魔女の暇つぶし

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2年生編7月

◆中弛みの夏

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 クーラーの運転が開始されても暑い事実は変わらない。廊下は暑い。通学路も暑い。日本の夏はとても暑い。
「侑希先輩はもちろんとして、カイ先輩も頭がいいとお聞きしたのですが」
 秋桜が二年生の教室に訪ねてきたのは突然のことである。冷房の届かない廊下と教室の境目で、三人は顔をあわせていた。上級生の教室が密集している階廊下を歩くことは、なかなか勇気が必要と見受けられるが、秋桜の場合は周りを気にしていないように感じられる。
「うみちゃん、政経は苦手だったよね」
「任せろ。今年は政経の授業がない!」
「世界史大丈夫?」
「……流れは分かってるよ」
 人間が作った歴史はとても難しい。一部内容は誰かの都合で書き換えられているし、全く持って事実とは違うことが伝承されていることもある。実体験をしてきた身からすれば、とてつもなくやり辛い。百年経たないうちに歴史は変わるのだから、覚える必要性も理解できない。
――人間は歴史から学ばないしなぁ……。何で必修科目なんだ?
「このあと会長を拉致って勉強会をするので、先輩方も参加してもらえませんか」
 一部単語のチョイスがよくないが、怠けている先輩を正そうとする後輩はきっと優しい。しかし、海も侑希も生徒会とは関係ないし、涼子が赤点を取っても関係ない。
「テスト期間ですから文化祭準備ないですよね? はい、お二人ともお願いします! 生徒会室で待ってますからね」
 早口気味の後輩は勢いよく階上へ消えてしまった。
「何で私たち先輩なのに、拒否権ないの?」
 不満よりも戸惑いが大きい。
「うーん。そうだね。アキちゃんはこう!って決めたことは、周りを見ないで強行する悪癖があるからかな」
「分かってたなら先に止めてよ。昔からの先輩なんでしょ?」
「うみちゃんも勉強した方がいいよ。一緒に頑張ろう?」
 侑希の目も笑っていない。
「実行委員をやって成績下がったら、来年ますます立候補者減っちゃう。それにわたしが怒られちゃう」
「侑希ちゃんのことを怒る人を私が怒ってあげる」
「そんな無駄なことするより勉強して」
「はい」

