薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲

文字の大きさ
上 下
16 / 26
第二章

第7話

しおりを挟む
 サルラージ侯爵が開いたパーティに、スフィーナはグレイグにエスコートされ出席した。
 爽やかな黄色のドレスはダスティンが贈ってくれたもの。
 さりげなく裾にあしらわれたフリルは華やかだが、布の量は絞り込まれて軽く、ペチコートでふんわりと広げて見せているだけだから、足にまとわりつかず動きやすい。走ることだってできそうだ。
 肩には大きな花の飾りが目立っていた。
 スフィーナがその存在を誇示するような、そんなドレスを着たのは初めてだった。

 会場には既にダスティンと義母の姿があった。
 いつもなら会場に入った後は別々にいることが多いのに、傍にいる。
 ダスティンは義母の監視。
 義母は自らのアリバイを証明するためか。

 とかく、今日義母が何か事を起こそうとしていることは間違いない。

 スフィーナは姿を確認してすぐに視線を外したが、義母の視線が鋭く向けられたことには気が付いていた。
 口元を扇で覆ってはいても、憎々しげな目は隠しようがない。

 きっとスフィーナが次期当主になるという噂を聞き、煮えくり返るほどに怒り狂っていることだろう。

 簡単に人の命までも奪ってしまう義母が恐ろしくはあった。
 そんな義母だからこそ、許せなかった。

 たとえこの身をおとりにしてでも、尻尾を掴んで見せる。
 スフィーナは、そうダスティンに願い出たのだ。

 スフィーナが次期当主に指名される可能性を匂わせ、義母が動き出すところを捕らえる。
 逃げているばかりでは後手後手に回るばかりで、決定的なものが掴めないから。

 懸念は、義母が自ら手を下すとは思えず、誰かがいいように使われれば実行者に指輪の効果が発動してしまうのではないかということだった。
 だが、これまでも跳ね返る相手は実行者ではなく指示者だった。
 食事を抜きにしたのも、部屋に閉じ込めるため案内したのも、実行者は使用人たちだ。
 だがそれを指示した義母が倍返しを浴びた。

 万全を期すため、他にも指輪の効果の発動条件について、ラグート邸にいる間にグレイグと様々に実験した。
 スフィーナは次の三つのいずれかが条件だろうと推測した。

 行使者に悪意があること。
 スフィーナが怒りを持つこと。
 スフィーナの意図と反し、心身に衝撃を受けること。

 グレイグはスフィーナに痛い思いをさせるのは嫌がったが、頼み込んで額を指でピンとはじいてもらった。
 痛かった。
 痛がっていると面白くなったのか、あれやこれやされて最終的にはスフィーナは腹を立てたが、やり返そうという気は起こらなかった。

 結果、数日経ってもグレイグがスフィーナと同じような目に遭うことも、それ以上のこともなかった。
 不意打ちで食らっても、グレイグには何も起きなかった。
 グレイグがスフィーナに悪意を持って痛みを与えることは困難だったため実験できていないが、それはこれまで義母とミリーに跳ね返っていたことから実証されていると言える。
 そのことから、スフィーナとグレイグはやはり行使者に悪意があることが発動条件なのだろうと結論づけた。

 だからこの場でスフィーナを害そうとする実行者が誰であっても、悪意を向け指示をしたその人に跳ね返るはずだ。
 ダスティンは噂が流れるのと同時に疑いのある者たちに監視を立てており、既に動きがありあたりがつけられたと聞いていた。
 だから今日スフィーナが実際にやられる必要はない。

 この場から連れ去られるか、刃を向けられるか、毒を仕掛けられるか。
 どんな手で来るかはわからなかったが、それに対する準備もしてある。

 来るならいつでも来ればいい。
 そう腹を決めて、スフィーナはパーティ会場に立っていた。
 グレイグはスフィーナを連れて一通りあいさつ回りを済ませると、飲み物を取りに行くと言って傍を離れた。
 今日はなるべくスフィーナ一人でいなければならない。
 ただし、グレイグかダスティン、衛兵、ダスティンが仕込んでいるであろう護衛達からそれほど離れていない場所で。
 付け焼刃でしかないスフィーナが、一人で満足に大人の男に立ち向かえるわけではないから。
 だからあくまで狙わせることが目的で、命を奪われたり、重傷を負うようなことになってはならない。

 その匙加減に気を張り詰め、周囲を警戒しながらも、できるだけ顔はリラックスして見せた。
 それが一番難しかったかもしれない。

 ふと視線の端に真っ赤なドレスが動いているのが見えた。
 ミリーだ。
 エスコートしているのは、ダミアン侯爵の次男ジード。
 次の婚約者候補として義母が引き合わせたうちの一人だと聞いている。
 ミリーの婚約者の中にも義母と裏で繋がりのある人物がいるかもしれない。
 だがヘイムート公爵は義母とは無関係だった。そうしてあからさまな繋がりは表に見せないのが義母の功名さだった。

 ミリーはジードを伴い義母とダスティンの元へ向かうと、そこで談笑を始めた。
 ジードは紳士然とした顔を張り付けているが、義母のねっとりとした笑みに辟易している様子が遠くからでもわかった。
 ジード個人は義母にもミリーにもあまりいい感情はもっていなそうだ。

 グレイグの様子をそっと窺うと、飲み物を取りに行った先で学友と話し込んでいた。
 スフィーナの様子が見えるよう背は向けず、体を入口の方に向けている。
 話をしながらも誰か怪しい人物が会場に入ってはこないか、監視しているのだろう。

