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第三章 国王陛下と王宮
2.薬師の少女は猛禽類に狙われる2 ※ユーティス視点
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やっとリリアを王宮へ連れて帰ることができた。
本来であれば、反乱分子の粛清が済んだ上で迎えに行くつもりだった。だがリリアの父ダーナーが病により急死してしまったことで順番が狂ってしまった。
守る者もないリリアを一人であの薬屋に置いておくことはできない。
エイラスも見習いから正式に近衛騎士となったこともあり、常にリリアに張り付けておくわけにはいかない。
だから計画を早めた。
反乱の芽を摘めていない以上、あちらも仕掛けてくる用意があるだろう。
だからリリアに手出しをしたらどうなるかは早急に思い知らせておく必要があった。
リリアが国王の寵愛を一身に受けていることを知らしめる。そのために王宮内をリリアを引き連れ練り歩いた。
これくらいの牽制で引くような者たちはたいして問題ではないが、小さな手であっても足を掬われかねない。どんな芽も潰しておくに限る。
まあ、半分くらいは自己満足ではあったのだが。
何せ、やっとリリアと傍で過ごすことができるようになったのだから。
毎日顔を合わせることができるのは、二年ぶりだ。
執務室に戻り、ユーティスと二人になったリリアは気が抜けたのか、ソファに座ったと思った途端、目がとろとろしだして、すぐに眠りに落ちてしまった。
朝も早かったことだろうし、着慣れぬドレスを着て歩き回った疲れと、張り詰めていたものが解けたのだろう。
くうくうと力を抜いて眠るリリアを眺めながら、ユーティスは鬼のような速さで書類仕事をこなした。
そこへ、ドアがノックされエイラスが戻ってきた。
「あれ、寝ちゃってるんですか」
「ああ。だからおまえはもう下がっていい。起きたら俺が部屋まで送っていく」
「いやいや、陛下にそこまでさせるわけには」
「俺の妻だ」
まだ結婚してませんけどね、というエイラスの視線は受け流す。
「俺がリリアの傍にいるときは外していていい」
「はいはい、邪魔はしませんよ。ご用がある時には呼んでください。ところで陛下」
面白くなさそうに言ったあと、エイラスはじっとユーティスを見て、それから小首を傾げた。
「なんだ」
「びっくりしませんでした? リリアの変わりように。俺、めちゃくちゃ驚いたんですけど、よく平然としてましたね」
「知ってたからだ」
こともなげに答える。
「え? 前にもあったんですか」
「違う。あいつは元からああだろう」
肌は化粧などしなくともきめ細やかだし、不意に触れたくなるほど白く滑らかだ。
光が当たるとキラキラとして金に見える薄茶色の髪も細くさらさらとしている。あの三つ編みもいつか己の手でほどいてみたかったから、王宮ではずっとこのような格好なのかと思うとわずかばかり残念な気持ちもある。ほどけた後に緩くウェーブがかかっているのを見てみたかった。
髪と同じ薄茶色の目はどこまでも澄んでいるようで、真っすぐに見つめられるとその向こうまで見えそうで。いつも飽くことなく見ていた。
そんな視線に、リリアは気づいてもいないが。
以前再会したとき、メガネに三つ編み姿になっていたことは驚いたが、リリアの美しさに気が付いた者どもがまとわりつくようになり、煩わしくなったのだろうということは想像に難くなかった。
そのような自衛の手段をとったことに、ほっとしてもいた。
本当の姿など誰にも見せなくてもいい。
リリアがどのような格好をしていても、ユーティスにとっては変わらないから。ユーティスだけが、リリアの愛らしさを知っていればいい。
だがさすがに王宮で過ごすのにいつもの格好というわけにはいかない。
リリアの張り付けた貴族然とした笑みにも、こんな張り付けた顔をさせたいわけではないのに、ともどかしくなった。
リリアに傍にいてほしい。だけどありのままでいてほしい。
それはユーティスが国王である限り、相反する願いとなる。
だからユーティスは決めていた。
リリアを王宮に留まらせるのは今だけ。いずれは――。
