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1年生編6月
◆保護者面談の乗り切り方
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「さて……」
ついに保護者面談当日。涼子に相談したところ、指定された時間に行けばなんの問題もないと言っていた。
一つ前の生徒は、海と同じく両親が来ていなかったようで、二者面談をした後に教室から出てきた。同じ境遇と思っているのか、そもそも海に興味がないのかは分からないが、彼は海に一瞥もくれることなく階段を降りていく。
「若宮さん、どうぞ」
教室から顔を覗かせた藍子はいつものジャージ姿ではなく、グレーのパンツスタイルスーツだった。顔立ちが整っているので、ジャージもスーツも同じくらいよく似合う。
「……失礼します」
海は、彼女のわざとらしい笑顔が未だに苦手である。
「そんな警戒しないで座って。今は二人だけなんだから」
しぶしぶと中央に残された椅子に座る。いつも使っているものと大差ないはずなのに、いつもよりヒンヤリと、そして硬く感じられる。
「二人っていう表現は少し違ったかしらね」
「え……? うちは親来ないですし……」
もしかして誰かが潜んでいる可能性があるのかと思い、窓の外と廊下にも視線を配る。
「誰もいないし、誰も聞いちゃいないわ。……シルヴィアもね」
「へ?」
「やっぱり気づいてなかったでしょう。シルヴィアに気づかれないなら黙っていてと言われていたんだけど……まさかこんなに近くにいても気づかないなんて。引きこもり期間長過ぎたんじゃないですか?」
つまり、学校生活のサポートというのは、この魔女のことだったわけだ。
「去年も学校に在籍していたというのは……」
「それはねぇ、前回は私も生徒として過ごしていたの。つまりシルヴィアの元同級生ってわけ」
紺色のたれ目が笑う。
「久しぶりの人間界で楽しくなっちゃったかしら。私に気づかないくらい」
「あんただって魔女を寄せ付けないカバーなりしてるんだろ。それにこの国は人間臭くて鼻が曲がりそうだ」
「臭いのは同意するわ」
「何でまたそんなこという魔女が、よりにもよって先生なんてしてるんだよ」
「先生相手にため口だなんて悪い生徒だわ」
「生徒を騙しているやつが何を言うんだ。それに私の方が年上だ」
「そうね。四桁も生きている大魔女様ですものね」
「長く生きているとそれだけで、個人情報が駄々洩れでいいことないな」
女性に歳を聞くなと言うが、魔女は基本的に長く生きているほどステータスになる。しかし、海にとっては大した問題でもなく、知りもしない魔女に自分の個人情報が流れていることが気に入らない。
「私がなぜ教師をしているかって話だけど、学園ものが好きなんです」
どこから出したのか分からないが、机の上に基本持ち込み非推奨の漫画本が並べられる。
「没収したもの、じゃないんだよな」
「えぇ。全部私物。私ね、学園もの、特に学園を舞台にした魔法少女ものが好きなの」
「オタクか」
日本のオタク文化は魔女にも大変人気である。日本に魔女が多く存在する理由の一つにリセットのタイミングを上げたが、もう一つはオタク文化である。まさか魔女の中に魔法少女ものが好きなオタクがいるとは、海も考えていなかった。
「自分でも同人誌を描いているのよ。見ます? ねぇ、見る!?」
「学校で生徒に同人誌進める先生とか先生じゃないだろ」
「残念。で、つまりね、そうゆうわけで私は生徒だったり先生だったりをしてネタを集めているんです」
「魔女のやることなんて大した動機ないのは分かるけど、お前のが一番不純だ」
「なによ。一般性とにへらへら踊らされている大魔女」
「……侑希ちゃんのことは関係ない」
「ほら、シルヴィアがいるけど、私にも媚を多少売っておけば、来年、再来年のクラス替えとか楽になるんじゃないかしら。知ってます? 大体の学校は先生が生徒を取り合って、押し付けあうんです。物を扱うように」
「ほんとくだらない制度だな。お願いします」
「素直ね。お気に入りを作るのはいいことだけど、」
「分かってる。お前なんかに言われなくても」
「そう。そうだ、素直で賢い若宮さんにはいいことを一つ教えてあげましょう」
「何?」
「私の名前って偽名なんだけど、これは昔流行った女児向けアニメのメインキャラクターから取っていてね、瀬川というのが当時大人気だった女の子の苗字で、藍子というのは、」
「どうでもいい」
すごい早口で喋り出したと思えば、とてつもなくくだらないことだった。
――侑希ちゃんが聞いたことあるって言ってたのは、アニメを観ていたからかな。……それなら今度観てみようかな。
「カイも本名のままじゃなく、何かしら名前つければよかったのに」
「特に思い入れある名前とかないから」
「ジャンヌとか」
「その話どこまで広まっているんだよ……。しかもジャンヌって明らかに偽名っぽくないか」
「魔女の中であなたのことを知らない魔女なんていないでしょうね。学校生活を送る上ではなるべくサポートするけど、有名なんだからちゃんと気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ、そんなの」
これ以上話しても仕方ないと思い、海は体裁的に一礼をして一年七組の教室を出て行った。その背中に、藍子が一言だけ低いトーンで呟く。