 ふと、そうして話し込んでいるふりをしていたグレイグの目が険しく細められた。
 来た、と思った。
 スフィーナもさりげなく入口付近に視線を流したが、怪しい人影がどれか、すぐにはわからなかった。
 だがまっすぐにこちらに向かってくるその足取りに気が付いた。

 どこか身をかがめるように前傾になり、ポケットに押し込まれた右手を隠すように左手が覆っている。

 ナイフだ。

 スフィーナは直感した。

 しかし一瞬、その顔を見て思考が飛んだ。

 ゲイツだった。
 肌は青黒く、頬はややこけており、高慢な笑みも浮いていない。だが確かにあれはミリーの婚約者だったゲイツだ。

 愕然とするスフィーナと目が合うと、ゲイツはにやりと昏い笑みを浮かべ、まっすぐに突進してきた。
 グレイグが駆け寄ってくるのがわかる。
 グレイグが守ってくれる。

 だが。

 スフィーナは、前に向かって歩いた。ゲイツの刃へと向かって。
 近くに人のいない、巻き込まなくて済む場所まで。

「スフィーナ!」

 グレイグの声が聞こえた。

 けれどスフィーナが前に歩いたことで、その手は一歩間に合わなかった。

「人を引きずり降ろそうと企む悪女め!! 死ねえええええ!!」 

 ポケットから手を引き抜いたゲイツが、その手を振り上げた。
 会場の橙色の光を浴びて輝くのは、刀身の短いナイフ。
 スフィーナはその体に向かって振り下ろされる刃をギリギリで避けた。
 左の腕に微かな痛みが走る。

 すぐさま躍り出たグレイグがゲイツの腕を取り、床にねじ伏せた。

「きゃあああああ!!」

 突然の騒ぎに会場が悲鳴と混乱に包まれる中、ただ一人猛然と向かってくる者があった。

「ゲイツ! 貴様、何をしておる!!」

 駆け付けたのはヘイムート公爵だった。

「恥さらしめが! こんなところで刃を振り回すなど……貴族としての誇りだけでなく、正気までも失ったか!!」

 ヘイムート公爵はゲイツを抑え付けていたグレイグを猛然と押しのけると、ゲイツの胸倉をつかんだ。
 しかし必死な顔のゲイツはその手を振りほどき、出口に向かって遁走した。

「この……! ゲイツ! この期に及んで生き恥をさらす気か!」

「うあああああ! 来るな、来るな、来るなあああ!!」

 ゲイツは闇雲にナイフを振り回し、止めに入ろうとしたり避け切れなかった何人かが腕を切り裂かれた。
 しかし駆け付けた衛兵にあえなく捕らえられ、引っ立てられていった。

 その場に残されたヘイムート公爵は呆然とそれを眺め、それからはっとしたように慌ててそれを追いかけていった。

 嵐の過ぎ去った会場では、気分を害したと帰る人、怪我を負った人を囲む人、ひそひそとうわさ話をする人に分かれた。

「スフィーナ、腕が……!」

 まだ激しく胸が鳴っていた。
 だが今はそんな場合ではない。

「ええ。それよりも早く、怪我をした人が誰か確認しないと」

 その言葉にグレイグははっと息を呑み、それから奥歯を噛みしめた。

「スフィーナ……! まさか、わざと」

 スフィーナは構わず人垣に歩みより、「私が狙われたようですのに、巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」と謝って回った。そしてその顔と怪我とを確認した。
 両腕を怪我した男が三人。
 いずれもダスティンがあたりをつけていた男だ。

 会場を歩く中で、ダスティンたちの姿が目に入った。

 ミリーの足元には驚いて落としてしまったのか、割れたグラスが散っていた。
 そして騒動から離れたところにいたはずの義母は、その両腕に裂傷を負っていた。
 きっとグラスの破片が床からはねあがり、義母の腕を傷つけたのだろう。
 脂汗を流し、痛みに顔を歪める義母の傍ではミリーが「ごめんなさい! 私が突然のことに驚いてしまったから……」と涙を流していた。

「これでお父様も確証が持てたかしら」

 黙って後についてきたグレイグを振り返れば、その顔は怒りとも悲しみともつかない、ただ苦しそうなものに染められていた。
しおりを挟む
script?guid=on

あなたにおすすめの小説

ヴァカロ王太子のおもてなし ~目には目を、婚約破棄には婚約破棄を~

玄未マオ
ファンタジー
帝国公女アレンディナの婚約者は属国のヴァカロ王太子であるが、何かと残念な人だった。 公務があるので王宮に戻ってくるのはその日の夕方だと伝えているのに、前日やってきた義姉夫婦のおもてなしのサポートをしなかったアレンディナをけしからん、と、姉といっしょになって責め立てた。 馬鹿ですか? その後『反省?』しないアレンディナに対する王太子からの常識外れの宣言。 大勢の来客がやってくるパーティ会場で『婚約破棄』を叫ぶのが、あなた方の土地の流儀なのですね。 帝国ではそんな重要なことは、関係者同士が顔を合わせて話し合い、決まった後で互いのダメージが少なくなる形で発表するのが普通だったのですが……。 でも、わかりました。 それがあなた方の風習なら、その文化と歴史に敬意をもって合わせましょう。 やられたことを『倍返し』以上のことをしているようだが、帝国公女の動機は意外と優しいです。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...