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第二章
第6話
しおりを挟むコウからタレットを無力化したとの連絡を受け、地下公園をのんびり散策していた遺跡調査隊はアーチ状ゲート前に集合した。
「では、これより我々とフレグンスの調査隊による合同調査を開始する。コウ、先導を頼む」
「りょーかーい」
レイオス王子の号令でガウィーク隊、金色の剣竜隊、フレグンス遺跡調査隊の合同チームが探索活動を開始した。
複合体で先頭を進むコウは、タレット地帯であるゲート通りが安全になった事を証明しつつ、皆を奥の施設まで先導する。
万が一見落としがあった場合に備えて、エイネリアは異次元倉庫に仕舞ってある。彼女は戦闘用では無いので、荒事には向かない。
コウが調べたのは、施設に入って割と近い場所にあるコントロールルームまでなので、その先にはまだ何かあるか分からない。
咄嗟の戦闘にも対応出来るよう、戦闘力の高い者を前面に立てての探索となる。
「この壁や床の雰囲気、あの島の遺跡とよく似ているな」
「確かに。上の通路はトルトリュスの地下迷宮にも似てましたが、風化が進む前だと遺跡はどこもこんな感じなのかもしれませんな」
持ち込んだランタンの明かりに照らし出された、施設内の壁や天井を見渡しながら呟くレイオス王子に、ガウィークが同意しつつ推察する。
辛うじて光沢の残る床や壁の材質はかなり丈夫な素材で出来ているようだが、永い時間を掛けて劣化すると、古い石壁のような見た目になるらしい。
「ここがコントロールルームだよ」
「ほう……あの島の遺跡のセキュリティセンターに似ているな」
複数のパネルが並んだ部屋の内装を見てレイオス王子が呟くと、ガウィーク隊のメンバーも頷いて同意する。
調査隊一行はまず、このコントロールルーム内を調べてみた。何かしら古代の遺物が見つかる事を期待したものの、警備装置らしき機械の一部が動いている他は特に何も無かった。
アーチ状ゲートのタレットをここから操作出来る装置という事で、フレグンスの考古学者達が強い興味を示していたが、下手に弄ると危険なので観察内容を記録するだけに止めている。
コントロールルームを後にした一行はさらに奥へと進む。少し広くなった廊下の先には、大きな両開きっぽい形の扉が閉じていた。
「さて、ここからが本番だな。コウ、この先の構造は把握しているのか?」
「おおざっぱには」
レイオス王子の問いに、少年型に乗り換えて答えたコウは、次いで異次元倉庫からエイネリアを取り出した。そして彼女が集めたこの施設に関する記録情報を、レイオス王子が所有する警備ガイドアクターのエティスと共有するよう指示を出す。
「記録情報の共有? そんな事も出来たのか?」
「範囲は限られますが、私達を介した双方向の通信も可能です」
情報共有機能に驚くレイオス王子に、エイネリアは通信機能の補足も付け加える。
「あ、そう言えばまだみんなには教えてなかったっけ」
「聞いてないぞ……」
――俺も初耳な件――
京矢からも交信ツッコミをもらったりしつつ、あっけらかんとした調子でエイネリア達ガイドアクターの持つ機能について事後報告するコウに、レイオス王子は憮然とした表情を浮かべた。
数日前の冒険飛行の途中、オルドリア大陸の上空に入る頃。
エティスのガイドアクターとして出来る事について、戦闘面の機能にばかり注視して色々と確認を怠っていた事を反省したレイオス王子だったが、またしてもコウとエイネリアに先を越されたようで、少し悔しい思いを抱いたようであった。
さておき、目の前の大きな扉には、脇の壁に手動開閉機が埋め込まれている。コウはここに居る全員に蓋の見分け方や開き方、中の機構の動かし方を実演して見せた。
「これで先にすすめるね」
大扉を潜って直ぐ、通路が左右に分かれている。先程エティスとも共有したこの施設の大まかな構造図を参照すると、右は居住エリア、左は各種工房エリアに繋がっているらしい。
元々はどちらも居住区画だったが、ここに住み着いていた『オルデル帝国』を名乗るグループが施設内を改装して、自分達の拠点として使っていたのだ。
「よし、ここは二手に分かれるか」
