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「最初にナーシアが婚約者候補としてあがってから、どんな人かと陰ながら見ていた。そして姉に虐げられてもその真っ直ぐさを失わない、明るいナーシアに心を奪われていった」
初めて聞くそんな話に、私はどうしたらいいのかわからず呆然としていた。
「国のためにする婚約で、本当に相手を好きになるとは思っていなかった。だから本当に嬉しくて。ナーシアとの婚約が正式に決まる日を心から楽しみにしていた。なのにジュリエンヌがナーシアの悪評を広め、無理矢理婚約者の座に収まった」
どうりで身に覚えのない悪評が広まっていると思ったら、それもお姉様の仕業だったのか。
確かにお姉様一人がごねたところで陛下まで意見を変えるとも思えない。
だから私を婚約者に据えることができなくなるよう悪評をたてたのだろう。
「そういうことをする人だからね。王命を盾にして無理にナーシアを婚約者にしても、彼女と同じ家で暮らしている限り、辛い目にあうのはナーシアだ。彼女は自分より誰かが幸せだったり、恵まれていたり、求められているなんて許せない。そういう人だろう?」
思わず正直に頷いてしまった。
そこまで考えてくれていたのかと驚く私に、殿下は困ったように眉を下げた。
「だけど私も彼女と同類なんだ。ナーシアを得たい自分のためにあれこれと画策していたんだから」
悪だくみを告白するような言葉だったけれど、そんな言い方をされるとどぎまぎしてしまう。
顔が熱い。
私はごまかすように口早に言った。
「お姉様が何を企んでいたのか、ご存じだったんですか?」
「うん。彼女が『私は王子妃なんかでくすぶってる女じゃないわ。王妃になる女よ』って言ってるのは知ってたよ。だから彼女には国交のために隣国の王太子に嫁いでもらうことにしたんだ。彼女にこの国の王太子である兄を狙われて、これ以上かき回されるのはごめんだったからね」
その言葉に私は目を見開いた。
「悪い男でごめんね。だから最初から全部わかっていて、彼女が自ら婚約を解消するように仕向けたんだ」
「仕向けた、って……」
「最初は彼女に興味がないことを示すために、彼女が欲しがらないものだけを贈った。誕生日だって、花束なんて彼女はいらないだろう? だからナーシアの歳より一つ少ない数の花束を贈った。ナーシアに一輪贈った花と合わせてナーシアの歳の数になるようにね」
「そう……だったんですか?」
花束もお姉様が私に押し付けることを見込んでいたのか。
お姉様も自分の歳の数ではないことには気づいていただろうけれど、そこにそんな意図があるとは考えもしなかったのではないだろうか。
気付いていたなら、もっと私を蹴落とそうとしてきたはずだから。
「彼女が私を無能だ、愚鈍だと言っていることは知ってたよ。望んでもいないのに無理やりそこに収まった人に、何かしてあげたいと思うわけがないのだから、彼女がそう思うのも当然なんだけれどね」
相変わらず笑みを浮かべていたけれど、言っていることはなかなかに辛辣だった。
でもそれを私にはしてくれていたということを考えると、どう反応していいのかわからない。
「彼女の王位を狙えというプレッシャーに応えなかったのは、そもそも私には兄を追い落とすつもりも、王位を継ぐつもりもなかったから聞き入れなかっただけだけれど。結果的にはそれが一番効いたようだ。まあ、愛するナーシアのためだったら本気で考えるけれど」
今、さらりと何か言われた気がする。
遅れて言葉を理解し、ぼっと顔が赤くなる。
「で、殿下、あの……!」
「ふふ。ごめんね。ずっとナーシアが欲しくて、つい君のお姉様を嵌めちゃった」
私はいまだかつて、こんなにも怒る気になれないイタズラな顔を見たことはなかった。
真っ赤になりつつ、呆気にとられつつ、私は必死で口を動かした。
「で、でも、お姉様はお姉様の望んだ通りになったわけですし、やはり謝っていただくことでは――」
そう言いかけた私に、殿下は何故か深い笑みを浮かべた。
――あれ?
