伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした

佐崎咲

文字の大きさ
41 / 53
第4章 来客

第9話

しおりを挟む
 おいおいと泣き続けるジェームズにリッカが即席の葉っぱ下ばきをこしらえているのを遠目に眺めながら、その場に集まった面々はやれやれと肩を下ろした。

「みんな、こんな真っ暗な森の中を助けに来てくれてありがとう」

「それぞれに探しに出ていたんですがね。途中でフリージア様の心の声が聞こえて、我先にと駆けだしたのですが。私が一番遅かったですね」

 フリージアが目覚めた後、ジェームズに迫られて思わず強く助けを求めてしまっていたのかもしれない。
 油断からみんなを騒がせてしまったことを申し訳なく思いながらも、感謝が込み上げた。

「ブライアンはジュナやユウのような翼もないのに、その逞しい足で探し回ってくれたのよね。こんな遠くまで駆け付けてくれてありがとう」

 同じライカンスロープでも手足と耳だけが変わるリッカとは姿の変わり方が違うようで、ブライアンは盛り上がった筋肉とふさふさの毛皮で白衣がはちきれそうになっていた。
 今はその白衣を、人の姿に戻ったグレイが羽織っている。

「私はコウモリの姿にはなれないはずだったんですが、声が聞こえたら怒りでブチッと切れて。気付いたら超高速で飛んでました。コウモリってすごく早いですね」

 と言ったのは近くの木にぶらさがっているユウだが、グレイが通訳してくれた。
 ユウの分の服はさすがになく、人の姿には戻れないままなのだ。

「真っ先に駆け付けてくれたわね。とても嬉しかった。とてもほっとしたわ。ありがとう」

 ブライアンの白衣を着終えたグレイはフリージアの元にやってくると、その無事を改めて確認するようにじっと見つめ、それから優しく抱きしめた。
 グレイが安堵したようにほうっと息を吐く。

「とても生きた心地がしなかった。無我夢中だった。気づいたら竜の姿で邸に向かって飛んでいて、邸で待っていたリッカから話を聞いたときは、全身の血が凍えているのに煮えたぎるようで……」

 もうこんな思いはしたくない。
 グレイが、胸の底から吐き出すようにそう呟いた。
 グレイの背に、フリージアもそっと手を伸ばす。

「ごめんなさい……私がしっかりしていなかったから」

「フリージアは悪くない。さらう方が悪いに決まってるだろう」

「でも、ジェームズ様は――」

「わかってる。だけど今彼の事を庇うようなことは言わないでくれ。今だけは」

「――はい」

 そうして長い間、フリージアの存在を確かめるようにただ黙って抱き締めた。
 それから、ふっと笑う吐息が聞こえた。

「竜でよかったと思ったのは初めてだ」

 やっとグレイがフリージアを離した時には、すっかり生暖かい視線に囲まれていた。
 はっとしたフリージアは、慌ててわたわたと人々を見回した。
 リッカは頬に手を当てうっとりと見守り、ジェームズは「ずるい」とえぐえぐ泣き、ブライアンはふむふむと遠慮なく見物していた。
 フリージアはブライアンの肩に留まっているジュナに気が付くと、慌てながら「ジュナも、私を庇ってくれてありがとう」と声をかけた。
 ジュナは戦うのに向いている体でもないのに、ジェームズとの間に入ってくれたのだ。

 ジュナは応えるように黒い翼をばさりと広げ、すぐにまた戻した。
 が、すぐに慌てたようにバサバサと翼をばたつかせ始めた。

「なんだ、ジュナ。翼が口に入るからやめてくれないか」

 ブライアンが慌てて腕を伸ばして手の甲にジュナを移動させれば、何かを言いたげに翼で森の奥をつんつんと示した。

「ん? 森の奥に何かあるのか?」

 グレイも訝しげにたずねれば、ジュナがこくりこくりと何度も頷く。
 眉を寄せ考えていたブライアンが、「ああ!」と思い出したように声を上げた。

「忘れてた、兎の三姉妹がまだ来ていない。ワッシュもだ」

   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・

 その後、フリージアが心で強く『もう大丈夫。これから邸に戻るわ』と念じたものの、帰る道中でサシャ、ユーシャ、ミーシャ、ワッシュにも会った。

「フリージア様の無事を一刻も早く確かめたかったので」

 そう言って無事を喜んでくれた。
 ワッシュも息を切らし、ぐったりしながら「俺、ほとんどただの人間なんだけどなあ。ここまで来たのすごくねえ?」とぶつぶつ言っていた。

 邸に連絡係として必要な人だけを残して、みんながフリージアを探しに出てくれたのだ。
 感謝するのと同時に、フリージアはそれを嬉しく思ってしまった。
 邸の中よりもよほど遠い距離だったのに、心の声が届いたことも。
 グレイと同じようにフリージアもまた、自分にそんな力があってよかったと心の底から思ったのだった。



 翌朝。
 一度宿へと荷物を取りに帰っていたジェームズが、改めて客人としてリークハルト侯爵家にやってきた。

 グレイもフリージアも邸の使用人たちも、彼を客人として迎え入れた。
 客間に荷物を運び入れ、グレイと二人だけになると、ジェームズはくるりと振り向いた。

 そして唐突に告げた。

「信じようが信じまいがお前の勝手だがな。言っておくぞ」

「なんです?」

 いぶかしげに眉を寄せたグレイを、ジェームズはまっすぐに見た。

「私は城へなどお前を呼んでいない。足止めもしていない。考えてもみろ、人間社会ともこの国ともそれほど関わって来なかった私に、そんな工作ができると思うか?」

 言われてみれば確かにそうだとは思いながらも、グレイは疑いを隠せない。

「あれが偶然だとでも言うのですか?」

「いや。『私ではない』と言っているのだ」

 その言葉に、グレイが眉を寄せる。

「それは……」

「外に様子をうかがっている者がいることも話したな。だがあれは外に向けた見張りの目ではなかったぞ。内に向けられた監視だ」

「なん……だと? だとしたら――!」

「思い当たる節があるのだな? だったら備えておくがよい。今はその気配はもうなくなっているからな。一定の役目を終えたということだ」

 つまり。
 仕掛けてくる。

 カーティスが。

 長い沈黙の間に、もうあきらめたのだと思っていた。
 だがそうではなかったのだ。
 機をうかがっていたのだ。

 グレイははっとした。

 あの日、この邸から黒龍に姿を変えたジェームズを見られている。
 フリージアの異変を嗅ぎ取り、赤い竜が城からこの邸へと飛んで来たのも見られていたかもしれない。
 そしてそれは獣人に姿を変えた使用人を乗せて飛び去ったのだ。

 それをどう報告するか。
 カーティスがどう受け止めるか。

 ぼんやりしてはいられなかった。
 グレイは「恩に着ます」と一言残し、つかつかと歩き出した。

「何かが起きるとすれば私のせいでもある。だからこの邸に残ったというのもあるのだ。いや、受け入れられないのならばこっそり見守って危機的状況に駆け付けて一気に信頼を得ようといううまい展開を考えていなかったわけではないのだが」

「もうそんなのはいいじゃないですか。あなたはこの邸にとって友人ですよ。歓迎……というよりは、みんな面白がっている気はしますがね」

 少しだけ笑ってそう返せば、ジェームズは戸惑うように口ごもった。
 それから立ち去るグレイの背中にただ一言告げた。

「私も力を貸そう。できることがあれば言ってくれ」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...