そこそこ規模の大きい遺跡施設だけに、一日二日で全てを調べられるとは思えない。後日、好きなだけ探索に来られるフレグンスの遺跡調査隊と違い、帰国準備も進めなければならないレイオス王子達は探索期間も限られる。
なので、出来るだけ効率よく回ろうと考えているようだ。
エイネリアとエティスを通じて双方向に通信し合えるのが分かった事も、別行動をとるという選択の後押しになった。
――なんか、旅行で大型遊園地回ってるみたいなノリだな――
京矢のそんなツッコミを聞き流しつつ、コウはガウィーク隊のメンバーと左側の通路へ進んだ。
現在、コウが大まかに把握している施設の構造情報によれば、右側の居住区画と左側の工房区画は奥で繋がっているはずなので、途中でレイオス王子達とも合流出来ると読んでいた。
工房エリアは、居住用の部屋の壁が取り払われて広い空間が作られており、多くの工作機械らしき設備が並んでいた。
動いている機械は無く、コウの視点から工房全体に魔力が通っていない事が分かる。
「コウ、この遺跡の魔導動力装置はどこにあるんだ?」
「この階の奥の方に置いてあるみたい」
ガウィークの問いに答えたコウは、恐らく今も正常に動いているであろう事も付け加える。根拠は表のゲートタレットや、地下公園の照明および天井パネルが機能しているから。
「なるほどな。じゃあ施設全体を稼働状態にする事も可能ってわけか」
「たぶん」
この地下施設遺跡と地上を繋ぐ出入り口である『円柱錠路』に魔力が流れていなかったように、いくつかの場所で魔力供給路の断線はあると思われる。
しかし京矢が推測した通り、必要最低限の機能を残してブレーカーを落としているような状態だった場合は、施設全体の機能を復旧させる事は難しくないはず。
コウとガウィークのそんな会話を、エイネリアとエティスの双方向通信機能で聞いていたレイオス王子が、一つの懸念を挙げる。
『復旧した途端に、施設内の侵入者撃退設備が動きだすなんて事は無いか?』
「それはあるかも――ってキョウヤも言ってるよ」
「ああ、そいつは危ないな」
エイネリアが受信した信号、恐らく防犯用と思われる識別信号は今も発信され続けているので、施設を復旧させる前に識別信号の発信源を特定し、セキュリティを解除する必要がありそうだった。
そうして探索を続ける事しばらく。
「何か見つかったか?」
「いいえ、特にこれといって」
目ぼしい発見もなく工房エリアを通り抜けたコウとガウィーク隊は、同じく居住エリアを通り抜けて来たレイオス王子達と、広いサロンのような大部屋で合流を果たした。
ウェベヨウサン島のリゾート施設遺跡では、各部屋に何かしら古代の遺物が転がっていたりしていたものだが、この地下施設遺跡ではほとんど何も見つからない。
「しかし、ここまで何も無いとは思わなかったぞ」
居住エリアでは古代人の生活の痕跡すら見当たらなかったと、レイオス王子は肩透かしを食らった気分で複雑な表情を浮かべている。
大量の『発掘品』の発見を期待していたフレグンスの遺跡調査隊も、若干残念そうな様子だった。
――多分、向こうとは状況が違い過ぎたんだろうな――
リゾート施設遺跡では、混乱の初期段階の頃に、いずれ復興する事を見越してガイドアクター達に建物の管理を任せつつ引き揚げていたようだったので、施設の備品も大量に残っていた。
この地下施設遺跡は、その後の大崩壊を過ぎた頃か、戦争の真っ最中にここでグループを形成して生活していた集団が、何らかの事情で施設を閉じて引き払ったと思われる。
とするならば、持てるだけの物資を持って出て行ったと考えられる。
「――ってキョウヤが言ってるよ」
「ふむ。確かに、物が散乱している様子も無かった事を思えば、そうなるか」
居住エリアに生活の痕跡が無かったのは、荷物を纏めて出て行った為と考えれば、なるほどしっくり来ると納得するレイオス王子。最低限の防犯設備を機能させ、戸締まりをした上で出て行ったのだ。
識別信号が発せられているのは、いずれここに帰って来る予定だったのか。
「古代の遺物が見つからないのは残念だが、状態の良い遺跡の探索は色々な発見があって面白いな」
レイオス王子のそんな前向き発言には、フレグンスの考古学者達も大いに同意していた。
昼食の休憩を挟んで、探索が再開される。
