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第5章 フリージア=リークハルトの道先
第3話
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「これまで姿を隠してきたのは、人々に徒に恐怖を与えず、静かな暮らしを送るためだ。それが両者の平穏のためだと信じ、ただの人として生きてきた」
グレイは騎士団や町の人々を見回すようにして、落ち着いた声音でそう話した。
どよめきは続いていたが、恐慌をきたすようなことはなく、成り行きを見守っている。
続けようとしたグレイを待たず、カーティスは人々を己に引き付けるように声を張り上げた。
「詭弁だ。どんなに善良なふりをしたところで、魔物は魔物。その本性が争うものであるからこそ、三百年前にこの国を危機に陥れたのだ。それは歴史が証明している、紛れもない事実だ」
「それを言うならば、三百年前に争いをやめたのもまた事実だ。人間が国同士の戦や諍いを起こしている間も、我々は誰にも危害を加えず、脅かさず、人と変わらない暮らしをしてきた」
確かに、というように人々のどよめきが落ち着いていく。
そこに騎士団長も大きく頷いた。
「仰る通り、事実として魔物による被害が疑われる事例はこれまでにありませんでした。その点を見れば、うまく共存できていたと言ってよいでしょう」
ほっとしたような空気の中に、ギリリとカーティスが奥歯を噛みしめる音が響く。
「だがあれは竜なのだ。あまりに強大な力を有し、それをいつでも振るえる。隠れ棲む現状に耐えかね、国家転覆をはかるかもしれない。腹に据えかねることがあれば、村の一つや二つ、滅ぼしてしまうかもしれない。これまで問題がなかったからといって、これからもそうだという保証などどこにもない!」
竜、という言葉に人々のざわめきが一気に大きくなった。
ひぃ、という小さな悲鳴までが混じる。
「竜?! そんな、そんなものまで混じっていやがったのか」
「それはさすがにねえだろ! 魔物っていったって、どうせそこらの動物に毛が生えたようなもんだと高をくくってたのに」
怒りを向けるものに混じって、戸惑う声もあった。
「で、でも、裏を返せば、やる気ならいつでもできたのにしなかったってことだろ?」
「オレたちだって、包丁を持ってるからってそれを人に向けたりはしない。それと同じじゃないのか? 半分は人間なんだから」
だがその声も、荒げた声に掻き消された。
「何言ってんだよ、竜だぞ!? 誰でも持てる包丁なんかと比べものになるかよ!」
「こっちは対等に戦う術も、身を守る術だってないんだからな」
にわかに恐怖の色が強くなった町人たちに、グレイたちの声はもはや届かない。
カーティスはなおも煽るように声を張り上げた。
「強すぎる力はここで絶つべきだ。仮に今ここにいる彼らが善良だとして、そこから産み落とされた子までもがそうだとは限らない。生まれついて凶暴な人間というものはいる。その時にはもう手がつけられなくなっているかもしれない。そうなったら、この国はおしまいだぞ! 今、ここで根絶やしにすべきなんだ!」
その過激な論調には戸惑う顔がいくつもあった。
だがしかし、感化されているものもまた少なくはなかった。
「そうだ! このままじゃオレたちは安心して暮らせねえ!」
「竜なんかがこんな近くに住んでるなんて、おちおち寝れもしない!」
そんな声ばかりが高まり、迷いや否定は声高に叫ばれることがないせいで、大多数が肯定しているかのような錯覚を引き起こす。
やがて、迷いは肯定に傾き、否定はどんどん声をなくし、迷い始める。
カーティスはそんな風にうつろいゆく様を満足そうに眺め、騎士団長に向き直った。
「さあ、民衆の意見は固まったようだ。騎士団はいかがする」
「多数決や国民の声によってその是非を決めるのが我々の仕事ではない。それは職務怠慢だ」
「危険だとわかっていて放置することこそ怠慢では? このあたりに騎士団の駐屯地はない。いざというときにどうやって近隣の人々を守る?」
騎士団長はじっと考えこむように町の人々を見回した。
「ここで騎士団が何の沙汰もなしとすれば、国民の信頼を損ねることになる。悪の種を放置することは裏切りに他ならない」
騎士団長は答えなかった。
それらを見守っていたグレイが、「わかりました」と声を上げた。
「民の平穏を脅かすつもりはない。だから我々はこの国を出て、どこか住みよい国を見つけてそこで暮らそう。ほとんどの国が魔物と共存しているのだから、受け入れてくれるところもあるはずだ」
その言葉に、人々はしんと静まり返った。
グレイは笑みを浮かべ、はっきりと告げた。
「この国を去りがたい気持ちはある。だが、国を愛するがゆえに火種となることは望まない。我々最後の混血がいなくなることで人々が自由に安心して暮らせるのならば、それが最良だ」
そうしてグレイとフリージアに続くように、邸の使用人たちはそれぞれ手に荷物を携え、広い中庭の方へと移動した。
きっと、最初から決めていたのだ。
受け入れられなければ潔くこの国を去ることを。
ただじっと成り行きを見守っていたリディは、ぽつりと呟いた。
「カーティス。あんたは本当にばかね」
しんと静まり返った中とあって、その声はカーティスの耳にも届いたらしい。
いぶかしげに振り返ったカーティスに、リディは緩く苦笑した。
「違う形だってあったのに、子供みたいに駄々をこねて固執して。結果としてあんたは二度と心から欲しいものを手にすることはなくなった」
