魔女の暇つぶし

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2年生編6月

◆生徒と先生

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 数学教諭の大坪賢斗は真面目な人間である。もっと言えば良い人間である。
「おおちゃん、ここが分かんないんだけどぉ」
 若い先生という立ち位置から、生徒からため口をきかれることも多い。いくら生徒たちに「大坪先生と呼びなさい」と諭しても、ほとんどの場合が笑って無視されてしまう。もちろん人並みに頭にくることもあるが、大体のことは笑って流せる性質だ。
 教員という仕事は世間で認知されているよりもずっと過酷だ。残業代も基本的には出ないのに、早く帰ろうとすると「不真面目な奴」というレッテルを貼られてしまう。年功序列の世界であるから、若い大坪の仕事は多い。男性という性別もあって、体育教師でもないのに力仕事まで回ってくる。
 ここ数年では、誰もやりたがらない生徒会の顧問まで回ってきた。
 ただし、彼はこの仕事が嫌いではない。改善が必要であることも理解しているし、それを放置したままではいけないと思っている。でも、嫌いではない。むしろ好きか嫌いか言われれば好きだ。
 子供たちのことも可愛く思っている。彼ら彼女らが一つ一つ、些細なことでも成長していく姿は愛おしい。
「おおちゃん、さっきの応用問題のところ聞いてもいいですか?」
 自分が請け負っているクラスでひときわ真面目に接してくる子が、吉川涼子だった。端正な顔立ちとモデルのような体形、確実にモテる部類の子であろうに、彼女の浮いた話は聞いたことがない。
「吉川は数学が好きなのか?」
 担任として彼女の成績は知っている。平均的に優秀。数学に関しても、ここまで教師に構うほど悪い点数を取っていない。
「数学ですか。そうですわね……言語科目よりも好きというところでしょうか」
 彼女は掴みどころがない。
 教師という立場上、生徒から好かれることもあれば嫌われることもある。彼女の場合、おそらく前者であると思っているが、考えていることは分からない。
「生徒会の方はどうだ」
 解説を黒板に書きながら、忙しそうに走り回っている彼女の身を案じる。生徒会に入ることによって内申点は加点されるものの、割に合う仕事ではない。
「夏を越えるまでは忙しそうですけれど、今年の一年生は働き者たちですので問題はありません。……しいて言えば、もう少し顧問の先生がハンコを押しに来てくだされば楽なんですが」
「いやぁ……それは、申し訳ない。実はこう見えて僕も忙しいんだな。はは……」
「下っ端の先生は大変ですね。お隣のクラスの先生はのらりくらりかわしていますが」
 痛いところを突いてくる上に、言葉が少し厳しい。
 教員歴で言えば、大坪よりも藍子の方が短い。しかし、彼女は要領がよく愛想がよい。気がつけば、いつも面倒なこととは離れたところにいる。
「僕は、好きでこの仕事をしているからさ」
「自己の目的のために働くことは素晴らしいことですが、働き過ぎて倒れたら笑い事じゃ済みませんよ」
「うーん、吉川はたまに難しい言い回しをするな」
 意訳があるとすれば、彼女は大坪に「無理して過酷な場で働いても死んだら意味がない」あたりだろうか。もう少し素直に言葉を選んでくれてもいいのに、と大坪は心の中で毒を吐きたくなる。
「でも、この学校は平和だよ」
「……」
 彼からすれば、教室内をモノが飛び回っていたり、生徒のほとんどが金髪だったり、警察と顔見知りだったりしないだけで平和なのだ。……彼はこの学校には多くの魔女が潜伏しており、都合よく人間が扱われていることも知らない。
 目の前にいる少女が、残虐非道な魔女であることも一生知ることはない。
 後一年したら、彼女のことも、いくらかの教え子のことも忘れてしまうことを彼は知らない。
 だから気軽に平和なんて言葉を使える。
「――というわけで、公式を使う前にひと工夫すれば解けるわけだ。質問あるか?」
「いえ、とても分かりやすかったです」
 目の前の魔女が彼に構ってくる理由を、思春期の子供が少し大人の異性を好きになりがちと思っていることが大きな間違いであることも、彼は分かっていない。
 ただし、彼女が彼をなにかしらの目的で気にかけているという点だけは当たっている。
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