今日はとりあえず、この階の最奥に置いてあるらしい魔導動力装置の発見を目標に定めた。識別信号にみる防犯設備の問題があるので、見つけても弄らず観察するだけに止める。
「ここの防犯設備を止めるセキュリティセンターは、やっぱりもっと地下にあるのか?」
「そうでもないみたい」
ガウィークの問いにコウは、エイネリアが集めた記録情報を調べた限り、重要な設備の操作機能は魔導動力装置の周辺に集中させてあるようだと答えた。
「そうなのか? なら、魔導動力装置を見つければ、大抵の事は解決出来そうだな」
「ちゃんと操作できたらね」
「ああ、動かせない場合もあるんだな」
ガウィークはそう言いつつも、内心で『コウなら動かせるだろう』と考えている事が読み取れた。コウとの心の繋がりを通じてそれらを把握した京矢が問う。
――信頼されてんなぁ。で、実際どうなんだ?――
『エイネリアも居るし、たぶん大丈夫だと思うけど……』
無理だった場合は朔耶を頼るとぶっちゃけるコウ。彼女の精霊の力を借りれば、大体何とかなるだろうと。
――ははは、確かにな――
『もし朔耶でも無理だったら、邪神の人に来て貰えば全部解決』
――いや、あの人は割とマジで反則だろ――
彼の邪神の力を振るわれれば、ここまで探索した意味すらなくなるんじゃないかとツッコむ京矢なのであった。
居住エリアと工房エリアを抜けた先にある、サロンのような大部屋を出発した調査隊一行。
部屋の両端からそれぞれ通路が伸びていたので、再び二手に分かれての探索になったのだが、ここから先はこの施設の本来の構造とはかなり違っていた。
壁際の細くなった通路には手摺りがついており、部屋全体が水路のように深く掘り下げられた溝になっている。
真ん中辺りに洞穴を思わせる巨大な穴が空いていて、壁際の通路もそこで途切れていた。
「なんだ、ここは……」
「おっきい穴があいてるー」
部屋を見渡して呟いたガウィークの隣で、カレンが額に手を当てながら大穴を覗き込む。
溝の深さは目測で約二ルウカ(三メートル)ほどだが、大穴はどれほど深いか分からない。幅は隣の大部屋と同じくらいの広さで、おおよそ十ルウカ(十五メートル)はありそうだ。
そんな溝の中央に出来た大穴は、自然に崩落したというよりも、何かを爆発させたかのように、床の罅割れや黒ずんだ汚れが放射状に広がっていた。
大穴と溝を挟んだ向こう、反対側の通路にはレイオス王子達の姿も見える。そのレイオス王子が、顔の前に両手を翳しながら大声で問い掛けて来る。
「コウ! この部屋は何だ! エティスの情報には記録が無いと言っているが!」
それに対し、コウはエイネリアとエティスの双方向通信機能で応える。
「エイネリアが記録を調べてるから、ちょっと待って」
レイオス王子は、自分の直ぐ傍に立つエティスからコウの声が聞こえた事にハッと振り返ると、『そう言えばそうだった』と、思い出したような雰囲気で片手を一振り、エティスを通じて会話を続ける。
『この一帯には、屋内で食物を育てる施設があったそうだが』
「うん、箱入りの畑がたくさん並んでたみたい」
居住エリアの片側が工房エリアに改装されていたように、元々は植物などの育成プラントだったらしいこのエリアは、壁も床も大きく繰り抜かれた大溝エリアになっていた。
大溝の部分は壁面や底も綺麗に整備されており、全面が古代の壁材で加工されている。その様子から、皆でここの使用目的を推察した。
「大規模な貯水施設を作ったとか?」
「それにしては、水を取り入れる仕掛けらしき部分が無い」
「それはあの大穴の部分にあったというのは?」
「密閉性にも疑問が残る」
「床に引かれた等間隔の線を見るに、備蓄倉庫を拡張したのでは?」
様々な可能性を挙げて、あーかもしれないこーかもしれないと議論をしていると、エイネリアから検索結果が告げられた。
「この場所は植物プラントを解体後、造船スペースとして利用していたようです」
「造船?」
記録情報によると、敵対組織からの生態魔導兵器による攻撃でシェルター全体が使えなくなり、脱出する為に移民船を建造したらしい。
ここで建造した移民船に施設内の重要な設備や物資を積めるだけ積み込み、この先にある格納庫の緊急避難路から脱出した、という事だった。
かなり短期間に起きた出来事だったので、施設の構造情報には反映されていなかったらしい。