「陛下」
再びエイラスに声をかけられ、思考から醒める。
「なんだ」
「リリアの専属護衛を引き受けた時の約束、忘れてませんよね」
エイラスの顔からはその軽さは消えていた。
「当たり前だ。俺から一方的に反故にすることはない」
「ならいいんです。リリアが心から嫌がったら、俺はいつでもリリアを攫って遠くまで逃げますからね。たとえ王宮の騎士たちに阻まれても。あなたを敵に回しても」
ユーティスの瞳とラスの瞳がかち合った。
ラスは普段緩く見せているが、ユーティスはその実力も、性根の真っすぐさも知っている。
「エイラス。おまえをリリアの護衛に選んだのは正しかったようだ。勿論そうはならぬよう、全力を尽くすがな」
「ええ。お互いに」
エイラスはふっと笑って、それから思い出したように「そう言えば」と続けた。
「リリア、自分は期間限定の偽婚約者で、そのうち本物が現れると思ってるっぽいですけど。いいんですか、誤解したままで」
そんなものが現れるわけがないのに。
ユーティスはしれっと応じた。
「俺はあいつに嘘は言っていない。いつもリリアが勝手に誤解しているだけだ。その誤解があったから今回のことも頷いたんだろう。かまわん、そのままにしておけ」
期間限定ならやってやろう。そう思っているのはわかっていた。
いずれは王宮から出してやろうと思っているのは本当だ。リリア一人で、とは言っていないだけで。
「後でこじれるようなことにならないといいんですけどねえ」
「それまでには俺の言葉が信じられるようにしておくさ。今は疑心暗鬼で一つも信じようとしていないからな」
「全部陛下が悪いくせに……」
エイラスは肩をすくめると、言いたいことは言ったとばかりに礼を取り、退室していった。
相変わらず静かに瞼を閉じているリリアを一人眺める。
リリアは何故ユーティスがこれほどまでに執着するのか、まったくわかっていないのだろう。
あの時のことも、きっとロクに覚えていないのに違いない。
あの言葉も、言ってやったらやっと思い出したようだった。
だがリリアもいずれ思い知ることになるだろう。
ユーティスの王妃に代わりなどいるはずがないのだということを。
これから少しずつ、少しずつ――。
本来であれば、反乱分子の粛清が済んだ上で迎えに行くつもりだった。だがリリアの父ダーナーが病により急死してしまったことで順番が狂ってしまった。
守る者もないリリアを一人であの薬屋に置いておくことはできない。
エイラスも見習いから正式に近衛騎士となったこともあり、常にリリアに張り付けておくわけにはいかない。
だから計画を早めた。
反乱の芽を摘めていない以上、あちらも仕掛けてくる用意があるだろう。
だからリリアに手出しをしたらどうなるかは早急に思い知らせておく必要があった。
リリアが国王の寵愛を一身に受けていることを知らしめる。そのために王宮内をリリアを引き連れ練り歩いた。
これくらいの牽制で引くような者たちはたいして問題ではないが、小さな手であっても足を掬われかねない。どんな芽も潰しておくに限る。
まあ、半分くらいは自己満足ではあったのだが。
何せ、やっとリリアと傍で過ごすことができるようになったのだから。
毎日顔を合わせることができるのは、二年ぶりだ。
執務室に戻り、ユーティスと二人になったリリアは気が抜けたのか、ソファに座ったと思った途端、目がとろとろしだして、すぐに眠りに落ちてしまった。
朝も早かったことだろうし、着慣れぬドレスを着て歩き回った疲れと、張り詰めていたものが解けたのだろう。
くうくうと力を抜いて眠るリリアを眺めながら、ユーティスは鬼のような速さで書類仕事をこなした。
そこへ、ドアがノックされエイラスが戻ってきた。
「あれ、寝ちゃってるんですか」
「ああ。だからおまえはもう下がっていい。起きたら俺が部屋まで送っていく」
「いやいや、陛下にそこまでさせるわけには」
「俺の妻だ」
まだ結婚してませんけどね、というエイラスの視線は受け流す。
「俺がリリアの傍にいるときは外していていい」
「はいはい、邪魔はしませんよ。ご用がある時には呼んでください。ところで陛下」
