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2年生編7月
◆初めてのお使い
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一学期の期末考査が終了し、校内は一気に文化祭ムードになる。校内に出入りする回数が増え、廊下や教室内にあらゆる備品が増えていく。この頃になれば三年生の劇の配役も決まり、ベランダや外廊下から発声練習も聞こえてくる。
「あれ?」
生徒会に資料を届けていた帰り、入れ違いのように秋桜と出会った。彼女とよく出会うのか、たまたま目立つだけなのか、話す機会が多い。
「買い出し?」
「はい。クラスの方で備品を買いに行くところです」
秋桜の周りに一年生の姿は見えない。
「一人で行くの?」
「はい」
何か?と言いたげに秋桜は眉間にしわを寄せた。
「ちなみに何を買いに行くの?」
「……ホームセンターに行って、画用紙とかガムテープとか……画材ですね」
「重くない?」
「そんな遠い距離じゃないですから。それにみんな部活も楽しい時期でしょうし。大体の人にとって文化祭は当日と数日前の準備期間だけが楽しいものなんですよ。準備期間なんて冷房に当たれなきゃいいことないです」
「一年生のくせに見たように言うな」
「だから、実行委員をやっている先輩たち尊敬しますよ」
「どうした、素直じゃん」
「訂正します。実行委員をされている侑希先輩は尊敬しています」
「可愛くな。……私もホームセンター行こうかな」
「え、何でですか。サボりですか。ストーカーですか」
善意の塊だったはずなのに、全力で疑われた。
「サボりでいいよ。……侑希ちゃんに連絡しとこ」
一年前とは打って変わって、片手でも楽々に文章を打てるようになった。少し戻りが遅くなることだけ伝え、嫌な顔を隠さない後輩と共に昇降口でローファーに履き替える。
「あっつ」
白い肌に夏の日差しはダメージが大きい。
「無理しないでいいのに」
海の表情を横目で見て、秋桜が小さな声で呟く。海は聞こえないふりをして坂の上のホームセンターに視線を注ぐ。蜃気楼のせいか、少し視界が揺らぐ。
「日本人はよくこんなにも暑いところで過ごせるな……」
「先輩は日本に来る前どこにいたんですか?」
――どこ、って設定だっけ。
暑さのせいか思考回路が停止し始めていたので、
「もう少し涼しいところ。あと人がもっと少ないところ」
本来、海が人間界で過ごしてきた場所は人気があまりなく、温度変化のあまりないところだった。火傷をしなくとも、直射日光は好きじゃない。
「アイス売ってるよ、アイス」
秋桜が呆れた顔をして、涼子のように深い溜め息をつく。わざとらしくズレた眼鏡を片手で戻しながら、
「侑希先輩が世話を焼きたくなる気持ちがなんとなく分かります。アイスは買いません。とっとと買い物済ませますよ。カート押してもらっていいですか」
問答無用でカートを海に押し付け、秋桜はノートの切れ端に書いてあるものを探して入れていく。
「……スマホにメモじゃなんだね」
最近の人間は、なんでもかんでもスマホを使いたがるものだと思っていたので、時代の最先端をいく女子高校生が手書きのメモを持っていることがなんとも可笑しく感じてしまった。
「これですか。まぁ共有するとか残しておくんならデジタルが便利ですけど……、急いでいる時にメモるならアナログが速いですよね」
そう言って手元のメモを見せる。急いで書いたわりには几帳面で綺麗な字だった。
「そのメモ全部買うなら、やっぱり一人より二人の方が効率よかったんじゃないか」
種類もそこそこ多く、重量のあるものもいくつか見受けられる。
「……持てなくはないですから」
「何でそこで意地を張るの?」
侑希よりも低い位置にある頭。髪色ばかり気を取られていたが、高校生の平均身長よりもかなり低い。
「身長いくつ?」
