呪いの騎士と生贄の王女

佐崎咲

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第十話 呪いの言い伝えの由縁

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「プリメラを頼むわね」

 そう託され、ブリジットと別れた。
 ぴちょんと水音が響く暗い中を、プリメラと並んで歩く。

「ねえ。呪いなんてないって証明できたら、何がしたい?」
「欲しいものならある」
「魔王を討伐したら、その功績に一国の王は何でも与えざるを得ないわよ」
「求めてもいいんだな?」
「私が何のためにロードと共に魔王討伐に来たと思ってるの?」
「……お兄様のためだろ」

 もう騙されない。
 隣を見ないことに別に意味はない。別に見られないわけでもない。

「いいえ」

 きっぱりとした答えに、思わず隣を見下ろす。

「私のためよ」

 やっぱりこれだ。
 会心の答えとばかりに言い切ったプリメラに返す言葉はなく、前に向き直る。

「私が守りたいもののため。私が欲しいもののため。私はいつだって私のために動くし、私のために選ぶわ」

 だから、ロードにも自分のしたいようにするべきだと言いたいのか。

「楽しみにしているわ。魔王を倒した後に続く明日を」 
「おい。それ、死ぬ前に言うやつだぞ」
「違うわ。質問への回答よ。それに私は死なないわ。ロードがいるもの」

 それも死ぬ前によく聞くセリフだ、とはそんなことを聞いては言えるはずもない。

 これまでロードはいつ死んでもかまわないと思ってきた。
 夢があるわけでもない。やりたいことがあるわけでもない。生きていて何が楽しいわけでもなかったから。
 だがもう死ねない。
 そしてそれ以上に、プリメラを死なせるわけにはいかない。
 だったらやるしかないのだ。

 不意に、遠くから人の声が聞こえた気がしてロードは足を止めた。

「どうしたの?」
「誰かがいる」
「魔物……? それとも、まさか魔王は既に」
「いや、この声は――」

 一人じゃない。複数だ。
 怒号と、悲鳴。
 魔物に襲われている人がいるのかもしれない。

 プリメラも聞こえたらしい。
 二人は目を見合わせると、声のするほうへ走り出した。
 しかししばらくして速度を緩めた。
 その声がはっきり聞き取れるようになったからである。

「キャーーー! なんでこんなに魔物がいっぱいいるのよおお」
「あなたがうるさいからです! 声に反応してどんどん寄ってきているんですよ!」
「こんなの平然としてられるわけがないでしょう?! 魔物はビジュアルが醜すぎるし、斬るとぶしゃって血が噴き出るし」
「生きているのですから血くらい出ます!!」
「でも漫画じゃ出てなかったもん! だからあんなの平気って思ったのに……。読んだのが少女向けのやつだったからかなあ。少年漫画だったらグロく描いてあったのかも。もっと読んで勉強しておけばよかったぁ」
「漫画?! なんですかそれ! とにかくうるさいです! 黙って!」
「黙ってたら発狂しちゃうわよ!」
「じゃあ何でついて来たんですか?! みんなあんなに止めたのに!」
「だってプリメラがヒロインみたいに立ち回るからあ! あんなのカッコイイじゃない! ズルイじゃない! 普通、異世界から来たら主人公でしょ?! 私がいないところですべてが回ってるなんて、そんなのおかしいもん」
「マジで何いってんすか!? 異世界人やべえ……倫理観ぶち壊れてて理解できねえ」
「大抵ヒロインは危機に遭ったらパアァァッと光が差して尋常じゃない力で周りを助けるものなの! 私は聖女なんだから、魔王を倒せるチートな力を持っているか、バタバタと倒れたみんなを癒すチートな力を持ってるか、とにかくチートなはずなんだから。魔王討伐なんて大イベントの時に城で待ってたら出番がないまま終わっちゃうじゃない」
「あんた、別に特別な力はないって神官長に言われてたじゃないっすか!?」
「最初は無能とか言われて追放されて、だけど本当はすごい力があるって後でわかるもんなのよ! いや追放はされてないけどただの平和の象徴として微笑んでいてくれるだけでいいとか、そんな誰にでもできるのなんかハトにまかせときなさいよ!」
「だめだ、そこのおまえもいい加減聖女様の相手をするのはやめろ! 言葉は通じんぞ!」

