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第一章 世界のひみつ
1.令嬢イリーナが気になる
しおりを挟む この世界は私に優しい。
「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」
「あなたがやったんでしょう、この卑怯者」
成り上がりの男爵家令嬢だから、こんな風に意地悪な令嬢の取り巻きに囲まれることもある。
だけど、すぐに助けがやってくる。
「やめろ! 犯人はユニカじゃない。私は見ていたぞ、全部お前たちが自分でやったことだろう!」
そう、ちょうどこんな風に。
でも、見てたならその時言えばいいのにと思う。
「フリードリヒ様!」
「そんな、誤解です! 私たちはイリーナ様がおかわいそうで……」
「そんな言い訳でこの私がほだされるとでも思うのか? 次にこの国を担う王子の私が!」
真ん中に立つ令嬢イリーナの影に隠れるようにしながら、令嬢たちは負けを悟り連れ立って逃げ出した。
彼は「大丈夫か」と私に声をかけたけれど、その目は「どうだすごいだろう」と言っているように見えた。
王子のご期待には沿えず、自ら地位をかざして黙らせるやり方は全く格好よく映らない。
けれど振りかざされた通りの権力をお持ちの方なので、丁寧に腰を折り礼を述べると、私の薄いピンクの髪が肩からさらりと流れた。
家族で私だけがこんな髪色をしているから、『ドブから拾われたに違いないわ』とか斜め上から見下ろされたこともあるけど、父の大きな瞳と母の白く透き通る肌を受け継いでいる私は、どこからどう見てもあの両親の血を引いた子供だった。
「フリードリヒ様、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いや、いいんだ。というより、私が君を巻き込んでしまっているんだ。私が君ばかり気に掛けるものだから、婚約者であるイリーナが気を揉んでいるんだろう。今後はこのようなことのないように、きつく言い含めておくから」
巻き込まれているのは全くその通りだったけれど、権力に敬意を表して再度深く腰を折り、礼を述べる。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「イリーナの家を無視するわけにはいかず仕方なく婚約はそのままにしているが、イリーナには困ったものだ。権力などど振りかざしても諸刃の剣だというのに」
彼はブーメランという武器を知らないらしい。
私はイリーナに同情した。
この人は婚約者のことを全く見ていない。何も知らないのだ。
だってイリーナは、先程一言も口を開いていない。
それどころか、その場の騒ぎなどどうでもいいことのように、心ここにあらずだった。
騒いでいたのは取り巻きの令嬢たちと、フリードリヒだ。
私のさっきの言葉、「意地悪な令嬢の取り巻き」の、『意地悪』は『令嬢の取り巻き』という言葉にかかっている。
最近イリーナを観察していてわかったことだけれど、取り巻き達が彼女をいいように使っているだけで、本人は何もしていない。
そして王子との婚約も望んだものではない。婚約破棄してほしいと思っているのだろう。彼女の家からそれを言い出すことができないから、フリードリヒに嫌われるよう仕向けているとしか思えない。
でなければ聡明な彼女がこのような事態を黙って放っておいている理由がつかない。
たぶん彼女は他に好きな人がいるのだ。
私にはそれがわかった。
私も同じだから。
「今後も何かあったら、私に言ってほしい。私がなんとかするから」
「お気遣いありがとうございます」
私はテンプレを繰り返しただけだったが、彼は満足そうに笑みを浮かべると、やっと去っていった。
傍から見れば、私の人生はさも順風満帆に見えるだろう。
その気もないのに王子は寄ってくるし、意地悪をされていれば誰かが助けにやって来てくれる。時には証拠までそろえて撃退してくれる。
なにかと波乱は多いのに、何故かうまくいってしまう。
なのに。
たった一つ、心から欲しいものだけが手に入らない。
だからこそ、イリーナが気になった。
だってイリーナは、流れに身を任せているようでありながら、自分の意思でそれをコントロールしているように見えたから。
イリーナが真に望んでいるものは何か。どうやったらあんな泰然としていられるほどに己の人生を手中にできるのか。
私はそれが知りたかった。
だから私は、今日の授業が終わるのを待って、イリーナの後をつけた。
けれど私はすっかり忘れていた。
イリーナも令嬢なので、帰りは馬車だった。
ガラガラと走り去る馬車を眺め、私は呆然とした。
馬車を走って追いかけるわけにもいかない。
馬車を馬車で追いかけたら確実に「なにかご用ですか」と馬車が止められる。その時何て答えればいいのかわからない。
仕方なく今日は諦めて邸に帰ると、久しぶりのお客様がいた。