「何で今そんなこと聞くんですか? 馬鹿にしてます?」
「してないよ……」
秋桜は教えてくれなかった。速足でレジまで向かい、しっかり「領収書お願いします」と伝える。海は去年領収書をもらわずに侑希に怒られたことがある。
「ちょっと袋詰めお願いしますね」
「え、どこ行くの、って聞いてないし……」
お手洗いかもしれない。あまり突っ込んで質問しても怒られることが多いとこの一年で学んだ。なるべく均等な重さになるように買ったものを分けているところで、
「うぉあっ!? 冷たっ!?」
開かれた首元に冷たく、濡れたものが当たる。
「何度言っても第二ボタン閉めませんね……。はい、どうぞ。アイスはダメですけど、飲み物くらいは。付き合ってもらって熱中症になられたら後味悪いですし」
キンキンに冷えたスポーツドリンクをおずおずと受け取る。急に優しい態度をされても反応に戸惑う。
「ありがと……」
冷たくて気持ちいい。ぬるくなる前に少しだけ飲んでおくことにした。
「さぁチャージできたなら戻りましょう。チャキチャキ行きますよ」
「そんな焦らなくても」
「時間は有限ですからね。教室戻れば冷房だってあるんですから、ほら、持ってください」
一年生の教室まで荷物を運んだ後、自分の教室に戻ると侑希から「どこに行っていたの!?」とまた怒られた。怖くはないが、非常に申し訳ない気持ちになる。
「時間ないんだから。あ、そうだ。今からお化け屋敷の壁に使う段ボールを取りに行こうって話になってて」
海たちのクラスは今年お化け屋敷を開催する運びとなった。教室の範囲でしか作ることができないので小規模になるが、その分道を狭く複雑にしようと話をしていた。
「うみちゃんも手伝って」
サボっていたわけではないが後ろめたい気持ちもある。ものを運ぶくらいなら……と親指を立てるが、一つ嫌な疑問が湧いた。
「段ボールってどこに取りに行くの?」
「えっと、ホームセンターか隣のドラックストアだね。わたしとうみちゃんはホームセンターの方行こっか。大きいやつは二人じゃないときついかもしれないから」
海は仕方なくペットボトルの中身を飲み干して、
「帰りにアイス買ってもいいですか?」
「駄目です」
「あれ?」
生徒会に資料を届けていた帰り、入れ違いのように秋桜と出会った。彼女とよく出会うのか、たまたま目立つだけなのか、話す機会が多い。
「買い出し?」
「はい。クラスの方で備品を買いに行くところです」
秋桜の周りに一年生の姿は見えない。
「一人で行くの?」
「はい」
何か?と言いたげに秋桜は眉間にしわを寄せた。
「ちなみに何を買いに行くの?」
「……ホームセンターに行って、画用紙とかガムテープとか……画材ですね」
「重くない?」
「そんな遠い距離じゃないですから。それにみんな部活も楽しい時期でしょうし。大体の人にとって文化祭は当日と数日前の準備期間だけが楽しいものなんですよ。準備期間なんて冷房に当たれなきゃいいことないです」
「一年生のくせに見たように言うな」
「だから、実行委員をやっている先輩たち尊敬しますよ」
「どうした、素直じゃん」
「訂正します。実行委員をされている侑希先輩は尊敬しています」
「可愛くな。……私もホームセンター行こうかな」
「え、何でですか。サボりですか。ストーカーですか」
善意の塊だったはずなのに、全力で疑われた。
「サボりでいいよ。……侑希ちゃんに連絡しとこ」
一年前とは打って変わって、片手でも楽々に文章を打てるようになった。少し戻りが遅くなることだけ伝え、嫌な顔を隠さない後輩と共に昇降口でローファーに履き替える。
「あっつ」
白い肌に夏の日差しはダメージが大きい。
「無理しないでいいのに」
海の表情を横目で見て、秋桜が小さな声で呟く。海は聞こえないふりをして坂の上のホームセンターに視線を注ぐ。蜃気楼のせいか、少し視界が揺らぐ。
「日本人はよくこんなにも暑いところで過ごせるな……」
「先輩は日本に来る前どこにいたんですか?」