「あなたは、大丈夫でしょうね」
ついに保護者面談当日。涼子に相談したところ、指定された時間に行けばなんの問題もないと言っていた。
一つ前の生徒は、海と同じく両親が来ていなかったようで、二者面談をした後に教室から出てきた。同じ境遇と思っているのか、そもそも海に興味がないのかは分からないが、彼は海に一瞥もくれることなく階段を降りていく。
「若宮さん、どうぞ」
教室から顔を覗かせた藍子はいつものジャージ姿ではなく、グレーのパンツスタイルスーツだった。顔立ちが整っているので、ジャージもスーツも同じくらいよく似合う。
「……失礼します」
海は、彼女のわざとらしい笑顔が未だに苦手である。
「そんな警戒しないで座って。今は二人だけなんだから」
しぶしぶと中央に残された椅子に座る。いつも使っているものと大差ないはずなのに、いつもよりヒンヤリと、そして硬く感じられる。
「二人っていう表現は少し違ったかしらね」
「え……? うちは親来ないですし……」
もしかして誰かが潜んでいる可能性があるのかと思い、窓の外と廊下にも視線を配る。
「誰もいないし、誰も聞いちゃいないわ。……シルヴィアもね」
「へ?」
「やっぱり気づいてなかったでしょう。シルヴィアに気づかれないなら黙っていてと言われていたんだけど……まさかこんなに近くにいても気づかないなんて。引きこもり期間長過ぎたんじゃないですか?」
つまり、学校生活のサポートというのは、この魔女のことだったわけだ。
「去年も学校に在籍していたというのは……」
「それはねぇ、前回は私も生徒として過ごしていたの。つまりシルヴィアの元同級生ってわけ」
紺色のたれ目が笑う。
「久しぶりの人間界で楽しくなっちゃったかしら。私に気づかないくらい」
「あんただって魔女を寄せ付けないカバーなりしてるんだろ。それにこの国は人間臭くて鼻が曲がりそうだ」
「臭いのは同意するわ」
「何でまたそんなこという魔女が、よりにもよって先生なんてしてるんだよ」
「先生相手にため口だなんて悪い生徒だわ」
「生徒を騙しているやつが何を言うんだ。それに私の方が年上だ」
「そうね。四桁も生きている大魔女様ですものね」
「長く生きているとそれだけで、個人情報が駄々洩れでいいことないな」
女性に歳を聞くなと言うが、魔女は基本的に長く生きているほどステータスになる。しかし、海にとっては大した問題でもなく、知りもしない魔女に自分の個人情報が流れていることが気に入らない。
「私がなぜ教師をしているかって話だけど、学園ものが好きなんです」
どこから出したのか分からないが、机の上に基本持ち込み非推奨の漫画本が並べられる。
「没収したもの、じゃないんだよな」
「えぇ。全部私物。私ね、学園もの、特に学園を舞台にした魔法少女ものが好きなの」
「オタクか」
日本のオタク文化は魔女にも大変人気である。日本に魔女が多く存在する理由の一つにリセットのタイミングを上げたが、もう一つはオタク文化である。まさか魔女の中に魔法少女ものが好きなオタクがいるとは、海も考えていなかった。
「自分でも同人誌を描いているのよ。見ます? ねぇ、見る!?」
「学校で生徒に同人誌進める先生とか先生じゃないだろ」
「残念。で、つまりね、そうゆうわけで私は生徒だったり先生だったりをしてネタを集めているんです」
「魔女のやることなんて大した動機ないのは分かるけど、お前のが一番不純だ」
「なによ。一般性とにへらへら踊らされている大魔女」
「……侑希ちゃんのことは関係ない」
「ほら、シルヴィアがいるけど、私にも媚を多少売っておけば、来年、再来年のクラス替えとか楽になるんじゃないかしら。知ってます? 大体の学校は先生が生徒を取り合って、押し付けあうんです。物を扱うように」
「ほんとくだらない制度だな。お願いします」
「素直ね。お気に入りを作るのはいいことだけど、」
「分かってる。お前なんかに言われなくても」
「そう。そうだ、素直で賢い若宮さんにはいいことを一つ教えてあげましょう」
「何?」
「私の名前って偽名なんだけど、これは昔流行った女児向けアニメのメインキャラクターから取っていてね、瀬川というのが当時大人気だった女の子の苗字で、藍子というのは、」
「どうでもいい」
すごい早口で喋り出したと思えば、とてつもなくくだらないことだった。
――侑希ちゃんが聞いたことあるって言ってたのは、アニメを観ていたからかな。……それなら今度観てみようかな。
「カイも本名のままじゃなく、何かしら名前つければよかったのに」
「特に思い入れある名前とかないから」
「ジャンヌとか」
「その話どこまで広まっているんだよ……。しかもジャンヌって明らかに偽名っぽくないか」
「魔女の中であなたのことを知らない魔女なんていないでしょうね。学校生活を送る上ではなるべくサポートするけど、有名なんだからちゃんと気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ、そんなの」
これ以上話しても仕方ないと思い、海は体裁的に一礼をして一年七組の教室を出て行った。その背中に、藍子が一言だけ低いトーンで呟く。
「あなたは、大丈夫でしょうね」
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