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第一章
第8話
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「こうして話をするのは久しぶりだな」
「ええ。ずっとミリーの監視がすごくて」
「あれもいよいよ焦っているんだろう。自分だけが満たされないまま、スフィーナはあと少しで嫁いでしまうのだからな。あれは空虚で哀れなことだ」
ダスティンは、ミリーを憐みながらもあくまで他人事というような口ぶりだった。
だがよく理解しているとも思う。
関心はあるのに冷静に断じているダスティンのその語り口に、スフィーナは戸惑った。
しかしスフィーナが口を開くよりも前に、ダスティンは話を切り替えた。
「それはそうと。サナの指輪を見つけたようだな。私もずっと探していたんだが、物置部屋でみつけたのか?」
「ええ、偶然。お義母さまもさすがに物置部屋のものまでは面倒で奪わなかったのでしょうね。おかげでお母様の形見を手にすることができたわ。ねえ、お父様。私、勝手に指輪をつけてしまったけれど、これは私が持っていてもいいかしら」
「勿論だ。サナもそのつもりだったはずだからな」
ダスティンはサナが手紙に書いていたことを知っているのだろうか。
スフィーナの探るような視線の意味を悟ったのか、ダスティンは「サナのことは聞いている」と静かに笑んだ。
「サナはすべて私に話してくれた。異世界でどのように育ったのかも、何故この世界で生きることになったのかも。あちらの世界の話は想像も及ばず理解できることも少なかったが、指輪が女神から賜った加護だということは確からしい」
「女神様のご加護って、私を守ってくれるということなの?」
「いや。正確に言えば違う。そうであればサナも死なずに済んだのだろうがな」
ダスティンの目にはやるせなさとも悲しみともつかないものが浮かんでいた。
「皮肉なことに、あの指輪はやられたらやり返すのみだ。何もされなければ何もないまま。そしてやり返す以前に命が失われればそれまで。だから守ってくれるわけではないのだ」
「やり返す……?」
そう言えば、と記憶を探る。
ミリーが珍しく空腹に苛まれていたのも、スフィーナがパン粥を食べられずに感じた空腹の倍返しだったということだろうか。
スフィーナのお弁当を取った後、ミリーがやたらとお菓子を食べずにいられなくなったのも、スフィーナが義母に紅茶をかけられたと思ったら義母にスープが降りかかったのも。
偶然にしては続くものだと思ってはいたが、あれもこれもすべて指輪のせいだったのか。
「早速いろいろとあったようだな。ラグエルから話は聞いている」
ダスティンはほとんど邸にいることはないが、すべて執事であるラグエルに報告させているのだろう。
「ええ、確かに思い当たる節はあるけれど。でも余計にミリーとお義母さまの怒りが増しただけのようにも思うわ。直接私がやり返したのではなくても、きっと苛立ちを私に返してくるでしょうね」
二人は何でもスフィーナのせいにしたがるから。
そうなると、女神の加護とは言え、役に立っているかというとわからない。
腹のすく思いは確かにあるものの、スフィーナは心からざまあを見ろと他人の不幸を喜べる性格でもない。
「そうだろうな。だからしばらくの間は気を付けるんだ。グレイグにも頼んでおいたが、スフィーナも油断せず過ごすように」
ダスティンの『しばらくの間』という言葉にスフィーナはひっかかりを覚えた。
その思いを探るようにじっとその瞳を見つめれば、ダスティンは意味ありげに笑った。
「事態は動き出した。目に見えているものも、見えていないものもな」
それだけを話すと、ダスティンはまた何かあれば来るようにといってスフィーナに部屋に戻るよう促した。
ダスティンは全てを話してはくれない。
それは何か考えがあってのことだろうとはわかっていても、スフィーナはもどかしい思いだった。
だがダスティンがスフィーナのために動いてくれていることはわかる。
だからスフィーナは、せめて自分の身は自分で守ろうと改めて己を奮い立たせた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
翌朝、義母は朝食の席に現れなかった。
お腹の調子を壊し、食事が摂れない状態らしい。
早朝から医者を呼びつけ、すぐによくなるだろうと言われたものの、ミリーは誰かが毒を盛っただの、食中毒は使用人の責任だの喚き立てていた。
これも昨夜スフィーナが夕食を抜きにされた、倍返しということだろうか。