面白くなさそうに言ったあと、エイラスはじっとユーティスを見て、それから小首を傾げた。
「なんだ」
「びっくりしませんでした? リリアの変わりように。俺、めちゃくちゃ驚いたんですけど、よく平然としてましたね」
「知ってたからだ」
こともなげに答える。
「え? 前にもあったんですか」
「違う。あいつは元からああだろう」
肌は化粧などしなくともきめ細やかだし、不意に触れたくなるほど白く滑らかだ。
光が当たるとキラキラとして金に見える薄茶色の髪も細くさらさらとしている。あの三つ編みもいつか己の手でほどいてみたかったから、王宮ではずっとこのような格好なのかと思うとわずかばかり残念な気持ちもある。ほどけた後に緩くウェーブがかかっているのを見てみたかった。
髪と同じ薄茶色の目はどこまでも澄んでいるようで、真っすぐに見つめられるとその向こうまで見えそうで。いつも飽くことなく見ていた。
そんな視線に、リリアは気づいてもいないが。
以前再会したとき、メガネに三つ編み姿になっていたことは驚いたが、リリアの美しさに気が付いた者どもがまとわりつくようになり、煩わしくなったのだろうということは想像に難くなかった。
そのような自衛の手段をとったことに、ほっとしてもいた。
本当の姿など誰にも見せなくてもいい。
リリアがどのような格好をしていても、ユーティスにとっては変わらないから。ユーティスだけが、リリアの愛らしさを知っていればいい。
だがさすがに王宮で過ごすのにいつもの格好というわけにはいかない。
リリアの張り付けた貴族然とした笑みにも、こんな張り付けた顔をさせたいわけではないのに、ともどかしくなった。
リリアに傍にいてほしい。だけどありのままでいてほしい。
それはユーティスが国王である限り、相反する願いとなる。
だからユーティスは決めていた。
リリアを王宮に留まらせるのは今だけ。いずれは――。
「陛下」
再びエイラスに声をかけられ、思考から醒める。
「なんだ」
「リリアの専属護衛を引き受けた時の約束、忘れてませんよね」
エイラスの顔からはその軽さは消えていた。
「当たり前だ。俺から一方的に反故にすることはない」
「ならいいんです。リリアが心から嫌がったら、俺はいつでもリリアを攫って遠くまで逃げますからね。たとえ王宮の騎士たちに阻まれても。あなたを敵に回しても」
ユーティスの瞳とラスの瞳がかち合った。
ラスは普段緩く見せているが、ユーティスはその実力も、性根の真っすぐさも知っている。
「エイラス。おまえをリリアの護衛に選んだのは正しかったようだ。勿論そうはならぬよう、全力を尽くすがな」
「ええ。お互いに」
エイラスはふっと笑って、それから思い出したように「そう言えば」と続けた。
「リリア、自分は期間限定の偽婚約者で、そのうち本物が現れると思ってるっぽいですけど。いいんですか、誤解したままで」
そんなものが現れるわけがないのに。
ユーティスはしれっと応じた。
「俺はあいつに嘘は言っていない。いつもリリアが勝手に誤解しているだけだ。その誤解があったから今回のことも頷いたんだろう。かまわん、そのままにしておけ」
期間限定ならやってやろう。そう思っているのはわかっていた。
いずれは王宮から出してやろうと思っているのは本当だ。リリア一人で、とは言っていないだけで。
「後でこじれるようなことにならないといいんですけどねえ」
「それまでには俺の言葉が信じられるようにしておくさ。今は疑心暗鬼で一つも信じようとしていないからな」
「全部陛下が悪いくせに……」
エイラスは肩をすくめると、言いたいことは言ったとばかりに礼を取り、退室していった。
相変わらず静かに瞼を閉じているリリアを一人眺める。
リリアは何故ユーティスがこれほどまでに執着するのか、まったくわかっていないのだろう。
あの時のことも、きっとロクに覚えていないのに違いない。
あの言葉も、言ってやったらやっと思い出したようだった。
だがリリアもいずれ思い知ることになるだろう。
ユーティスの王妃に代わりなどいるはずがないのだということを。
これから少しずつ、少しずつ――。
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