カーティスの眉が凶暴に歪められる。
だがリディは怯むことなく、まっすぐにその目を見据えて言った。
「二度と会うことはない。だから、もう二度と分かり合えることもない。あんたは自分で自分だけの中の凝り固まった想いに振り回されたまま、一生告げることのできない思いを抱えて生きていくしかなくなったのよ。それも全部自業自得で、そんなことにも気付いていないなんて、バカの極みだわ」
グレイは騎士団や町の人々を見回すようにして、落ち着いた声音でそう話した。
どよめきは続いていたが、恐慌をきたすようなことはなく、成り行きを見守っている。
続けようとしたグレイを待たず、カーティスは人々を己に引き付けるように声を張り上げた。
「詭弁だ。どんなに善良なふりをしたところで、魔物は魔物。その本性が争うものであるからこそ、三百年前にこの国を危機に陥れたのだ。それは歴史が証明している、紛れもない事実だ」
「それを言うならば、三百年前に争いをやめたのもまた事実だ。人間が国同士の戦や諍いを起こしている間も、我々は誰にも危害を加えず、脅かさず、人と変わらない暮らしをしてきた」
確かに、というように人々のどよめきが落ち着いていく。
そこに騎士団長も大きく頷いた。
「仰る通り、事実として魔物による被害が疑われる事例はこれまでにありませんでした。その点を見れば、うまく共存できていたと言ってよいでしょう」
ほっとしたような空気の中に、ギリリとカーティスが奥歯を噛みしめる音が響く。
「だがあれは竜なのだ。あまりに強大な力を有し、それをいつでも振るえる。隠れ棲む現状に耐えかね、国家転覆をはかるかもしれない。腹に据えかねることがあれば、村の一つや二つ、滅ぼしてしまうかもしれない。これまで問題がなかったからといって、これからもそうだという保証などどこにもない!」
竜、という言葉に人々のざわめきが一気に大きくなった。
ひぃ、という小さな悲鳴までが混じる。
「竜?! そんな、そんなものまで混じっていやがったのか」
「それはさすがにねえだろ! 魔物っていったって、どうせそこらの動物に毛が生えたようなもんだと高をくくってたのに」
怒りを向けるものに混じって、戸惑う声もあった。
「で、でも、裏を返せば、やる気ならいつでもできたのにしなかったってことだろ?」
「オレたちだって、包丁を持ってるからってそれを人に向けたりはしない。それと同じじゃないのか? 半分は人間なんだから」
だがその声も、荒げた声に掻き消された。
「何言ってんだよ、竜だぞ!? 誰でも持てる包丁なんかと比べものになるかよ!」
「こっちは対等に戦う術も、身を守る術だってないんだからな」
にわかに恐怖の色が強くなった町人たちに、グレイたちの声はもはや届かない。
カーティスはなおも煽るように声を張り上げた。
「強すぎる力はここで絶つべきだ。仮に今ここにいる彼らが善良だとして、そこから産み落とされた子までもがそうだとは限らない。生まれついて凶暴な人間というものはいる。その時にはもう手がつけられなくなっているかもしれない。そうなったら、この国はおしまいだぞ! 今、ここで根絶やしにすべきなんだ!」
その過激な論調には戸惑う顔がいくつもあった。
だがしかし、感化されているものもまた少なくはなかった。
「そうだ! このままじゃオレたちは安心して暮らせねえ!」
「竜なんかがこんな近くに住んでるなんて、おちおち寝れもしない!」
そんな声ばかりが高まり、迷いや否定は声高に叫ばれることがないせいで、大多数が肯定しているかのような錯覚を引き起こす。
やがて、迷いは肯定に傾き、否定はどんどん声をなくし、迷い始める。
カーティスはそんな風にうつろいゆく様を満足そうに眺め、騎士団長に向き直った。
「さあ、民衆の意見は固まったようだ。騎士団はいかがする」
「多数決や国民の声によってその是非を決めるのが我々の仕事ではない。それは職務怠慢だ」
「危険だとわかっていて放置することこそ怠慢では? このあたりに騎士団の駐屯地はない。いざというときにどうやって近隣の人々を守る?」
騎士団長はじっと考えこむように町の人々を見回した。
「ここで騎士団が何の沙汰もなしとすれば、国民の信頼を損ねることになる。悪の種を放置することは裏切りに他ならない」
騎士団長は答えなかった。
それらを見守っていたグレイが、「わかりました」と声を上げた。
「民の平穏を脅かすつもりはない。だから我々はこの国を出て、どこか住みよい国を見つけてそこで暮らそう。ほとんどの国が魔物と共存しているのだから、受け入れてくれるところもあるはずだ」
その言葉に、人々はしんと静まり返った。
グレイは笑みを浮かべ、はっきりと告げた。
「この国を去りがたい気持ちはある。だが、国を愛するがゆえに火種となることは望まない。我々最後の混血がいなくなることで人々が自由に安心して暮らせるのならば、それが最良だ」
そうしてグレイとフリージアに続くように、邸の使用人たちはそれぞれ手に荷物を携え、広い中庭の方へと移動した。
きっと、最初から決めていたのだ。
受け入れられなければ潔くこの国を去ることを。
ただじっと成り行きを見守っていたリディは、ぽつりと呟いた。
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いぶかしげに振り返ったカーティスに、リディは緩く苦笑した。
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