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1年生編4月
◆初めての入学式。そして出会い
しおりを挟む世界のリセットが起こるなり、昔から用意周到な涼子は魔法で入学手続きを終えていた。
いちいち面倒くさいことをしてもらっている手前、今更嫌だとも言えず、海は大人しくまだ硬い制服の袖に腕を通した。どうもブレザーが動き辛いが、経験者である涼子曰く、入学式等の式典がなければブレザーの代わりにジャージを羽織ることもカーディガンを代わりに羽織るのも許されるらしいので、今日一日は我慢することにする。
我が子の晴れ舞台ということもあり、本来学生が溢れる校内には親と見られるかしこまった服を着た大人が多数紛れ込んでいる。
「みんなして写真撮っているね」
入学式と書かれた立て看板には列が出来ていた。
「私たちも撮ります?」
「シルヴィアとの思い出残したところで嬉しくない」
「だから学校では涼子で、」
「はいはい。涼子」
何百年とシルヴィアと呼んできたのだから違和感がすごい。
「みーんな同じ格好して集団行動って、戦時中とあんまり変わんないねぇ」
「名残があることは否定しませんけれど、今の日本は平和ですわ」
「はは、戦闘狂だったやつが平和とか」
「もうあの頃の私ではありませんわ」
「そうだねぇ……。髪染まってるもんねぇ」
「そういうことではありませんわ!」
つい先程知らされたことだが、のんきに話している海と涼子はクラスが別である。サポート体制とは一体なんだったのか、海には分からない。
「せっかくですのに私たちが一緒のクラスでもつまらないでしょう? 友達の一人くらい作ってみなさいな」
「シルヴィア、友達だよね? 一応」
「他に作れと言ってるんですのよ、引きこもり」
「他にもいるよ?」
「言ってごらんなさいな」
「……ジャンヌ・ダルク」
「いつの話ですの!」
「ジャンヌに会いたい……」
「死んでますわ。諦めてクラス内の友人でも作りないな。ぼっちで三年間なんて引きこもりと変わりませんわよ」
「努力はする」
ジャンヌの死後、ほとんど人間との関わりを絶ってきた。確かに涼子の言う通り、海にとっては引きこもり脱却のチャンスなのである。
「そろそろ時間ですわ。教室に行きますわよ」
割り振られた教室の割り振られた一番後ろの席で説明を聞き、出席番号順に体育館へ入場し、海にとって初めての入学式を体験することとなった。
――日本の国歌とか知らんし。眠い……。
目立たない程度に周りを見てみる。男女比は女性が優勢のようだが、設立時から割合は変わらないという。この中には、海と涼子以外の魔女もたくさん紛れ込んでいるはずだが、海のように明らかに日本人ではない存在は悪目立ちをする。
そのせいか海はいるだけで注目を集めていた。
――シルヴィアみたいに髪は染めるべきだったか……。あいつ面白がって何も言わなかったな……。
「ねぇ、綺麗な髪だね。外国の方?」
自由になるなり、隣の席の女子生徒に声をかけられた。栗色の髪はよく見ると丁寧に編み込みがされている。背も日本人にしては高そうだ。
「急にごめんね」
海が黙って観察している様子を、気を悪くさせたと思ったらしい。童顔な顔に少ししわがよる。
「あまりにも綺麗だったから。わたしは宮本侑希。せっかく隣の席になったんだし、これからよろしくね」
「侑希……ちゃん?」
いきなり呼び捨てにしていいものか分からず、とりあえずは敬称をつけて呼び返してみた。
「うん、侑希だよ。えーとあなたは……」
「若宮海」
「あれ、日本人? 通称名?」
「ハーフで……」
このやり取りをこれから何回も繰り返さなければならないのなら、『私はハーフです』とプラカードを持って歩きたい。
「海って書いてカイなんだね。名簿だけ見た時はうみちゃんかと思ったんだ。うみちゃんって呼んでもいい?」
偽名には慣れるべきだろうと思い、了承する。
侑希は人見知りをしない質のようで、海が上手く応えられなくとも笑顔で次々と会話を振ってくる。
「連絡先交換しようよ」
スマホを取り出す侑希を見て、海が戸惑う。もちろん涼子の計らいによりスマホは手に入れているし、ある程度の操作方法は聞いた。しかし、スキルとしては涼子に電話をかけることと、受電をすると、充電をすることしか持ち合わせていない。そこで涼子から教わった魔法の言葉を使うことにした。
「高校入学に合わせて買ってもらったから、スマホの使い方いまいち分からなくて」
魔力を一切必要としない魔法の言葉。そんなものを魔女が使うんだから皮肉なものだ。
「そうなの? 厳しい家なんだね」
厳しいどころかズルしまくりのご家庭事情があるので、哀れみの目は辛い。
「えーっとね、ここをこうして……そうそう。そしたらわたしのやつを読み込んでみて」
触れた手は冷たかったけれど、侑希の優しさはとても温かい。嫌な顔をせずに、ふらふら彷徨う指を案内してくれる。
「わたしのおばあちゃんも最近スマホ買って大変だったんだ~」
――確かに人間からしたら私はババアですけど!
