薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲

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第三章

第2話

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 スフィーナがはっと目を覚ますと、辺りは薄暗かった。
 陽が落ちたのではなく、窓が閉ざされているのだ。

 慌てて見回せば、雑多なものが詰まれている物置小屋のようなところに閉じ込められているのだとわかった。

 ふと薄れる意識の中で、『申し訳ありません、申し訳ありません』と何度も謝る馭者ルガートの声を聞いた気がした。
 裏切ったというより、やむに已まれずそうしたのだろう。
 また義母が卑劣な手を使ったのに違いない。

 やはり馬車に人が飛び出したのも、罠だったのだろう。
 サナが亡くなった時と同じような状況を作り出し、スフィーナを動揺させ、その隙に連れ去った。

 やはりサナが馬車にひかれるように仕向けたのは、義母だったのだ。
 スフィーナはそう確信した。

 腹の底から怒りが沸いた。
 許せなかった。

 サナを殺されたことが。
 サナの死を、そうして利用されたことが。

 こんなひどいことを思いつく義母には、人の心などないのかもしれない。

 罠かもしれないと思いながら、まんまとやられてしまったことが悔しい。

 だが怒りに目をくらませてはいけない。
 やられっぱなしでいるわけにはいかないのだから。 

 スフィーナはご丁寧に後ろ手に、しかも親指同士を結ばれていた。
 かどわかされた時に備えてグレイグからあらゆる縄抜けの方法を聞いていたが、これが最も厄介だった。

 これを縛ったのは義母なのか、馭者のルガートなのか、それとも他に仲間がいるのか。

 気配を探ったが、辺りはしんと静まり返っていて物音もしない。
 近くには誰もいないのかもしれない。
 だとしたら見張りの人数は多くはないはず。

 そもそも、義母と共にモルント鉱山を狙っていた貴族たちには今国の手が入っており、動けないはず。
 彼らに使われている者たちも、主がそんな状態なのに貴族の令嬢をかどわかす手伝いなどリスクのある真似をするとは思えない。
 むしろ、累が及ぶのを恐れて姿をくらませるはず。

 今は義母が主体で動いているのだろう。使える手足も多くないはずで、だからルガートを脅して利用しているのだとしたら抜け出す契機はあるかもしれない。

 スフィーナはすぐさま行動を開始した。

 体を起こそうとしたが足も縛られているので起き上がれない。
 よじよじと体を動かして、なんとか壁の傍まで行くと、後ろに縛られたまま人差し指の爪を壁にぐっと押し付けた。
 きれいに爪が折れたことを指で触れて確認する。
 そうして鋭角になった爪で、スフィーナはひたすら親指を結ぶ紐をカリカリとひっかいた。
 太い縄ではなかったことが幸いだ。
 親指だけを結ぶのには、太い縄では外れやすいからだろう。
 細い紐ならばそれほど時間はかからずに切れそうだった。

 スフィーナの爪はあらかじめ鋭角に切ってあり、切り落とした爪を張り付けて元に戻しておいたのだ。
 それからそれとわからぬよう上から色を塗り、サナに教わったウルカを塗った。
 ツヤを出すためのウルカは爪の補強にもなる。

 爪は女の武器。

 サナの言葉を思い出し、縄の細かな繊維を少しずつ断ち切っていった。
 その間にも、スフィーナは周りの様子を窺った。

 窓はあるが木板で塞がれていて外の様子はわからない。
 耳をすましても、近くに誰かがいる気配もない。

 スフィーナが背にしている壁からはうっすらと光が漏れていたが、反対側はそれがない。
 ということは、隣にも部屋があるのだろう。
 他にも部屋があるとすれば、近くに人の気配を感じなくとも、この建物の中のどこかに誰かはいるかもしれない。
 建物の全容が見えないと、部屋を出るのが正解なのか、大人しくしているべきなのか判断が難しい。一度失敗すればもっと強固に閉じ込められる可能性があるからだ。
 だがまだスフィーナが意識を失っていると思っている間の方が勝機がある。

 スフィーナは必死に指を動かした。
 後ろ手に回された状態での慣れない動きに指と手首がつりそうだった。爪が剥がれそうで痛い。

 スフィーナが倒れた後、グレイグは、スザンナはどうしただろうか。
 スフィーナがこうして連れて来られてしまったということは、グレイグもやられてしまったのか、それともルガートがスフィーナを人質に取り足止めしただけなのか。
 きっと後者だ。だとしたら今頃探してくれているはず。

 ミリーは、使用人たちはどうなっただろうか。
 スフィーナが現れないことで、ミリーが逆上していなければいいのだが。

 ダスティンに知らせは届いただろうか。
 ダスティンは三人の貴族たちを捕らえられただろうか。
 そして知らせを聞いてアンリーク邸に駆け付けてくれているだろうか。

 あれこれ状況が動いている中で、ここでこうして指しか動かせない状況がもどかしかった。
 今すぐこの小屋から駆け出したかった。

 右の人差し指の先がぬるっとした。
 爪が少し剥がれたのかもしれない。
 それでも指を動かし続け、左右の手を引っ張り、少しずつ糸を断ち切っていった。
 そうしてぷつりと最後の糸が切れ、ようやっとスフィーナの手は自由になった。
 だが後ろ手に縛られていた上に無理に指を動かしていたせいで、しばらくの間うまく腕が動かなかった。

 歯を食いしばり、なんとか腕を動かし足の縄を解く。
 動くと殴られた頭がズキリと痛んだ。堪え、そっと立ち上がるとまず木板で覆われている窓を確認した。
 ガラスを破ったとしても、スフィーナが体を通すにはその窓枠は小さかった。
 だとすると、扉から出るしかない。

 その前にこの小屋の中に何か使える物はないかと見回した。
 物音を立てて見つからないように、そっと見える範囲に目を凝らしたが、古ぼけた人形や道具が積み重なっているだけで、これと言ってめぼしいものは見当たらなかった。

 ふと、ここはどこだろうかと考えた。
 三人の貴族の家には国の手が入っているはず。
 その敷地内の物置小屋にスフィーナを閉じ込めることなどしないだろう。
 意識を失ってからそれほど時間が経っているとも思えなかったから、遠くの領地にまで運ばれたとも思えない。
 だとしたら。

 スフィーナは打ち捨てられていた古ぼけた人形を手に取った。
 素人の手作りらしく、縫い後は不格好だ。
 髪が赤い布でできているのが珍しかった。
 にっこりと微笑むような顔が糸で描かれている。

 それだけを懐にしまい、スフィーナはそっとドアまで近づいた。
 耳を澄ませて何も聞こえないことを確認すると、音を立てないよう静かにドアを開けた。
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