魔女の暇つぶし

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1年生編4月

◆引きこもりでも運動神経はいい方です

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 四月はやることが多い。入学式やオリエンテーション、部活動の紹介、委員会の顔合わせが終わったと思えば成長しない身体を測定する催し、そして侑希が朝から嫌がっているスポーツテストが本日開催される。
「侑希ちゃん、ジャージ姿似合わないね」
 普段運動をして筋肉がついていない華奢な体つきだからだろうが、ジャージだけ浮いて見える。
「うみちゃんだって、その顔立ちにジャージは似合わないっていうか、もったいないというか……。むしろいつもジャージじゃなくて、ちゃんとブレザーを羽織ってほしいというか……」
「だってブレザー動きづらいから」
「せめてカーディガンでよくない?」
「ジャージ動きやすいよ?」
「そうじゃなくて! もう、今度絶対可愛い服買いに行こうね!」
 日本のジャージはとても機能的で、後に魔女界に戻った後も着用しようと思っていたのだが、それはよろしくないことなのかもしれない。
「はぁ……やだなぁ、帰りたいよ」
「そんなに体育嫌い?」
「うみちゃんはさー、この前のシャトルランで百回超えてるもんね……。その細い身体のどこにあんな体力あるの……?」
 もちろん海はポリシーにより魔法は一切使っていない。長年生きているうちに、体力がついたのと生まれながら運動神経に恵まれているだけだ。涼子曰く「引きこもりのくせにずるい」
「走るのは最後にしよう? わたし、五十メートルも全力疾走したらその後何もできないよ……」
 一年生から三年生まで全校生徒がジャージを着て敷地内を歩くのは滑稽である。混雑を避けるために、初めは指定された種目から実施をしていくが、その後はどの順番で回ろうと生徒の自由になる。
 初めは体育館内の種目を制覇していこうという話になり、残すは反復横跳びというところで今朝も聞いた声にバッティングした。
「あら、カイに侑希じゃありませんの」
 長い黒髪は邪魔になるようで、珍しく一つに結った涼子だ。クラスメートと思われる女子数人と一緒にいるが、なぜか一人だけ目立つ。皆と同じ上下紺色ジャージなのに、オーラが目立つ。
「ちょうどよかった、涼子。反復横跳びで勝負しようよ。勝った方が相手に一つ命令できるとか、どう?」
「笑顔でどう?じゃありませんわっ。私じゃなくても、あなたに運動能力で勝てる存在は、そんなひょいひょいといません。少なくとも体育科なり、体育系の高校に進学していますわよ」
「ちっ、ダメか」
「そんなにすごいなら、運動部入ればいいのに」
「ダメですわよ、侑希。あのバカが運動部に入ったらゲームバランスが崩れますわ。なによりも、やる気がなくて士気が下がりますわ」
 ひどい言われようだが、何一つ間違ったことはないので海は言い返さない。
「うみちゃん、わたしが数えられるスピードで動いてね」
「いくら私でも残像残すようなスピードで動くのは無理だよ」
――魔法使わなければの話だけど。

