魔女の暇つぶし

文字の大きさ
上 下
13 / 54
昔噺 Ⅰ

◇魔女との出会い

しおりを挟む


 カイが人間界でひっそりと生活をしていた頃。世界は争いで塗れていた。人間も魔女も本質は変わらないのかもしれない。
 正真正銘魔女であるカイが、魔女と揶揄されることとなる人間――少女ジャンヌと出会ったのは、ただの偶然と気まぐれだった。
 十五世紀フランス、とある森の中、カイは人避けの結界を張り暮らしていた。結界を張ってまで人間界にいた理由は特にない。その頃は人間界も魔女界も、どちらにしろカイにとって大差ないものだったからだ。
 今日は肉でも食べたい気分だとたまたま思い、気の向くまま沢沿いを歩いていたら赤茶色の髪を放り出しながら横たわる人間の少女が落ちていた。なぜ結界の中に入れたのかはわからないが、小さな子供というものは不思議な力を持っているもの。
 まだ年は一桁というところだろう。やせ細っており、服も簡素なところを見ると近くの村の子供だろう。獣に追われたのかあちこちに傷もある。放っておけば必ず死ぬ。しかし、カイには少女を助けるメリットがない。
「うーん。助けなかった場合、なんとなーく嫌な気持ちをするっていうデメリットはあるんだけど」
 それでも助けた上で魔女の存在を公に晒されると面倒くさい。最悪、村を焼き払えば済む話だが、それなら少女を見捨てる方が気楽かもしれない。
「……っ」
 声にもならない呻いたような音がした。
「……暇つぶし、だな」
 話し相手くらいにはなるかもしれない。カイは動物系タンパク質の摂取をひとまず諦め、軽い肉塊を抱えて来た道を戻った。

「……うぅ……」
 手当をされた少女は、今まで感じたことのないくらい柔らかくて温かいベッドの上で目を覚ました。
「目、覚めた?」
「……」
 まだ少し意識が混濁しているらしい。
 リスク回避のため、命に関わる怪我は魔法で治したものの、打撲や擦り傷と言ったものは一切治していない。薬草を塗り、布で巻くくらいの応急処置はしてある。
 綺麗な青い瞳は、少しずつ光を調整しているようだ。
「わたしは……」
「森の中で倒れていたんだよ。覚えてる?」
「えっと……たんけんしてたらみちわからなくて」
 おそらく結界のせいだ。間接的に彼女の怪我はカイのせいらしい。
「おうちにかえらなきゃ」
「あーこらこら。まだ動けないよ。家族の人には伝えといてあげるから、ゆっくりお休み」
 嘘だ。騒ぎにならないように、都合よく村人の記憶を改変しておく。彼女の怪我が治れば、適当に村に紛れ込ませる。労力はかかるが、カイにとっても少女にとっても都合がいい。
「おねえさんはだれ?」
 野生児だからか想像より元気だ。
「私はカイ。君は?」
「ジャンヌ。……ねぇ、おねえさんは一人なの?」
「一人だよ」
「さびしいわね」
「寂しかないよ。自由で気楽さ」
「村にすめばいいのに」
「よそ者は村に入れてもらえないんだよ」
 少女ジャンヌが眉をひそめる。見知らぬ生物のことを疑っているのかもしれない。
「それならわたしが友だちになってあげる。そしたらおねえさんもよそものじゃなくなるわ」
「そうくるか。子供は予想もしないことを言うね」
「わたしは子どもじゃ、」
「とりあえずおやすみ。久しぶりにお喋りしたら疲れちゃったよ」
 カイの手がそっとジャンヌのまぶたを下げる。瞬間、ジャンヌは夢の中に逆戻りだ。
「うん。思ったより面白い拾い物かもしれない」

 再びジャンヌが目を覚ましたのは翌々日のことだった。いくら魔法で強制的に眠らされたとしても寝過ぎである。それほどに彼女の身体は傷つき、疲れが溜まっていたのだろう。
「おねえさん……」
「カイでいいよ。お姉さんって年でもないから」
「カイ……。おうちかえりたい」
「駄目だよ。君が帰ったところで、村にはまともな治療施設がないだろ。それにジャンヌ、君は働くにはまだ若過ぎるんだ」
 少女がうなされている時、少し記憶を見た。この時代の農村の子供が学校へ通わず仕事を手伝うのは当たり前であるが、子供の身体には負荷をかける。彼女は時々仕事を抜け出して、今回のように森へ遊びに来ることもあったみたいだが苦労人であることは間違いない。
「取引をしよう、ジャンヌ」
 身体を起こし、逃げ出そうとする華奢な肩を掴む。
「私は君の身体を治療する。まぁ一ヶ月もあれば完全に治る。その間、君は私の助手として働いてくれ」
「じょしゅ?」
 働くと言ってもお喋り相手だ。動けるようになったら、薬草採りでもなんでもやらせればいい。
「そう。私を助けてほしいんだ」
「わかったわ……。しかたないからカイをたすけてあげる」
 真面目な人間には責任感を持たせるに限る。
「よろしく、ジャンヌ。ひとまずご飯にしよう。お腹空いただろ?」
 ジャンヌの返事よりも先に腹の虫が返事をした。
「子供の好きなもの分からなくて、シチュー作ってみたんだけど食べられる?」
「たべられる!」
 素直に垂れてくるよだれを拭ってやってから、彼女を抱きかかえて椅子の上に移す。
「うわぁ、おいしそう! こんなにたべていいの!?」
「食べてもいいけど、鍋一杯分一度に食べたらお腹壊すよ」
 子供の成長具合が分からず、お節介に隣へ座ってカイも腹を満たすことにした。
「これ、なに?」
 さすがにスプーンは扱えるようだ。手に余る大きさのスプーンの上には鹿肉が乗っている。宗教上問題はないはず。単純に貧富の問題だろう。
「毒じゃないから食べてごらん……って」
 カイの返答を待たずに頬張って「おいひい!」と目をキラキラさせていた。
「ゆっくり食べな」
 貴族や王族が”ペット”を愛でる気持ちが少し分かった気がする。一生懸命小さな手と口を汚しながら、ひたすらシチューしか眼中に入れない姿は健気で可愛らしい。
――毎日料理とか面倒くさいな……。
 それも一ヶ月だけなら、カイにとってもいい経験かもしれない。
「おかわり!」
「パンもあるからゆっくり食べなさい」
「カイのシチューおいしいから」
 その笑顔は、いつまで無垢でいられるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...