魔女の暇つぶし

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1年生編2月

◆なぜ我が校を選びましたか?

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 公立高校の入学試験など、瀬川藍子からすれば適当にペーパーテストなり、過去三年間の成績なりで判断してしまえばいいのにと考える。
 在校生たちからすれば、中学生の受験日など遊べる楽しい日でしかないが、教師からすれば、気を引き締めているように見せなければならないし、要領の悪い運営に従わなければならない。せめてなにかしら同人誌のネタになれば幸いだが、おそらくならない。今まで読んできた漫画に、受験メインのストーリーはほとんどなかった。
 県立東高校の前入試は、午前中は三科目の学力テスト、午後が集団面接という日程になっている。藍子の仕事は学力テストの試験監督だけのはずだったが、どこの誰か――空気の読めない人間が「若い女性がいた方が、受験生たちも緊張せずに話せるのではないか」と提案したため、決定権を有していない藍子まで面接に駆り出されてしまった。
 実際のところ、単なる人手不足を解消するため。経験の少ない若者を面接官に置くための方便。
「失礼しました」
 最後まで緊張の切れない受験生たちを見送り、次のグループに備えて資料をめくる。今まで特段何も思わずに名前と成績を眺めていたが、今回ばかりは写真が目を引いた。
 校内での印刷は基本的に白黒になる。カラーコピーは膨大な金額になるため、禁止されているのだ。だから藍子の手元に配られている受験生の名簿も白黒コピーになる。今までめくってきた何十ページは少なくとも全て白黒だった。
 そんな中、いきなりカラー写真が出てきたら魔女でも魔女でなくても目を引く。
 水色の背景。明るい茶色の髪にピンク色のメッシュ。偏差値をあと三十落としても、受験時にこんな派手な髪の生徒はいないだろう。
「あぁ、その子ね。三上さん。地毛なんだって。中学校の方からも別途手紙が届いてます」
 写真の下にわざわざ手書きでも注意書きがされていた。
 なぜ、受験生一人のためにわざわざここまでするのか疑問に思ったが、すぐに答えは分かった。
 中学時代の成績はオール五、在学中のテストは全てほぼ満点を記録しているらしい。生徒会長も務めており、外見を除けば偏差値をあと……いや、県内トップの高校にも問題なく受かる。
 他の受験生の資料を見る余裕もなく、ノックの音がして五人の受験生が入室してきた。
 噂の少女は向かって右から二番目。藍子とは少し遠い。
 三年間纏ったはずの制服に未だ着られている学生もいる中、少女は小さいながら身の一部のようにきっちりと制服を着こなしている。
「本校を志望する理由をお聞かせ願いますか」
 真面目な校風、文武両道、行事の多様化、このあたりが王道の答え。
「三上さんは成績も全国レベルですよね? 我が校を選ぶのはどうしてですか」
 見た目が少し周りの人間と異なるだけでコレだ。黒髪の少女であれば、わざわざ名指しで聞くこともない。
 彼女の答えは平凡ではあったが、繕った答えではなく、本気でこの学校を志望していることは伝わるものだった。根っからの真面目なのだと藍子は推測する。
 他の面接官役を見ても好印象のようだった。
「いやぁ、さすが全国模試で名前が挙がる子ですなあ」
 面接後の疲れ切った職員室内でもピンクメッシュ少女の話が持ち上がっていた。
「ほんとに地毛なんですかね?」
 大坪が世間話のように藍子に話を振ってくる。人間より長く人間世界で生きていることもあり、すでに、彼が美術教諭瀬川藍子に好意を持っていることは分かっている。
 人間の好意について、創作活動のネタ以上の興味はないが、それをないがしろにすると後々面倒くさい事態に陥りやすいことも承知している。藍子は得意の作り笑顔を浮かべ、「中学校側からわざわざ申告があるんですもの。学校が嘘をつくとは思いません」
――魔女? でも魔力は感じなかった……。
 彼女が魔女であったとして、わざわざ言い訳のしにくい髪色で受験をする必要性も分からない。正体を隠したいのであれば、なるべく”普通”に寄せてくるはず。
「しかし、この学校に来る子はみんな真面目でいいですよね。友人が北高に勤めているんですが、去年は教師に手を挙げる輩がいたそうで面接どころじゃなかったと嘆いていましたよ」
 彼が公立高校に勤める限り、いつかはそういった高校にも異動する機会がくる。特に、彼のように不正を嫌い、実直にいる人ほど外れくじは押し付けられる。
「三上さんみたいに真面目な子が生徒会に入ってくれたら嬉しいんですよね」
「面接では生徒会長になりたいと言ってましたから、入学すれば立候補はすると思いますよ」
 大坪はとても真面目だ。生徒会の顧問など面倒くさいだけで誰もやりたがらない。担当になってもお飾りになる人ばかりだというのに、一生懸命。ここにいるのが藍子ではなく、人間の若い女性教諭であれば、きっと彼に惹かれていただろう。
 少女が生徒会に入れば涼子との交流が生まれる。怪しいことがあればそこから伝わる。藍子は深く考えることをやめた。
「大坪先生、添削があるんでしょう。頑張ってくださいね」
 藍子のするべき仕事はもうない。
 自然とジャージのまま、生徒のいない校舎を一度あとにする。そして、残業代も出ないのにも関わらず最後まで居残りを続けている学年主任が帰ったことを確認した後、真っ暗な職員室に戻ってきた。
 データが電子化されていればこんな面倒くさいことをしなくてもいいのだが、公立学校の現場はどこもアナログらしい。
 今日の受験生たちの願書を含め個人情報は全て書面に記されている。セキュリティの良し悪しを言うならば、決して胸を張れるものではないが魔女には些細な問題だ。
 人間であっても、このキャビネットをこじ開けるのは簡単だ。立て付けが悪く、ガタガタ揺するだけで開いてしまう。そんな中に生徒たちの個人情報が収められているのだから、藍子も苦笑くらいはしてあげてもいい。
「新しい分はここかしらね」
 ご丁寧に持ち出し・閲覧を禁ずと書かれたファイル。手元に出現させた灯りの元、高速でページをめくっていく。
 五十音順ならば探しやすかったのに、中学校別にまとめられていた。
「確か宮本侑希と同じところだったけど……どこだったかしら」
 真ん中より少し手前の位置に桃色の髪はあった。
「三上秋桜。……経歴は普通ね」
 藍子も、海と涼子も同じだが、魔女が人間の世界に溶け込む時は経歴を詐称――調整する。ただし、どこかで綻びはでるので怪しければとことん追っていけば人間か否かくらいは分かるものだ。
「養子?」
 ここまで受験校に開示する必要があるのかは置いといて、家族構成や病歴までこの紙には記載されている。
 派手な髪色をしていた三上秋桜は、二歳の時に養子として今の両親に引き取られていた。
「家庭環境が複雑な子なのかしら」
 絵に描いたような成績優秀、品行方正といったスキル以外には不自然な点は見当たらない。
 魔女が経歴を偽る時、基本的には辻褄が合わせやすく簡単なものを用意する。秋桜のように面倒な設定を入れることは基本的にしない。
「……原稿が一段落したらもう少しだけ追いましょうかね。……この学校に入ると決まったわけでもないし」
 もし、この少女が魔女だったとしても海がいる限り世界が混乱に陥る事態に陥ることはないが、人間に感化された彼女たちを頼りにするつもりはなかった。藍子は人間が嫌いだ。魔女としてのプライドも持ち合わせている。
「ほんと腹立たしい」
 なにもなかったように静まり返る職員室。藍子の他に、このことを知るものはいない。
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