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第2話
しおりを挟む 火打石に縄、それから干し肉を物々交換で商人から手に入れた彼女は、今度はそれらの使い方を使用人たちから学び始めた。
「いきなり薪に火が付くわけじゃないんですよ。火打石の傍に燃えやすい物、たとえば木くずなんかを置いて、火種を作るんです。それを細く割った木の棒に移して、だんだん火を大きくしていくんですよ」
「縄が簡単に解けないようにするには何歳くらいになればできるかって? 子供だってできますよ。力じゃないんです、縛り方があるんですよ」
「干し肉は確かに日持ちはしますがそのまま食べるのではなく、火で炙って食べた方がいいですよ」
ふんふん、といろんな人から情報収集をした彼女は、早速それを実践したくてたまらないようにうずうずとして見えた。
次に父に連れられファロウ伯爵家にお邪魔した時、彼女は相変わらず姿を見せなかった。
父親たちは話が弾んでいたので、私はルーシーを探しに行くと告げて散策に出た。
ルーシーはすぐに見つかった。
思った通り、裏庭にいた。
何故わかったのかというと、廊下を歩いていたら窓の外に煙が立ち上っているのが見えたからだ。
厨房からも遠いそんなところから煙が見えるのはおかしい。
窓から下を覗きたいけれど私の背では見えなくて、慌てて外に走り出した。
ルーシーは手に入れた火打石で薪に火を起こし、干し肉を炙って食べていた。
ふうふうと口をすぼめて焼きあがった肉を冷ますと、そっと口に運ぶ。
もこもことしばらく噛みしめると、ほうっとうっとりするように頬を緩めた。
なんともおいしそうに食べるものだ。
いつもの食事は食べ飽きてしまったのだろうか。
彼女は次々と焼けた肉を口に運んでは、もくもくとそれを噛みしめた。
興味と鼻を刺激するいい匂いにそそられ、「何をしてるの?」と声をかけると「肉を食べているの」と答えが返った。
見たままだった。
「食べる?」
棒に突き刺したそれを差し出され、おずおずと受け取る。
干し肉なんて、食べたことがない。
けれどさっきのおいしそうに食べる彼女の顔を思い出し、ぱくり、とかぶりついた。
思ったよりも固くない。
ぷりぷりしていて、噛みしめるほどにうまみがじわじわと出てくる。
「おいしい……」
思わず呟くと、ルーシーがにやりと笑った。
「食べたんだから、共犯ね」
初めてそんな顔を向けてくれたことに驚いて、嬉しくて、ルーシーと二人もくもくと食べた。
いつの間にか夢中になっていて、ガチャガチャンと繰り返し鳴り響くやかましい音と「キャー!?」という悲鳴が聞こえて初めてはっとした。
「何? 何の音?」
「ちっ。鬼婆が来た。逃げて、早く」
「ええ? ルーシーを置いて逃げられるわけないよ!」
「クランがいたら後で私がやばいことになるから。早く行って」
共犯だと言いながら私を逃がしたルーシーに後ろ髪を引かれながら、慌てて建物の陰に隠れた。
その後すぐにいくつかの足音がやってきて、「ルーシー」と硬い声がかけられた。
やってきたのは侍女を引き連れたファロウ伯爵夫人だった。
後妻で、ルーシーとは血が繋がっていないと聞いているけれど、いつもにこやかで、優雅な人という印象だった。
だから聞いたこともない硬い声を聞いて、私はどきりとした。
「ルーシー。ここで何をしているの?」
ルーシーは答えなかった。
ファロウ伯爵夫人は目に見えてぴくり、と眉を吊り上げた。
けれどすぐにはっとしたように窓の方に目を向け、眉を元に戻した。
「ルーシー、中で話をしましょう。二人はここを片付けてちょうだい。今はお客様がいらしているんだから、匂いも残らないように、完璧にね」
平静な口調で言いつけたファロウ伯爵夫人の後を、ルーシーは大人しくついていった。
その後すぐに、再びカチャンカチャンという音と「ギャー!! もう……!!」と怒りを吐き捨てる声が聞こえた。
足音が聞こえなくなってからそっと見に行くと、木と木の間に縄が結ばれていた。
大人のすねの高さで、間にはスプーンがいくつもぶらさげられていた。
先程のやかましい音は、ファロウ伯爵夫人がこれに足をひっかけて鳴ったものなのだろう。
ルーシーは誰かの接近を知らせるためにこんな罠を仕掛けたのに違いない。
ファロウ伯爵夫人がまさかの帰りまで引っかかっていたことを思い出すと笑い出しそうになってしまったが、それだけ怒りで冷静さを失っていたのかもしれない。
ルーシーは大丈夫だろうか。
心配だったけれど、ファロウ伯爵夫人が激昂するところなど想像できない。