しかしやはり直接手を出していなくても、真っ先に疑われるのはスフィーナだろうと思えた。
嫌な予感がした。
「ええ。ずっとミリーの監視がすごくて」
「あれもいよいよ焦っているんだろう。自分だけが満たされないまま、スフィーナはあと少しで嫁いでしまうのだからな。あれは空虚で哀れなことだ」
ダスティンは、ミリーを憐みながらもあくまで他人事というような口ぶりだった。
だがよく理解しているとも思う。
関心はあるのに冷静に断じているダスティンのその語り口に、スフィーナは戸惑った。
しかしスフィーナが口を開くよりも前に、ダスティンは話を切り替えた。
「それはそうと。サナの指輪を見つけたようだな。私もずっと探していたんだが、物置部屋でみつけたのか?」
「ええ、偶然。お義母さまもさすがに物置部屋のものまでは面倒で奪わなかったのでしょうね。おかげでお母様の形見を手にすることができたわ。ねえ、お父様。私、勝手に指輪をつけてしまったけれど、これは私が持っていてもいいかしら」
「勿論だ。サナもそのつもりだったはずだからな」
ダスティンはサナが手紙に書いていたことを知っているのだろうか。
スフィーナの探るような視線の意味を悟ったのか、ダスティンは「サナのことは聞いている」と静かに笑んだ。
「サナはすべて私に話してくれた。異世界でどのように育ったのかも、何故この世界で生きることになったのかも。あちらの世界の話は想像も及ばず理解できることも少なかったが、指輪が女神から賜った加護だということは確からしい」
「女神様のご加護って、私を守ってくれるということなの?」
「いや。正確に言えば違う。そうであればサナも死なずに済んだのだろうがな」
ダスティンの目にはやるせなさとも悲しみともつかないものが浮かんでいた。
「皮肉なことに、あの指輪はやられたらやり返すのみだ。何もされなければ何もないまま。そしてやり返す以前に命が失われればそれまで。だから守ってくれるわけではないのだ」
「やり返す……?」
そう言えば、と記憶を探る。
ミリーが珍しく空腹に苛まれていたのも、スフィーナがパン粥を食べられずに感じた空腹の倍返しだったということだろうか。
スフィーナのお弁当を取った後、ミリーがやたらとお菓子を食べずにいられなくなったのも、スフィーナが義母に紅茶をかけられたと思ったら義母にスープが降りかかったのも。
偶然にしては続くものだと思ってはいたが、あれもこれもすべて指輪のせいだったのか。
「早速いろいろとあったようだな。ラグエルから話は聞いている」
ダスティンはほとんど邸にいることはないが、すべて執事であるラグエルに報告させているのだろう。
「ええ、確かに思い当たる節はあるけれど。でも余計にミリーとお義母さまの怒りが増しただけのようにも思うわ。直接私がやり返したのではなくても、きっと苛立ちを私に返してくるでしょうね」
二人は何でもスフィーナのせいにしたがるから。
そうなると、女神の加護とは言え、役に立っているかというとわからない。
腹のすく思いは確かにあるものの、スフィーナは心からざまあを見ろと他人の不幸を喜べる性格でもない。
「そうだろうな。だからしばらくの間は気を付けるんだ。グレイグにも頼んでおいたが、スフィーナも油断せず過ごすように」
ダスティンの『しばらくの間』という言葉にスフィーナはひっかかりを覚えた。
その思いを探るようにじっとその瞳を見つめれば、ダスティンは意味ありげに笑った。
「事態は動き出した。目に見えているものも、見えていないものもな」
それだけを話すと、ダスティンはまた何かあれば来るようにといってスフィーナに部屋に戻るよう促した。
ダスティンは全てを話してはくれない。
それは何か考えがあってのことだろうとはわかっていても、スフィーナはもどかしい思いだった。
だがダスティンがスフィーナのために動いてくれていることはわかる。
だからスフィーナは、せめて自分の身は自分で守ろうと改めて己を奮い立たせた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
翌朝、義母は朝食の席に現れなかった。
お腹の調子を壊し、食事が摂れない状態らしい。
早朝から医者を呼びつけ、すぐによくなるだろうと言われたものの、ミリーは誰かが毒を盛っただの、食中毒は使用人の責任だの喚き立てていた。
これも昨夜スフィーナが夕食を抜きにされた、倍返しということだろうか。
しかしやはり直接手を出していなくても、真っ先に疑われるのはスフィーナだろうと思えた。
嫌な予感がした。
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