 二人揃って足を止めた。
 助ける必要はないだろう。
 あちらは大軍勢で来ているのだし、なんやかんや、やられているような様子はない。
 セイラがあそこで足止めを食らっているうちに魔王を討伐してしまったほうがいいだろう。
 あの混乱を魔王討伐のいざという場面に持ち込まれては倒せるものも倒せない。

「あーーー!! そういえば最近の漫画は進化しすぎて異世界から来たヒロインが調子乗ってざまあされてるのが流行ってるとかユカが言ってたわ! え?! それってもしかして今の私?! 嘘でしょ!? 私まだなんにも悪いことなんてしてないのに! すぐいろんなの出てくるんだからもお、立ち位置わかんないわよおお!」

 ロードとプリメラは目を合わせて黙って頷き合うと、くるりと踵を返し、来た道を引き返した。

「黒い髪に黒い瞳の子は呪われているっていう言い伝えはいつから、どこからきたのか、ずっと調べていたの」

 お兄様に謹慎を食らって暇だったからね、とプリメラがぽつりと言い足した。

「言い伝えに文献なんてあるのか?」
「ううん。まずは昔語りや伝承に呪いについて触れてるところがあるか、それがいつから書かれ始めたか、それからその頃にどんなことが起きたかを調べたの。きっとそういう容姿の人がこの国で何かを起こしたからそういう言い伝えになっているんじゃないかと思って」
「ああ……。なるほどな」
「それでね。以前にも黒い髪に黒い瞳の異世界人がこの国にやってきたって記述があったの。その人はセイラと同じように聖女として崇められ、王太子の婚約者となった」
「ってことは、この国の王家にはその聖女の血が受け継がれてるってことか」
「いいえ。その聖女は結局結婚する前に王家から追放されたの」
「なんでだ……? 聖女なんだろ?」

 プリメラはちらりと背後を見やるようにして、小さく息を吐いた。

「さっきのを見てわかったでしょ。異世界の人は文化も習慣も倫理観もかけ離れている。その資料の中でも、異世界から来た聖女は、この世界を何かの創作物に違いないって騒いで、人の命を軽く扱い、聖女という立場を笠に着て王家や貴族を振り回し、この国を引っ掻き回したと書かれていたわ。その結果、王太子は廃嫡されて、次代を担うはずだった若手の有能な貴族も次々立場を失って、それらを律せなかった国王も国民たちから非難されて、この国はぼろぼろになってしまったの」

 中枢がガタつけば、経済も国民の生活も乱れ、国は傾く。
 たった一人の人間によってそこまでなってしまうとは。
 ロードにはそれこそ物語の世界のように見えてしまう。

「つまりは、呪いの言い伝えのゆえんはそこにあるってことか?」
「私の推測だけどね。国民の前で一度聖女として崇めてしまった以上、表立って非難することはできない。だけど後世に同じ轍を踏むなと注意喚起をしなければならない。それで黒い髪に黒い瞳の人間には近づくなって意図で言い伝えられるようになったんじゃないかなって」
「ぼろぼろに、っていうのは物理じゃなくて比喩だったってことか。まあ、だが、なるほどな。その説は確かにありそうだな」
「お父様とお兄様には話してみるつもり。セイラが暴れてくれたからね」

 目撃者は多数いる。
 もしかしたらあの場にエドワードもいたかもしれない。

「これでまたロードに呪いなんてないって根拠が一つ増えたわね」

 にっと笑ったプリメラに、ロードもつられて笑った。
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