 放課後、侑希に監視されるような形で共に生徒会室へと足を運ぶと、主賓はすでに秋桜によって連れてこられていた。あの涼子を上手く扱うなんて恐ろしい子だ。
「先輩たちは去年の傾向教えて下さい。可能なら去年のテスト用紙ください」
 書記は涼子のためと言うより、自身の成績のためにメンバーを募った説まである。
「テストなんて全部捨てちゃったよ」
 海はテストを返却されたその日にゴミ箱に入れている。学校でやれば当然面倒なことになるため、家のゴミ箱だ。
「うみちゃんはほんと……」
 侑希が呆れた表情を浮かべる。
「私は一応残してありますけど、担当教諭が同じとは限りませんわ」
「えっ、何で残してるの!?」
 まさか涼子が保管しているとは思わなかった。保管をわざわざする必要性が分からない。
 涼子のセリフを補足をすると、東高等学校の定期考査は数学と英語を除いた科目は教科担当がそれぞれ問題を作成するため、担当によって平均点が五十点近く開くこともあるそうだ。担当が同じであれば試験の傾向は似てくるが、違う場合は全く参考にならないこともある。
 科目担当は学年関係なく、各学年を担当することもある。
「わたしも高校のテストはまだ手元に残しているから、涼子ちゃんといくらか被ってないやつ貸せると思う。去年って担当の先生違うの何だったっけ?」
「現代文、化学は違っていたかと」
 海を除いた三者で話が盛り上がっていく。何も知らなければ、涼子も少しばかり話し方が変なただの女子高校生に見える。あまりにもここ一年一緒にいた彼女は魔女らしくない。
 生徒会長なんて立候補して、表向き学業に励んで(今年は大方ズルをしているが、彼女が数学だけ真面目に取り組んでいることを海は知っている)、後輩の面倒もみている。海よりも生きてきた時間は短いはずなのに、涼子の方が暇をつぶすことに尽力している。
――もう疲れちゃったなぁ。歳かなぁ。
「うみちゃん、今回生物のノート提出あるけどちゃんととってる?」
「とる? 何を?」
 話を聞いていなくてアホみたいな返しをしてしまった。
「板書。写してる?」
「えーっと、貸してください」
「はい、どうぞ。問題集も最低一周して試験当日に提出だよ」
 海の答えは分かっていたようで、侑希が手際よくノートを差し出してくる。
「え、嘘。聞いてない」
「……うん、うみちゃんは本当に聞いてないもんね。ちなみにもっと言うと中間テストの範囲も今回チェックされるから、そこもやっておかないと通知表に響くんだよ」
 肩を寄せ、問題集はどこのページまで、ノートを写すなら色分けをするようにと細かくアドバイスをする侑希を見て後輩は、「お母さんじゃないですか」と小声を漏らした。
「歳を取っても根本は変わりませんわね」
 めちゃくちゃ変わった彼女にだけは言われたくない。
「この歳でお母さんは嫌だってば」
「侑希先輩のそうゆうところいいと思いますよ。でも、人間でもペットでも甘やかし過ぎるのはよくないと思います」
「……なんかうみちゃんってかまいたくなるというか、放っておけないんだもん。涼子ちゃんなら分かるでしょ」
「………………分かりますわ」
「何、今の間」
 去年も似たようなことを言われた気がする。
「会長はちゃんと提出物やってます?」
 嫌な予感でも働いたのか、元から信用がなかったのか、秋桜が涼子の手元を覗き込んだ。
「終わりよければ全て良しですわ」
 提出日直前に魔法を使うことが果たして、良しとカウントしていいのか。本人曰く、今回の期間は勉強に比重は置いていないそうなので、魔女的には良しかもしれない。
「中間考査、私ちょっと数学低かったんですよね。数学のハードル結構高くありません?」
「え、アキちゃん……前回八十いくつって言ってなかった?」
「はい、数Aだけ八十四でした」
――侑希ちゃんって、後輩にも嫌な顔をするんだな。
「わたしたちの過去問って必要ある?」
「? 出来る限りの対策を取った上で満点を目指すべきじゃないですか?」
「…………」
 侑希は肯定も否定もしなかった。海と涼子も何も言わない。秋桜だけが、どうして同意を得られないのか分からない顔をしている。
「点数はともかく、秋桜、あなた一年生なんだから、同じ授業を受けている子たちと勉強した方がいいじゃありません? 教える方が勉強になることもありますし」
「一理ありますが、忙しいので先輩方から話を聞く方が近道できると思ったんです」
――友達いないのかな。
「明日テスト持ってこようか? それとも写真撮って送った方がいい?」
「持ってきてくださるなら教室に伺います」
「じゃあ放課後待ってるね」
「ありがとうございます!」
「私も今日探して持っていきますわ」
「ありがとうございます。ついでに伺います」
「……態度違い過ぎません?」
「会長も、カイ先輩もですけど、敬ってほしいならまずはきちんと制服を着てください」
 海と涼子の目が合う。制服はお互いに着用している。夏服の季節のため、冬ほど崩れた着こなしはしていないが、秋桜からするとアウトらしい。
「第二ボタンは閉めてください。あとお二人共、冷房が寒いならジャージやカーディガンではなく、ブレザーを羽織ってください」
 襟元を開放的にしているのは海だ。冬服でネクタイの着用が強制される時ですら、第一ボタンは閉めない。
「……侑希ちゃんの中学は真面目な人じゃないと入れないの?」
「公立の中学だから、学区であれば誰でも入れるよ。……まぁアキちゃんは真面目だけど、この場合はうみちゃんが不真面目なんじゃないかな」
――やー絶対にシルヴィアの方が不真面目なんだけど……。
 人間の生活の中で偽装している彼女は、一見真面目そうに見える。
――ずるい。
「皆さん、そろそろちゃんとテスト勉強しましょう。会長、手を動かしてください」
 一番不真面目そうな頭髪をした彼女が口うるさく涼子へダメ出しをしている。生まれながらと言うピンクの髪は、染色剤を使っても染まらないのだろうか。それとも染色は禁止という校則を律儀に守っているだけだろうか。
「うみちゃん、数学教えて」
 侑希の細い指が問題集を勢いよくめくっていく。当然のように海が教えてくれると分かっているから、彼女の視線は問題集から外れない。
 見慣れた横顔。
 相変わらず可愛らしくて綺麗な顔だった。
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