三つ年上の幼馴染、アレクだった。
「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」
「あなたがやったんでしょう、この卑怯者」
成り上がりの男爵家令嬢だから、こんな風に意地悪な令嬢の取り巻きに囲まれることもある。
だけど、すぐに助けがやってくる。
「やめろ! 犯人はユニカじゃない。私は見ていたぞ、全部お前たちが自分でやったことだろう!」
そう、ちょうどこんな風に。
でも、見てたならその時言えばいいのにと思う。
「フリードリヒ様!」
「そんな、誤解です! 私たちはイリーナ様がおかわいそうで……」
「そんな言い訳でこの私がほだされるとでも思うのか? 次にこの国を担う王子の私が!」
真ん中に立つ令嬢イリーナの影に隠れるようにしながら、令嬢たちは負けを悟り連れ立って逃げ出した。
彼は「大丈夫か」と私に声をかけたけれど、その目は「どうだすごいだろう」と言っているように見えた。
王子のご期待には沿えず、自ら地位をかざして黙らせるやり方は全く格好よく映らない。
けれど振りかざされた通りの権力をお持ちの方なので、丁寧に腰を折り礼を述べると、私の薄いピンクの髪が肩からさらりと流れた。
家族で私だけがこんな髪色をしているから、『ドブから拾われたに違いないわ』とか斜め上から見下ろされたこともあるけど、父の大きな瞳と母の白く透き通る肌を受け継いでいる私は、どこからどう見てもあの両親の血を引いた子供だった。
「フリードリヒ様、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いや、いいんだ。というより、私が君を巻き込んでしまっているんだ。私が君ばかり気に掛けるものだから、婚約者であるイリーナが気を揉んでいるんだろう。今後はこのようなことのないように、きつく言い含めておくから」
巻き込まれているのは全くその通りだったけれど、権力に敬意を表して再度深く腰を折り、礼を述べる。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「イリーナの家を無視するわけにはいかず仕方なく婚約はそのままにしているが、イリーナには困ったものだ。権力などど振りかざしても諸刃の剣だというのに」
彼はブーメランという武器を知らないらしい。
私はイリーナに同情した。
この人は婚約者のことを全く見ていない。何も知らないのだ。
だってイリーナは、先程一言も口を開いていない。
それどころか、その場の騒ぎなどどうでもいいことのように、心ここにあらずだった。
騒いでいたのは取り巻きの令嬢たちと、フリードリヒだ。
私のさっきの言葉、「意地悪な令嬢の取り巻き」の、『意地悪』は『令嬢の取り巻き』という言葉にかかっている。
最近イリーナを観察していてわかったことだけれど、取り巻き達が彼女をいいように使っているだけで、本人は何もしていない。
そして王子との婚約も望んだものではない。婚約破棄してほしいと思っているのだろう。彼女の家からそれを言い出すことができないから、フリードリヒに嫌われるよう仕向けているとしか思えない。
でなければ聡明な彼女がこのような事態を黙って放っておいている理由がつかない。
たぶん彼女は他に好きな人がいるのだ。
私にはそれがわかった。
私も同じだから。
「今後も何かあったら、私に言ってほしい。私がなんとかするから」
「お気遣いありがとうございます」
私はテンプレを繰り返しただけだったが、彼は満足そうに笑みを浮かべると、やっと去っていった。
傍から見れば、私の人生はさも順風満帆に見えるだろう。
その気もないのに王子は寄ってくるし、意地悪をされていれば誰かが助けにやって来てくれる。時には証拠までそろえて撃退してくれる。
なにかと波乱は多いのに、何故かうまくいってしまう。
なのに。
たった一つ、心から欲しいものだけが手に入らない。
だからこそ、イリーナが気になった。
だってイリーナは、流れに身を任せているようでありながら、自分の意思でそれをコントロールしているように見えたから。
イリーナが真に望んでいるものは何か。どうやったらあんな泰然としていられるほどに己の人生を手中にできるのか。
私はそれが知りたかった。
だから私は、今日の授業が終わるのを待って、イリーナの後をつけた。
けれど私はすっかり忘れていた。
イリーナも令嬢なので、帰りは馬車だった。
ガラガラと走り去る馬車を眺め、私は呆然とした。
馬車を走って追いかけるわけにもいかない。
馬車を馬車で追いかけたら確実に「なにかご用ですか」と馬車が止められる。その時何て答えればいいのかわからない。
仕方なく今日は諦めて邸に帰ると、久しぶりのお客様がいた。
三つ年上の幼馴染、アレクだった。
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