「これで出来たね、うみちゃん」
可愛い笑顔だと素直に感じた。無邪気で明るくて、汚れのない笑顔。
「あ、先生戻ってきたね」
また後でねと一メートル離れていない距離で手を振る仕草は卑怯だ。
「担任の瀬川藍子です。今年で教員三年目になります。担当科目は美術。部活動顧問も美術部です。絵に興味がある人はぜひ入部してくださいね」
ボディラインを表したように柔らかそうな女性。三年目ということは、最も若くて今年二十五歳になるはずだが、胸の大きさを除けばまだ制服を着こなせそうだ。そんなふしだらなことを考えていたのが伝わったかのように、少し垂れ目気味な紺色の瞳が海の青い瞳を指した。
――え、こわ。
笑顔の奥にある恐怖を感じて視線を逸らす。優しそうな笑顔と言っても、随分と侑希と差があるものだと学んだ海であった。
百歳生きればいいような短命な命。あっという間に過ぎ去る生涯なのに、彼女たちはこんなくだらない形式的行事にも一生懸命になれる。
――ジャンヌも他人のために頑張っていたなぁ……。
「うみちゃん」
「やめろ。気持ち悪い」
どこかで侑希とのやり取りを見ていた涼子が、家に帰ってからもからかってくる。どうやら本当に人間の友達を作ってくるとは思わなかったようで、祝福はしてくれている、らしい。
「宮本侑希、でしたっけ? 人間にしては可愛らしい子でしたわね」
「いやいや。魔女だって可愛くねぇやついるじゃん」
心の中で目の前にとつぶやく。
「見た目の話ですわ」
「魔女は魔法でなんとかなるからだろ」
と言っても、海も涼子も骨格はもちろん髪染めを除けば何もいじってはいない。両方とも魔女の中でも勝ち組というわけだ。
「でも本当によかったですわ。魔法を使って無理矢理友達作りの機会を作るなんて嫌ですから」
「そんなことまでお膳立てされなくても大丈夫だよ。子供じゃないわ」
侑希のことを含め、ホームルームでの話を思い返しながら配られたプリントを広げる。
「シルヴィア、部活動って何するの?」
担任の瀬川が美術部と言っていたことを思い出す。配られたプリントの中にも、部活動紹介と書かれた手書きのパンフレットが入っていた。
「スポーツとか楽器の演奏等、なにか一つを三年間で極めていくんですの。例えば……このバスケ部というのは、毎日バスケットボールの練習とたまに試合をするんですわ。東高だと吹奏楽部が有名ですわね。毎年全国大会に出場していますわ」
「なんだか大変そうだな」
「毎日やるのが嫌であれば、活動日数の少ない部活動を選ぶのも手ですわね」
「それってやる意味ある?」
「本人が適度な頻度で好きに活動できれば、それなりに意味はあるんじゃありません?」
「ふーん……。シルヴィアは何入るの?」
「今回は部活動に入るつもりはありませんの」
「? 意外だね?」
「今回は別にやるべきことがありますので。その時がきたらお手伝いお願いしますね」
「え、やだよ」
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