邸の中は静かで、窓が開けられた廊下からは使用人たちがお喋りをしながら通り過ぎていく声だけが聞こえていた。
「いきなり薪に火が付くわけじゃないんですよ。火打石の傍に燃えやすい物、たとえば木くずなんかを置いて、火種を作るんです。それを細く割った木の棒に移して、だんだん火を大きくしていくんですよ」
「縄が簡単に解けないようにするには何歳くらいになればできるかって? 子供だってできますよ。力じゃないんです、縛り方があるんですよ」
「干し肉は確かに日持ちはしますがそのまま食べるのではなく、火で炙って食べた方がいいですよ」
ふんふん、といろんな人から情報収集をした彼女は、早速それを実践したくてたまらないようにうずうずとして見えた。
次に父に連れられファロウ伯爵家にお邪魔した時、彼女は相変わらず姿を見せなかった。
父親たちは話が弾んでいたので、私はルーシーを探しに行くと告げて散策に出た。
ルーシーはすぐに見つかった。
思った通り、裏庭にいた。
何故わかったのかというと、廊下を歩いていたら窓の外に煙が立ち上っているのが見えたからだ。
厨房からも遠いそんなところから煙が見えるのはおかしい。
窓から下を覗きたいけれど私の背では見えなくて、慌てて外に走り出した。
ルーシーは手に入れた火打石で薪に火を起こし、干し肉を炙って食べていた。
ふうふうと口をすぼめて焼きあがった肉を冷ますと、そっと口に運ぶ。
もこもことしばらく噛みしめると、ほうっとうっとりするように頬を緩めた。
なんともおいしそうに食べるものだ。
いつもの食事は食べ飽きてしまったのだろうか。
彼女は次々と焼けた肉を口に運んでは、もくもくとそれを噛みしめた。
興味と鼻を刺激するいい匂いにそそられ、「何をしてるの?」と声をかけると「肉を食べているの」と答えが返った。
見たままだった。
「食べる?」
棒に突き刺したそれを差し出され、おずおずと受け取る。
干し肉なんて、食べたことがない。
けれどさっきのおいしそうに食べる彼女の顔を思い出し、ぱくり、とかぶりついた。
思ったよりも固くない。
ぷりぷりしていて、噛みしめるほどにうまみがじわじわと出てくる。
「おいしい……」
思わず呟くと、ルーシーがにやりと笑った。
「食べたんだから、共犯ね」
初めてそんな顔を向けてくれたことに驚いて、嬉しくて、ルーシーと二人もくもくと食べた。
いつの間にか夢中になっていて、ガチャガチャンと繰り返し鳴り響くやかましい音と「キャー!?」という悲鳴が聞こえて初めてはっとした。
「何? 何の音?」
「ちっ。鬼婆が来た。逃げて、早く」
「ええ? ルーシーを置いて逃げられるわけないよ!」
「クランがいたら後で私がやばいことになるから。早く行って」
共犯だと言いながら私を逃がしたルーシーに後ろ髪を引かれながら、慌てて建物の陰に隠れた。
その後すぐにいくつかの足音がやってきて、「ルーシー」と硬い声がかけられた。
やってきたのは侍女を引き連れたファロウ伯爵夫人だった。
後妻で、ルーシーとは血が繋がっていないと聞いているけれど、いつもにこやかで、優雅な人という印象だった。
だから聞いたこともない硬い声を聞いて、私はどきりとした。
「ルーシー。ここで何をしているの?」
ルーシーは答えなかった。
ファロウ伯爵夫人は目に見えてぴくり、と眉を吊り上げた。
けれどすぐにはっとしたように窓の方に目を向け、眉を元に戻した。
「ルーシー、中で話をしましょう。二人はここを片付けてちょうだい。今はお客様がいらしているんだから、匂いも残らないように、完璧にね」
平静な口調で言いつけたファロウ伯爵夫人の後を、ルーシーは大人しくついていった。
その後すぐに、再びカチャンカチャンという音と「ギャー!! もう……!!」と怒りを吐き捨てる声が聞こえた。
足音が聞こえなくなってからそっと見に行くと、木と木の間に縄が結ばれていた。
大人のすねの高さで、間にはスプーンがいくつもぶらさげられていた。
先程のやかましい音は、ファロウ伯爵夫人がこれに足をひっかけて鳴ったものなのだろう。
ルーシーは誰かの接近を知らせるためにこんな罠を仕掛けたのに違いない。
ファロウ伯爵夫人がまさかの帰りまで引っかかっていたことを思い出すと笑い出しそうになってしまったが、それだけ怒りで冷静さを失っていたのかもしれない。
ルーシーは大丈夫だろうか。
心配だったけれど、ファロウ伯爵夫人が激昂するところなど想像できない。
邸の中は静かで、窓が開けられた廊下からは使用人たちがお喋りをしながら通り過ぎていく声だけが聞こえていた。
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