――どこ、って設定だっけ。
暑さのせいか思考回路が停止し始めていたので、
「もう少し涼しいところ。あと人がもっと少ないところ」
本来、海が人間界で過ごしてきた場所は人気があまりなく、温度変化のあまりないところだった。火傷をしなくとも、直射日光は好きじゃない。
「アイス売ってるよ、アイス」
秋桜が呆れた顔をして、涼子のように深い溜め息をつく。わざとらしくズレた眼鏡を片手で戻しながら、
「侑希先輩が世話を焼きたくなる気持ちがなんとなく分かります。アイスは買いません。とっとと買い物済ませますよ。カート押してもらっていいですか」
問答無用でカートを海に押し付け、秋桜はノートの切れ端に書いてあるものを探して入れていく。
「……スマホにメモじゃなんだね」
最近の人間は、なんでもかんでもスマホを使いたがるものだと思っていたので、時代の最先端をいく女子高校生が手書きのメモを持っていることがなんとも可笑しく感じてしまった。
「これですか。まぁ共有するとか残しておくんならデジタルが便利ですけど……、急いでいる時にメモるならアナログが速いですよね」
そう言って手元のメモを見せる。急いで書いたわりには几帳面で綺麗な字だった。
「そのメモ全部買うなら、やっぱり一人より二人の方が効率よかったんじゃないか」
種類もそこそこ多く、重量のあるものもいくつか見受けられる。
「……持てなくはないですから」
「何でそこで意地を張るの?」
侑希よりも低い位置にある頭。髪色ばかり気を取られていたが、高校生の平均身長よりもかなり低い。
「身長いくつ?」
「何で今そんなこと聞くんですか? 馬鹿にしてます?」
「してないよ……」
秋桜は教えてくれなかった。速足でレジまで向かい、しっかり「領収書お願いします」と伝える。海は去年領収書をもらわずに侑希に怒られたことがある。
「ちょっと袋詰めお願いしますね」
「え、どこ行くの、って聞いてないし……」
お手洗いかもしれない。あまり突っ込んで質問しても怒られることが多いとこの一年で学んだ。なるべく均等な重さになるように買ったものを分けているところで、
「うぉあっ!? 冷たっ!?」
開かれた首元に冷たく、濡れたものが当たる。
「何度言っても第二ボタン閉めませんね……。はい、どうぞ。アイスはダメですけど、飲み物くらいは。付き合ってもらって熱中症になられたら後味悪いですし」
キンキンに冷えたスポーツドリンクをおずおずと受け取る。急に優しい態度をされても反応に戸惑う。
「ありがと……」
冷たくて気持ちいい。ぬるくなる前に少しだけ飲んでおくことにした。
「さぁチャージできたなら戻りましょう。チャキチャキ行きますよ」
「そんな焦らなくても」
「時間は有限ですからね。教室戻れば冷房だってあるんですから、ほら、持ってください」
一年生の教室まで荷物を運んだ後、自分の教室に戻ると侑希から「どこに行っていたの!?」とまた怒られた。怖くはないが、非常に申し訳ない気持ちになる。
「時間ないんだから。あ、そうだ。今からお化け屋敷の壁に使う段ボールを取りに行こうって話になってて」
海たちのクラスは今年お化け屋敷を開催する運びとなった。教室の範囲でしか作ることができないので小規模になるが、その分道を狭く複雑にしようと話をしていた。
「うみちゃんも手伝って」
サボっていたわけではないが後ろめたい気持ちもある。ものを運ぶくらいなら……と親指を立てるが、一つ嫌な疑問が湧いた。
「段ボールってどこに取りに行くの?」
「えっと、ホームセンターか隣のドラックストアだね。わたしとうみちゃんはホームセンターの方行こっか。大きいやつは二人じゃないときついかもしれないから」
海は仕方なくペットボトルの中身を飲み干して、
「帰りにアイス買ってもいいですか?」
「駄目です」
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