『ふ~む、さっきの推測は正しかったわけだ。流石だな』
先程の京矢の推測が当たっていた事を称賛するレイオス王子。そんな折、レフが一つ懸念を示す。
「……施設が使えなくなる攻撃、生態魔導兵器がどんなものか気になる」
「あー、確かにな。あの島の魔法生物みたいなのだったらまだ楽だが」
もし毒霧や病原菌の類だった場合は、厄介だ。施設内に残存している可能性もあるというレフの懸念にガウィークも同意する。
『エティス達でそういうのは検知できないのか?』
二人の会話をエティス越しに聞いたレイオス王子が、ガイドアクターの機能について訊ねた。するとエティスが、警備ガイドアクターの機能として可能である事を告げた。
「現在までに、人体に一定以上の害をもたらす物質は確認出来ていません」
エティスの安全判定に、なら大丈夫だろうと、ひとまずほっとする一行。
『とりあえず、格納庫という場所を見てみたいが……』
両端の通路の先、うっすらとした光に照らされて浮かび上がる奥の突き当たりの壁が、丸々巨大な扉になっている。
恐らく、あの扉の向こうが格納庫であろう。しかし、大穴のところで通路も崩れていて先に進めない状態だった。
『魔導艇でも持って来られれば、渡れそうなんだがな』
「流石にここには持ち込めないでしょう」
円柱錠路のリフトにはギリギリ乗せられそうだが、大学院のサロンから地下倉庫に下ろすのには、床の穴を拡張する工事が必要になる。
『今回は仕方ないか』
いずれ資材を運び込むなどして足場を組めば、先に進めるように出来るだろう。レイオス王子は名残惜しそうに崩れた通路の先を見やると、撤収の合図を出した。
『そろそろ良い時間だ。もう少し周囲を探索したら引き揚げよう』
「そうしますか」
本日の探索はここまでとなった。
サロンのような大部屋で一晩過ごす事にした調査隊一行。道中は特に険しい訳でもなく、地上に戻って休む事も出来たのだが、折角の未発見遺跡調査である。
少しでも長く現場に居たいと思うのは、ガウィーク隊やレイオス王子達のみならず、フレグンスの遺跡調査隊も同じであった。
――まあ親睦を深める意味でもいいかもな――
『キャンプみたいだよね』
京矢と交信でそんな事を語り合いながら、コウは一人出掛ける準備を始める。皆が寝静まっている間も、引き続き単独で調査を行うのだ。
昼間の羽虫がまだ頭にくっ付いてるので、彼(?)に憑依して大穴の向こう側を見に行く予定である。
――記録されてない迂回路とかあればいいな。後、やっぱ羨ましい――
『あはは』
出発する為にまず、カレンの抱き枕ホールドから抜け出す必要があった。
豊満なおっぱい布団を掻き分けて脱出するコウから、そのリアルな感触まで実感した京矢が交信の向こうで悶絶していた。
「出掛けるのか? コウ」
「うん」
大部屋を後にするコウに、ガウィークが声を掛ける。
「そうか。気ぃ付けてな」
「はーい」
ガウィーク隊長に見送られつつ、コウは大溝エリアの右側の通路に踏み出した。
――ん? こっちはレイオス王子達が居た方か?――
『うん。さっき反対側から見た時に、大穴の向こうの通路の壁に入り口が見えたんだ』
最奥の突き当たりの大扉は、壁に微かな光源があったので大穴の付近から皆にも視認出来た。が、そこへ至るまでの空間は真っ暗闇。魔力の光源を飛ばす等して偵察でもしなければ、崩れた通路の先がどうなっているのかは分からない。
しかし、暗闇でも見通せる上に望遠鏡のように視点を寄せる事も出来るコウには、崩れた通路の先の様子もバッチリ見えていた。
大穴の手前まで来たコウは、頭に乗っている羽虫に憑依して少年型を解除すると、大穴をふよふよと飛び越えて向こう側の通路へと移動。再び少年型を召喚して憑依した。羽虫はまたコウの頭にくっついた。
――随分その虫に気に入られてるな――
『たぶん、羽虫君はここが一番安全だと思ってるんだよ』
地上から適当に捕まえて連れて来られた羽虫にとって、もっとも生存率の高い場所を選んで潜伏しているのだろうというコウの解説に、京矢は「ああ、そういう……」と納得していた。
さておき、大穴を越えた先に降り立ったコウは、そのまま通路を進む事しばらく。反対側の通路から見つけた入り口の前にやって来た。扉は付いていない。
