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1.なかなか断罪もざまあも始まらないんですけど

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「リリシュ=シュローテッド! そなたとは婚約破棄……を、する、かもしれない!!」

 断言せんのかい。

 思わず心中でツッコミを入れてしまう、名指しされた当人である私は成り上がりの男爵令嬢。
 元々は商家だったんだけれど、父が一代で財を築き上げて、爵位をもらうまでに至った。

 で、子犬のようにきゃんきゃん吠えているのは、第二王子であるレトリー殿下。
 真っ白でさらっとした髪に、青みがかった黒の瞳はまんまるで、十八歳にしてはかわいらしい顔立ち。
 幼い頃に縁あって、十四歳の時に第二王子付きの侍女として王宮に上がることになり、それから子犬のように懐かれてしまい、あれよあれよと裏で工作され、婚約するに至った。

 んだけれど。
 それも今目の前で婚約破棄されようとしていた。
 身に覚えがない罪を着せられ、卒業式後のダンスパーティの最中にこれから断罪されるところ。

 告発者は、レトリーの隣でプルプルと震えて見せる公爵令嬢のヴィクトリア。
 演技が下手なので、その震え方が寒いのを我慢してるようにしか見えないんだけど、誰も肩にストールをかけてあげるなんてことはしない。誰も巻き込まれたくないからだ。
 あと、どうでもいいことだけど真っ赤な髪をふわふわにカールさせているのがあんまり似合ってない。

 彼女は幼い頃に決められていたレトリーの元婚約者。
 だけどレトリーが父である国王と公爵に掛け合って、両家合意の元婚約は解消された。理由はヴィクトリアの外聞の悪さ。幼い頃から気に入らない子に意地悪をしつくしてきたから。
 公爵はヴィクトリアにほとほと手を焼いて修道院にでも入れようとしたのだけれど、どこからも断られたという異色の経歴を持つ。

 その後、私に懐いていたレトリー殿下が国王に拝み倒し、私の父に賄賂を贈りまくり婚約するに至ったので、当然ヴィクトリアは激怒した。
 そこから怒涛の嫌がらせが始まり、やっとこの学園も卒業できると思ったら、彼女はレトリー殿下に、自分がしてきた嫌がらせを全て私がしたことと置き換えて告発したのだ。

 で、今がここ。

 もうこれ以上はヴィクトリアに付き合うのはしんどいなと思っていたので、断罪でも婚約破棄でも、もうどうにでもなれと待ち構えていたのだけれど、レトリー殿下の様子はどこかおかしかった。
 さっさと巷で流行中の「婚約破棄をする!」というお決まりのパターンを始めればいいのに。かもしれない、って何?

 どう答えたら、と黙考していると、何も反応を返さない私にレトリーが痺れを切らした。

「こら! なんとか言ったらどうなんだ、リリシュ! 私は婚約破棄をする、かもしれないと言っているんだぞ! このままじゃ婚約破棄されちゃうんだぞ? いいのか!」

 いいのか、と言われても。
 まだ理由も聞いてないし、男爵家の私が良いも悪いも言える立場にないし。

 うーん。

 と、顎に手を当て考え込んでいると、「なあ! おい! ちょっと無視するなよお」と声がしぼみ、まるで子犬の耳がどんどん垂れていくようだった。
 そこへ勝ち誇ったようにヴィクトリアが鼻をならす。

「リリシュ様はレトリー殿下に相応しくありませんわ。成り上がりの男爵令嬢ですし、いつもみすぼらしいお洋服をお召しになって、心根も卑しく、いつも陰鬱な表情で何を考えているかもよくわかりませんし、何より成り上がりの男爵令嬢ですから、殿下には相応しくありませんわ!」

 同じこと二回言った。
 とりあえず憎しみの程はわかった。
 両家の平和的話し合いによってヴィクトリアとレトリーの婚約は解消されたわけだけど、彼女の「絶対解消したくない!」という意思だけは無視されたわけだから、気持ちはわからなくはない。
 でも、私に当たられてもなあ。

 周囲も、多少ヴィクトリアに同情的な目を向けている。
 顔立ちは綺麗なのに、憎しみに歪んでしまっているし、同じ文句を二回言わないといけないくらいちょっと語彙に乏しくて、感情的に突き進んでしまうほど計画性のないお方だから。

 でもヴィクトリアが言っていることは客観的事実としてはそれほど間違ってない。
 だからレトリー、もういいよ、と思ってるんだけど、そうはいかなかった。
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