。少しずつ灯りのおかげで侑希が恐怖を克服しつつあるようだ。海は少し残念な気持ちになるが、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。
 海個人としては、昼間の学校よりも夜間の方が身になじむのだが、装飾された空間はやはり落ち着かない。
 お化け屋敷にたくさんの赤紙を貼り終えた後、三年生の劇の会場となる教室を確認していく。文化祭も三度目となればマシになっていると思いきや、二度目の海が詳しく知らなかったように、規則は広く知れ渡っていないようだ。
「これ、ちゃんとルールを明文化した方がいいんじゃない?」
「してるよー。うみちゃんも読んでいるはずだけど?」
 先程の猫に睨まれた鼠のように震えていた様子が嘘だったように、侑希がチェックシートにボールペンを走らせていく。面白半分で電気を消してみようかと画策したが、珍しく良心が痛んだのでやめた。
――どうせ戻る時暗いし。
 次のクラスに移る。こちらも三年生が劇を披露する教室だ。
「ここって元会長のクラスだよね」
 机を並べて作られたステージを確認しながら、思い出したように侑希が言う。
「あーえっと、あの人ね」
 あの日から遠めから見ることはあっても会話を交わしていない。元気でいるだろうか。
「劇って何やるんだっけ」
「あれだよ」
 侑希が窓側を指す。段ボールで作られた大きな桃がある。
「桃?」
「あー……」
 侑希が「そういえばうみちゃって日本人じゃないんだったね」
 日本語は流暢に話せるようになったと自負している。
「桃太郎っていう童話。桃から生まれた男の子が動物連れて鬼退治に行くの」
「人間が考える話は本当面白いね……」
「?」
「こっちの話」
――日本の昔話、そういえば読んでいなかったっけ。
 世界に存在する多くの書物は目にしてきたが、日本には興味を持ってこなかったから知らないものは多い。今後読む候補にしてもいいかもしれない。ただし、小平の劇がひどければ二度と読むことはないだろう。
「小平先輩が主役だから、ただの桃太郎にならないと思うけどね……ぅゎ!?」
 侑希が自分でものを落とし、一人で勝手にびっくりしている。
「あの人が主役だと牧瀬先輩はなんの役? 話聞いてると恋愛ものじゃなさそうだけど」
 海の質問に侑希は一瞬理解できないでいたが、
「もしかしてうみちゃんって小平先輩と牧瀬先輩が同じクラスだと思ってる?」
「え、違うの?」
「ちがうちがう。牧瀬先輩は文系クラスで、小平先輩は理系クラスだよ。去年は一緒だったと思う」
 ほとんどの場面で礼奈が小平のことを追いかけていたので、無意識に同じクラスだと思い込んでいた。
 そして、真実を知らされてなお、海は彼女が文化祭で何をするのかも知らなかった。
「……違反箇所ないなー」
「そんな残念そうに言わないでよ、うみちゃん。なんだかんだ元会長のクラスだよ?」
「生徒会長ってそんなすごいかね?」
 小平と涼子を思い浮かべる。
――頼りがいは……。
「少なくとも次期生徒会長のクラスは完璧だと思うよ」
「誰、次期生徒会長って」
 秋桜のことを指しているのは分かるが、彼女があまり周囲と馴染んでいるように見えない。見た目にも性格にも問題を抱えている彼女が選挙で票を取るのは確実性に欠ける。
「アキちゃんだよ。今年だってほんとは会長狙いだったし」
「ほんとにアキのこと可愛がってるね」
 ふと、昔一人の少女によくしたことを思い出す。侑希よりも無邪気で、秋桜よりも生真面目だった。
「アキちゃんは頑張っているから。わたしなんかよりずーっと。それが認められないのは理不尽だもの」
 感情有るモノと関わる時、一番に影響を与えるのは体面であって相手の経緯なんて伝わらない。所謂第一印象というやつだ。
「まぁ……大丈夫か」
 会長もしくは副会長に経験者が宛行われるなら、秋桜でも大丈夫だろう。正直、海は彼女が生徒会長になってもならなくともどちらでもよい。どうでもよい。
 初めのお化け屋敷と隣の舞台は違反だらけであったが、その先のクラスはほぼ規則を守っており、なおかつ暗い雰囲気の教室ではなかったためスムーズに確認作業が終了した。
「終わったー!」
 外に出た途端、侑希が元気になる。しかし、明日もこの作業はあるのだが、忘れてはいないだろうか。
「随分遅かったですね」
 侑希が他の委員たちと話している間、涼子が隣で用紙を確認しながら話しかけてきた。
「侑希ちゃんがめっちゃ怖がって仕事しなかったんだよ」
「それであなたが代わりに働いてたんですか? ふふ」
 面白そうに笑われると面白くない。
「もう半分が過ぎようとしてますわね」
 感傷的な言い方をしているが、あまり涼子は寂しそうに見えない。彼女は割り切って人間を演じられている。
「……だな。一年ちょっとにしては長く感じるよ。いつもなら十年だって百年だってあっという間に過ぎるのに」
「時間を有効利用できているということでいいんじゃありません?」
「どうだろうな。少なくともあの子たちには何も残らない」
「残っていたらこんな好き勝手できませんもの。様々ですわね」
「感謝なんてしてないくせに」
「……してますわ。余計なものなんて残らない方がずっと楽なんですから」
 わざとらしく用紙をしまい、涼子がメンバーたちに解散を促す。夜が明ければ二回目の文化祭。
 最後の文化祭実行委員の仕事だ。
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