 一通りの種目を終え、へとへとになった侑希と少し遅めの食事をとっていると、
「若宮さんいる!? いた!?」
 海たちの席は廊下側の最後列になるので、後ろのドアが開けばすぐご対面できる。
「あなた、ソフトボール部入らない!?」
 紺色のジャージを着ていることから同学年であることが推察される。礼奈よりももっと髪が短く、焦げた肌の色からいかにも運動部であることが窺える。
「ハンドボール投げと五十メートル走見てたよ!」
「私がやったのはハンドボール投げであって、ソフトボールではないので……」
「一緒だよ!」
――一緒でいいのか。
「その肩と俊足があれば一年からレギュラー狙えるって。バスケ部とかに誘われる前にぜひ我が部へ!」
「侑希ちゃん、この人知ってる?」
「ううん、わたしも知らない」
 海と侑希の中では、突然押しかけてきた不審者認定がされている。
「ごめん、私は一組の中塚成海。ソフトボール部でポジションはピッチャー」
 欲しくない情報までさらさら話すタイプのようだ。
「えっと、中塚さん。誘いは嬉しいんだけど、部活入るつもりないから」
「えぇ、どうして! もったいないよ!」
「うみちゃんは文化祭実行委員だから忙しい部活はできないんだよ」
 横から侑希が助け舟を出してくれるが、委員会でこき使われそうな気がしてならない。
「兼任している人もいるし、そこをなんとか……だめ?」
 チートをしていないからこそ、海にとって認められるのは迷惑なことではないが、対応をするとなると面倒くさい。
「大丈夫、バスケ部とかほかの部活にも入らないから。ソフトボールも入らないけど」
「そっか……。まぁ他に入らないなら……うーん」
 ひとまず諦めてくれた成海の後姿を見送り、残っていたコンビニの菓子パンにかぶりつく。ちなみに侑希は毎日可愛らしいお弁当を持参している。母親が妹の分とあわせて作ってくれているらしい。今のところ海も涼子も料理はしていないが、そろそろチャレンジをしてみてもいいかもしれない。
「好きはスポーツとかないの?」
 お弁当に入っていたミニトマトを海の口に無理矢理放り込みながら、侑希が聞いてくる。ミニトマトの他にもピーマンも同じく海の口行きだ。
「あまり興味持ったことないかな」
 人間と関わることもあまりない生涯。魔女同士では必ず魔法がつきまとう。生粋のスポーツなんてする機会がない。
「侑希ちゃんはスポーツ全般嫌いなの?」
「嫌いというか、得意なものはないよ。小学生の時のみんなでドッジボールとか嫌だったなぁ……。だからね、東高って体育祭も盛り上がるから、それはちょっと不安」
 もう一つあったミニトマトも海の口に入る。
「……少しは苦手なもの克服した方がいいと思うよ」
「うみちゃんがいつも野菜食べてなさそうだから」
 しれっと可愛い顔をして言う。侑希からは人間らしい悪意を感じ取ることもなく、とてもいい匂いがする。話していても、基本的に優しく真面目だ。

「え、侑希が魔女じゃないかですって?」
 家に帰ってから、涼子に聞いてみた。
「だってすんごいいい匂いするんだよ。あと優しい。可愛い」
「……本人にいい匂いがするとか言ってないですよね?」
 変態を見るような目で涼子が見てくる。
「言ってないよ。で、どう思う!?」
「吉報なのか悲報なのかは知りませんけど、侑希は人間だと思いますわ。家族もいて、今までの履歴も残っていますから。細かいところまで根回しをする魔女というなら話は別かもしれませんが、たかが高校に入るためにそこまでする輩はいないでしょうね」
「そっか……。じゃあ三年の付き合いか。まぁそうだよな、いい匂いだけど魔女の匂いじゃなかったし」
「分かるなら聞かないでくださる!?」
「だって、人間であんなにいい人見たことないから!」
「それはあなたが引きこもりだからでしょう!」
「う……。ぁ、そうだ。今度料理でもしてみようかと思うんだけど、シルヴィアもどう?」
「いいですわね、私もしばらくしていませんし。土日に買い物行きましょうか」
 魔法が使えるならわざわざ作る手間をかける必要はない。さらに文明が発達した人間界では、コンビニで出来合いのものが買える。それでも作ろうと思うのは、プロセスの問題だろう。
「腕がなりますわね。私こう見えて料理は得意ですの」
「魔法でぱぱっとやっちゃうタイプじゃないんだ?」
「魔法の方が確かに楽ですけれど、昔は人間と作ったこともあるんですわ」
「意外だ。楽しみにしとくよ」
 そう。魔法が使える者同士だからこそ、魔女の集まりで手料理が振る舞われることなんてほとんどない。つまり、海は涼子の料理を食べたことがない。
 後にこの提案で苦しむことになるとも知らずに、海は最近習ったインターネットの検索でレシピを探すのであった。
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