1 / 54
前日譚
◆ようこそ、21世紀の日本へ
しおりを挟む手段としては航空機も船も使わずに遠い島国に身一つで来ることは可能である。しかし人間界に存する場合、極力魔法を使わずに人間として生活をするように決めている。
ウェーブのかかった絹糸のような金色の髪に、陶器のような白い肌、眠たそうな瞳は澄んだ青色。少女はどこから見ても西洋の生まれと思われる容姿をしている。角が生えているわけでも、耳が長いわけでもない。人間と変わらぬ容姿だ。それでも彼女は、この世で千年以上生きる魔女である。
魔女でありながら、知り合いが「翔んでくればいいのに」と文句を言いながら用意してくれたパスポートを利用し、日本へ入国し終えた。パスポートの氏名欄には『WAKAMIYA KAI』とある。魔女に名字が存在しないため、若宮はどこかから持ってきた仮染の名前。カイは海と書くらしい。
「カイー!」
見知った声がするが、知った顔の魔女はどこにもいない。混雑で見つけられないわけではない。海には全てが視える。
「カイってば。こちらですのよ」
漆黒の長髪を揺らし、長身の女が近づいてくる。愉快そうに目が笑ったところで気づく。
「……もしかしてシルヴィア?」
「そうですわ。友の顔を忘れるなんてひどいですの。あと、日本での名前は吉川涼子と申しますので、よろしくお願いしますわ」
「や、だって、髪。銀色だったよね? それにその喋り方何? 気持ち悪い」
「久しぶりに会ったのに、本当ひどい言われようですわね……。今回はこのキャラで行こうと思いますの。清楚でお淑やかで大和なでしこといった感じでしょう」
「全然お淑やかオーラねぇよ」
さらさらした髪を掻き上げる仕草には、色気よりも苛立ちを感じる。
「そっちこそ、何で鼻つまんでいるのかしら。そのしかめっ面も」
「人間界っていうか、日本臭くない? 悪意が溜まっている臭いって言うかさ。しかめっ面はシルヴィア……涼子の変わりようを訝しんでいるだけだよ」
海も、以前日本を訪れたことがある。その頃に比べれば確かに建築物は新しくなり、空港を行き交う人間は綺麗な風貌をしているが、とにかく人間らしい臭いがきつい。
「私やっていけるかな……」
「大丈夫ですわ、高校生はそんなに臭くないですから」
今回、海がわざわざ異国の土地に来たのには理由がある。
「タクシー呼んであるから、ひとまず行きましょ」
それは高校生には似つかわしくないほど堂々と歩く、日本人にしては高身長の涼子に誘われたからだ。
「カイも高校生やるんですから、あまりババくさい振る舞いしないように」
「ババくさいって何だよ」
「スマホも使ったことない魔女が何を言っても無駄ですわ」
来期から、海は日本で女子高校生をすることになっている。五百年近くほとんど魔女界に引きこもっていた海に、人間界で暮らす魔女の間で流行りの遊びを涼子が勧めてきた。
「そういえばタクシーって分かります?」
「分かるわ!」
「ひとまず三年間は私とルームシェアということで……そんな嫌な顔しないでくださる?」
一言も言葉を発しないタクシードライバーに連れて来られたのは、駅からほどよく近い新築のマンション。広いリビングに加え、個室も複数あり、プライバシーの心配をする必要はないかもしれないが、海が自分以外の存在と暮らしたのは約五百年も前になる。
「別に隣の部屋同士にすればよくない?」
「家電の使い方分かりますの? カイが魔法で生活すると言うなら止めませんけれど」
「……」
海は、人間界にいる時は極力魔法を使わない、人間のルールに従うことにしている。信念をこんなことで曲げるのはよくないと思い、同居を受け入れることにした。仕方なく。
「先に必要なものだけ渡しておきますわ。手続きは後ほどこちらで調整致しますから」
「あーそっか、まだリセット前か」
「そういうことですわ」
涼子が指をパチンと鳴らし、大きな箱を二つ、小さな箱を一つ呼び出した。彼女は海と違い人間界で魔法を使うことに躊躇いがない。
「まずは生徒手帳」
小さな箱に入っていたのは紺色のカバーがついた小さな手帳と、ピンバッチ。バッチは学年を分けるものらしい。
「カイには、若宮海として過ごしてもらうことになりますわ。ハーフということにしているので、身なりを言われた場合はそう返してくださいませ」
「何で若宮なの?」
「書類を用意する日に、ニュースで流れていた名字ですの」
「それ、犯罪者じゃないよね?」
続いて開けられた大きな箱には、それぞれ紺色の制服と紺色のジャージが入っていた。海が通うことになる東高等学校では学年毎に色が指定されており、ジャージやピンバッチの色が学年によって異なる。
「制服地味だね」
「公立高校ですからね」
「これもまた何でここにしたの? 前回もここに通ってたんじゃないの?」
「東高は行事が盛んですのよ。せっかく体験するのであれば、学生らしいことができた方がよくはなくって?」
「それはそうだけど……」
やはり引きこもりには荷が重いのではないかと、海は乗り気になれない。
「心配はいりませんわ。きちんとサポートができる体制は整えてます。なにより流行りと言うこともあって、魔女が結構多いんですの」
今の日本にも多くの魔女が人間に化けて生活を送っている。長生きの魔女たちにとって、人間の生活はとてもいい暇つぶしになるのだ。
そして、現在、魔女の中で流一番行っている暇つぶしが学校生活である。
「そろそろですわね」
魔女の存在が人間に認知されないように、三年に一度人間の記憶や魔女に関わる形跡が消去もしくは改ざんされる。そのタイミングが日本時間の三月三十一日から四月一日へ変わる深夜零時だからである。リセットのタイミングがきっちりと合っているのは、偶然であるのか、日本がそのタイミングに合わせたのか、理由を知るのは定めた魔女にしか分からない。
「リセットだ」
一瞬だけ世界を強い魔力が覆う。
「さて、今日から三年間、青春という暇つぶしを致しましょう」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる