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最終話
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ロードも貴族だ。
社交の場に行かねばならない時もあったから、そこがどういう場かは知っている。
だから自分とプリメラの婚約お披露目のパーティがこんなことになるとは思ってもいなかった。
ロードが掲げた腕には細い腕でぶら下がるプリメラ。
そして満面の笑みで広いホールに哄笑を響かせる。
「おーっほっほっほっほ! みなさま羨ましいでしょう? 私の婚約者はこぉんなこともできますのよ!」
羨ましがるわけがあるか。とは思ってもツッコめようはずもない。
プリメラをそっと下ろしてやるが、まだ終わらない。
ロードのジャケット越しに盛り上がった筋肉をふにふにふにふにと揉みしだきながら、輝かんばかりの笑みを周囲に振り向ける。
「ご覧なさい、この筋肉を! ロードに触れられるのは婚約者である私だけですのよ! おーっほっほっほ!!」
これはなんの罰だろうか。
ぐっ……、と耐え抜くロードの耳に、しかしぽつりとした呟きが聞こえた。
「ずるいですわ……」
「羨ましい……」
嘘だろ、である。
周囲を取り巻く令嬢たちがこぞってうらやましげな目を向けるのを、ロードは信じられない思いで眺め回した。
「今更後悔したって遅くってよ! これまで幾度でもチャンスはあったというのに、あなた方はこぉんな逸材をずっと敬遠し、遠ざけていたのよ。ほぉら、悔しいでしょう? 己の浅はかさが悔やまれるでしょう?」
「くっ……!」
くっ……! ではない。
どこの令嬢も一様にそんな悔しがる目を向けるな。
「どんなに歯噛みをしようとも、ロードは今や私だけのもの。指一本たりとも触れさせませんわ! おーっほっほっほっほ!」
「プリメラ。その辺にしておけ。誰が王女かわからなくなるぞ」
もはや悪役にしか見えない。
「まあいいわ。これで言い伝えなんてあいまいなものに踊らされて真実を見ようとしないと損をするってことがよくわかったはずだもの。たっぷり後悔して、今後は自分の目で見て確かめるようになるがいいわ」
言い方は悪役のままだが、やはりその中身は王女だ。
「プリメラは徹頭徹尾格好いいな。俺など太刀打ちできん」
「あら。呪いなんてあるのかないのかわからないものに振り回されて、たくさんのことを諦めて生きながらも他人への優しさや気遣いを失わず、どう生きたらいいかわからなくなっていた私にまだやれると希望をくれたロードのほうがよほど格好いいわ」
そう言って嫣然と微笑むと、プリメラは細い腕をそっと差し出した。
「さあ。仕上げに観衆の前で踊って見せつけてから去るとしましょう」
「では観衆が飽きるまでお付き合いいただこうか、プリメラ王女殿下」
大事だから触れたかった。
大事だから触れられなかった。
けれどもうロードがその手を伸ばすのをためらうことはない。
ロードのごつごつと節くれだった手に小さな手がのせられる。
それをくいっと引っ張ると、プリメラの軽い体がふわりとロードの広い胸に収まる。
そのまま腰を抱き、曲に合わせて踊りだせば、周囲の目が一斉にこちらを向いたのがわかる。
もう、元呪いの騎士が元生贄の王女に振り回されているだなどと言うものはいなくなるだろう。
ロードがプリメラに向ける瞳は心から慈しみ、温かみに溢れたもので、目を合わせた二人がどこまでも晴れるような笑みを浮かべ踊っていたから。
それから二百年後。
リンデリア王国には、とある昔話が言い伝えられていた。
それは呪いの騎士と、生贄の王女のお話。
社交の場に行かねばならない時もあったから、そこがどういう場かは知っている。
だから自分とプリメラの婚約お披露目のパーティがこんなことになるとは思ってもいなかった。
ロードが掲げた腕には細い腕でぶら下がるプリメラ。
そして満面の笑みで広いホールに哄笑を響かせる。
「おーっほっほっほっほ! みなさま羨ましいでしょう? 私の婚約者はこぉんなこともできますのよ!」
羨ましがるわけがあるか。とは思ってもツッコめようはずもない。
プリメラをそっと下ろしてやるが、まだ終わらない。
ロードのジャケット越しに盛り上がった筋肉をふにふにふにふにと揉みしだきながら、輝かんばかりの笑みを周囲に振り向ける。
「ご覧なさい、この筋肉を! ロードに触れられるのは婚約者である私だけですのよ! おーっほっほっほ!!」
これはなんの罰だろうか。
ぐっ……、と耐え抜くロードの耳に、しかしぽつりとした呟きが聞こえた。
「ずるいですわ……」
「羨ましい……」
嘘だろ、である。
周囲を取り巻く令嬢たちがこぞってうらやましげな目を向けるのを、ロードは信じられない思いで眺め回した。
「今更後悔したって遅くってよ! これまで幾度でもチャンスはあったというのに、あなた方はこぉんな逸材をずっと敬遠し、遠ざけていたのよ。ほぉら、悔しいでしょう? 己の浅はかさが悔やまれるでしょう?」
「くっ……!」
くっ……! ではない。
どこの令嬢も一様にそんな悔しがる目を向けるな。
「どんなに歯噛みをしようとも、ロードは今や私だけのもの。指一本たりとも触れさせませんわ! おーっほっほっほっほ!」
「プリメラ。その辺にしておけ。誰が王女かわからなくなるぞ」
もはや悪役にしか見えない。
「まあいいわ。これで言い伝えなんてあいまいなものに踊らされて真実を見ようとしないと損をするってことがよくわかったはずだもの。たっぷり後悔して、今後は自分の目で見て確かめるようになるがいいわ」
言い方は悪役のままだが、やはりその中身は王女だ。
「プリメラは徹頭徹尾格好いいな。俺など太刀打ちできん」
「あら。呪いなんてあるのかないのかわからないものに振り回されて、たくさんのことを諦めて生きながらも他人への優しさや気遣いを失わず、どう生きたらいいかわからなくなっていた私にまだやれると希望をくれたロードのほうがよほど格好いいわ」
そう言って嫣然と微笑むと、プリメラは細い腕をそっと差し出した。
「さあ。仕上げに観衆の前で踊って見せつけてから去るとしましょう」
「では観衆が飽きるまでお付き合いいただこうか、プリメラ王女殿下」
大事だから触れたかった。
大事だから触れられなかった。
けれどもうロードがその手を伸ばすのをためらうことはない。
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それをくいっと引っ張ると、プリメラの軽い体がふわりとロードの広い胸に収まる。
そのまま腰を抱き、曲に合わせて踊りだせば、周囲の目が一斉にこちらを向いたのがわかる。
もう、元呪いの騎士が元生贄の王女に振り回されているだなどと言うものはいなくなるだろう。
ロードがプリメラに向ける瞳は心から慈しみ、温かみに溢れたもので、目を合わせた二人がどこまでも晴れるような笑みを浮かべ踊っていたから。
それから二百年後。
リンデリア王国には、とある昔話が言い伝えられていた。
それは呪いの騎士と、生贄の王女のお話。
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