明かりは灯っていないが、魔力供給路に魔力は流れて来ているようだ。
「これかな?」
部屋に入ったコウは、部屋中に張り巡らされている魔力供給路を辿って照明のスイッチを入れる。すると、ホワッとした明かりが部屋全体を照らし出した。
中央に低いテーブルと、その周囲に大きなソファー。四方の壁の内、左右二ヵ所の壁際にいくつかの机と椅子が並び、それ以外の場所には本棚っぽい棚が並んでいる。
――仕事部屋って感じでも無いし、休憩室にしても何か殺風景だよな――
『とりあえず調べてみよう』
さっそくエイネリアを取り出して探索を始めるコウ。
部屋の照明を点けた事で、この部屋の詳細を示す情報が開放されたらしく、確認したエイネリアが部屋の用途について教えてくれた。
「ここは本施設の資料室となっています。様々な資料や記録の保存と閲覧が可能です」
この施設の記録情報を始め、世界各地に存在する同じような避難所施設と共有されるニュース情報、芸術や専門書、娯楽雑誌の類に至るまで、あらゆる資料が揃っていたらしい。
現在はほとんど持ち出されており、並んでいる棚の中身は空っぽだった。
――資料が残ってない資料室か……――
『何かないかなぁ』
ガランとした資料室の、棚の周りをうろうろしていたコウは、隅の方にある机に覚えのある波動を感じて、そちらに足を向けた。
机の上には、ボウリングのピンのような形をした半透明の置物があった。
『この感じ、精霊石っぽい』
――精霊石って、あの無人島の遺跡にあった日誌のやつか――
遺跡に残されていた先駆者達の痕跡。中でも特に詳しい資料となった『マイローの日誌』。その最終巻の表紙に埋め込まれていた、特殊な効果を持つ精霊石と同じ波動を感じる。
コウがその置物に触れた瞬間、少年型の中で身体が浮くような感覚が走った。
『あ』
――あ――
京矢もその感覚に気付く。
精神体に風を感じ、京矢との繋がりが遠くなる。
気が付くと、コウはこの資料室の空間に浮いていた。
(また過去の時間に跳ばされた?)
周囲を見渡せば、中央の低いテーブル周りのソファで、膝を突き合わせて何事か話し込んでいる人々や、壁際の机に向かってスマホのようなパネルを見詰めている人。
棚には本ではなく半透明の置物が沢山並んでおり、それらを端から取り出しては鞄に詰めている人など、数人の男女の姿を確認出来た。
彼等は皆、ゲート前タレットの設置に関連する通信ログで見た、白い制服風の恰好をしている。オルデル帝国グループの人々であった。
元の時間軸では、エイネリアが少年型を見てくれているだろう。この時間軸で何か行動を起こせば戻れるはず。
そう判断したコウは、資料室の様子を注意深く観察し始めた。
資料室の外では、人が慌ただしく走り回っている。中央の低いテーブルには何か資料が書かれたパネルが並べられ、ソファの人々がそれを指しながら話し合っている。
耳を傾けると『追っ手の足止めに格納庫へ続く橋を爆破して行く』という内容だった。どうやら現状は、この施設を脱出しようとしている真っ最中のようだ。
(外の様子も見てみたいけど……)
小さな虫でもいれば、憑依してあちこち調べる事も出来るのだが、精神体だけではこの場から動けない。『足』に出来そうな生き物が近くに居ないかと、コウは部屋の隅々に視点を伸ばした。
すると天井の隅の方、通風孔らしき穴の付近に一匹の小さい蜘蛛を見つけた。
少し距離があったものの、前回過去の時間軸に跳ばされてステルスゴキブリに憑依した時のように、集中している内に吸い寄せられるように憑依する事が出来た。
(あ、この蜘蛛君、結構機動力の高いやつだ)
以前、グランダール王国の食糧庫とも謳われるクラカルの街で、領主であるディレトス家の世話になっていた時。行政院の不正を暴く為に協力し、潜入用の虫を庭師に見繕って貰った事がある。
その時に庭師のハルバードが『機動力ならこの小さい蜘蛛が最強だ』とか言っていた。
(こんな大昔から居たんだね)
アリス達は元気でやっているかなと、彼女と過ごした日々を思い出したりしつつ、少し天井を這い回って小さい蜘蛛の身体能力を確かめたコウは、施設内の様子を探るべく資料室を後にした。
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