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1年生編2月
◆受験生が頑張る裏で遊ぶ人たち
しおりを挟む寒さは続き、校内は相変わらず静けさを保っていたが、高校受験の前日だけは教室内が騒がしい。明日は部活動が一斉に休部。校内も清掃が行われ、机や廊下にある荷物は全てロッカーの中にしまわれる。公正を保つために、受験当日は在校生の立ち入りも一切禁止になる。
受験生たちにとっては一世一代の踏ん張りどころ――多くの中学生にとっては、県立東高等学校が第一志望に当たる。しかし、在校生たちから見れば受験生の頑張りなど知ったことではなく、大方は平日に部活もなく休みになるのだから嬉しくて仕方がない。
ただし、潔癖症の人からすれば赤の他人に自分の椅子と机が使われることを嫌う。
「へぇ、生徒会も立入禁止になるんだ」
「公正をきすイベントごとですからね」
不正に入学している魔女が言っても説得力がない。
「もしかしたら、今律儀に受験を受けている魔女もいるかもしれませんけどね」
わざわざ人間の生活に溶け込む魔女の多くは、リセットの時期に合わせるため受験を間に挟まない。それでも中にはわざわざ時期をずらす輩もいる。他の魔女とバッティングする可能性が下がり、過ごしやすいことが一番の理由だ。
「あんまりもたもたしていると待ち合わせ時間に遅れますわ」
嬉しい休日でしかない海は、侑希と涼子の三人で遊びに行く約束をしている。
「カイ、その格好だと寒いですわ」
涼子がコートの中にもう一枚着るようにとカーディガンを引っ張り出してくる。
「そこまでしないと寒いところなの……」
本日三人で向かうのは、県内の湾岸にあるテーマパーク施設だ。
寒いという一点で、海は行く気が削がれていく。
「別にこんな寒い季節に行かなくてもよくない?」
数分前までは楽しみにしていたのに、思わずカーペットの上に横になってしまう。
「しょうがないじゃありませんの。長期休暇以外で、平日が休みになるなんてこんな時と県民の日くらいしかありませんもの」
県内の公立高校に通う高校生は全員休みになるため、お出かけスポットは若い人間たちで混雑する。それでも夏休みや県民の日に比べれば密度は小さい。
「……カイって遊園地とか行ったことあるんですか?」
「ないよ。誰と行くんだよ」
「そうですわよね」
行く相手がいない以上に、行きたいと思ったことがない。今回も侑希が提案者でなければ参加していなかっただろう。
世話を焼いてくる涼子に手を引かれる形で家を出て、現地にて侑希と合流をした。
「うっわー、ほんとに学生ばっか。……? なんで休みの日にわざわざ制服着ている人が?」
海たちの通う東高等学校も校則は厳しい方ではあるが、外出時に制服制服着用を強制されることはない。ほとんどの学校が同じであろう。
羨ましそうな素振りもすることなく侑希が、
「制服デートじゃないかな?」
「せいふく……でーと?」
「あと数年したら着れなくなっちゃうもの」
ブレザーもスカートも紺一色の制服のセンスを良いと思ったことがなく、海は人間たちに共感することができない。
「侑希は制服デートしたいんですの?」
「えー、そんなの考えたことないよ」
涼子の問いに笑って答え、侑希はテーマパークの入り口を写真に収める。「うみちゃんと涼子ちゃんも並んで」と言われ、渋る海を涼子が無理矢理引っ張った。
――どうせ、残らないんだけどな。これも。
「うみちゃん、笑って」
「えぇ、寒いのにやだよ」
相変わらず侑希は手袋をしていない。海には信じられなかった。
「もう! じゃあ、二人共行こ」
今度は侑希が海と涼子の二本の腕を引く。
――ほら、やっぱり冷たい手だ。
国内随一のテーマパークと言うこともあって、ゲートを通ればまるで日本国外にいるような錯覚に陥ってしまう。キャラクターを囲う群れ以上に、海が驚いたのは、祭りでもないのに人々が仮装をしている光景だった。
もちろん立ち寄った売店で、侑希と涼子が海に耳をつけるのは必然だった。
「猫耳以外も似合うんだね」
「ぜんっぜん嬉しくないわ」
半年もしないうちに、こんなことを再びするとは思わなかった。八つ当たりとばかりに涼子の頭にもリボンのついた耳を乗せた。
「似合いますでしょう」
「ほんとに似合うからムカつくんだわ」
「ふふ、ありがとうございます。カイも似合っていますわよ」
「そう思っているんなら笑うのやめろ」
「大丈夫だよ。うみちゃん、似合ってるよ」
笑顔の侑希に言われたところで嬉しくなかった。
半強制的に耳がついたカチューシャを購入。侑希がとても楽しそうであったので、海もあまり文句は言わずにいた。でも、しかし、恥ずかしい。
「ねぇねぇ、あの火山のとこ行こうよ。ジェットコースターとか苦手な人いる?」
「私は大丈夫ですわ」
「乗ったことないから分かんない」
「……わたしはたまに、うみちゃんが今までどんな人生を送ってきたのか気になるよ」
「ものは試しですわ。行きましょう」
心なしか涼子も楽しそうだ。
「チキン美味しそう」
火山の噴火よりも、どこからか聞こえてくる楽しそうな叫び声よりも、侑希は目の前から漂ってくるチキンに目移りしていた。
「侑希ちゃん、朝ごはん食べてないの?」
「食べたよ。食パンにピーナッツバター塗って、あとは紅茶」
二人も食べるか聞かれ、食後一時間足らずの海と涼子は辞退した。
侑希は骨付きチキンを片手でうまくつまみながら、「美味しい~」と頬を膨らませている。あと数時間もしないうちにランチタイムになるはずだが、いつ消化されるのだろうか。
ジェットコースターがよく見える位置まで来て、海はチキンを食べなくて正解だったと心底思う。あんな脂っこいものを胃に収めた後、重力を無視して縦横無尽に回転などしたら吐く。
「侑希ちゃんはタフだよね……」
結果、脂っこいものを食べていなくても海は気持ち悪くなった。
「タフならマラソン嫌がったりしないよー」
輝いた瞳で「次はどこ行く? お昼先行く?」と言われても困る。
灰色がかった世界の中で、涼子の方を見た。侑希ほど元気ではないものの、肉体的ダメージは負っていないように見える。
「意外なところで苦手なものがあるものですね」
海の視線に気づいてか、涼子は憎らしく誇ったように言う。
「自分の意志関係なく、こんなに振り回されたのは初めてだよ、くそ」
治癒魔法を使うか真剣に悩んだ。
「あれ、うみちゃん、もしかして調子悪い? あーゆうの駄目だったかな?」
「座れるところにでも行って、なにか温かいものでも飲みましょうか。侑希、おすすめとかあります?」
「あるよー。えっとねぇ」
海のことが心配だからだろう、侑希の手が手袋の上から海の手を握る。慣れた動きで、わざわざ視線の交わりもない。二人にとっては当たり前のこと、しかし涼子からすると違和感があるようだった。
「……まるで親子みたいな感じですわね……」
「聞こえてんぞ」
「どちらかというと手のかかる妹かなー」
終日、元気なお姉さんに手を引かれ、大人しめなアトラクションやパレード、色々な始めての体験をした。海にとって、全ての出来事に暇つぶし以上の意義は見出せない。
「もう体調平気?」
「うん。大丈夫だよ」
「よかった。……今日、楽しかったね」
それでも。
「うん、とても」
今ここにいてよかったと思う。
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