「うん。確かに彼女は隣国の王太子に嫁ぐことになっているから、それは彼女の望んだ通りだろうけどね。その先の未来がどうなるかは、まあ、誰にもわからないからね――」
何か含みのある言い方に戸惑う私に、殿下は眉を下げて見せた。
「だから、ごめんね?」
先程と同じイタズラそうな顔。だけどやはりどこかに申し訳なさそうな色がある。
きっと殿下はお姉様に腹を立てている。
けれど優しい殿下は、私が傷つくのではないかと心配してくれているのだと思う。
だから私は、きっぱりと言った。
「いえ。殿下にどんな思惑があったにせよ、ここに至るまでの道を選んできたのはお姉様です。やっぱり殿下が謝ることなんてありません」
「ナーシアがそう言ってくれると、ほっとするよ。ありがとう」
そうして殿下は微笑んだ。
殿下の言葉の意味がわかったのは、それから一か月が経ってのことだった。
初めて聞くそんな話に、私はどうしたらいいのかわからず呆然としていた。
「国のためにする婚約で、本当に相手を好きになるとは思っていなかった。だから本当に嬉しくて。ナーシアとの婚約が正式に決まる日を心から楽しみにしていた。なのにジュリエンヌがナーシアの悪評を広め、無理矢理婚約者の座に収まった」
どうりで身に覚えのない悪評が広まっていると思ったら、それもお姉様の仕業だったのか。
確かにお姉様一人がごねたところで陛下まで意見を変えるとも思えない。
だから私を婚約者に据えることができなくなるよう悪評をたてたのだろう。
「そういうことをする人だからね。王命を盾にして無理にナーシアを婚約者にしても、彼女と同じ家で暮らしている限り、辛い目にあうのはナーシアだ。彼女は自分より誰かが幸せだったり、恵まれていたり、求められているなんて許せない。そういう人だろう?」
思わず正直に頷いてしまった。
そこまで考えてくれていたのかと驚く私に、殿下は困ったように眉を下げた。
「だけど私も彼女と同類なんだ。ナーシアを得たい自分のためにあれこれと画策していたんだから」
悪だくみを告白するような言葉だったけれど、そんな言い方をされるとどぎまぎしてしまう。
顔が熱い。
私はごまかすように口早に言った。
「お姉様が何を企んでいたのか、ご存じだったんですか?」
「うん。彼女が『私は王子妃なんかでくすぶってる女じゃないわ。王妃になる女よ』って言ってるのは知ってたよ。だから彼女には国交のために隣国の王太子に嫁いでもらうことにしたんだ。彼女にこの国の王太子である兄を狙われて、これ以上かき回されるのはごめんだったからね」
その言葉に私は目を見開いた。
「悪い男でごめんね。だから最初から全部わかっていて、彼女が自ら婚約を解消するように仕向けたんだ」
「仕向けた、って……」
「最初は彼女に興味がないことを示すために、彼女が欲しがらないものだけを贈った。誕生日だって、花束なんて彼女はいらないだろう? だからナーシアの歳より一つ少ない数の花束を贈った。ナーシアに一輪贈った花と合わせてナーシアの歳の数になるようにね」
「そう……だったんですか?」
花束もお姉様が私に押し付けることを見込んでいたのか。
お姉様も自分の歳の数ではないことには気づいていただろうけれど、そこにそんな意図があるとは考えもしなかったのではないだろうか。
気付いていたなら、もっと私を蹴落とそうとしてきたはずだから。
「彼女が私を無能だ、愚鈍だと言っていることは知ってたよ。望んでもいないのに無理やりそこに収まった人に、何かしてあげたいと思うわけがないのだから、彼女がそう思うのも当然なんだけれどね」
相変わらず笑みを浮かべていたけれど、言っていることはなかなかに辛辣だった。
でもそれを私にはしてくれていたということを考えると、どう反応していいのかわからない。
「彼女の王位を狙えというプレッシャーに応えなかったのは、そもそも私には兄を追い落とすつもりも、王位を継ぐつもりもなかったから聞き入れなかっただけだけれど。結果的にはそれが一番効いたようだ。まあ、愛するナーシアのためだったら本気で考えるけれど」
今、さらりと何か言われた気がする。
遅れて言葉を理解し、ぼっと顔が赤くなる。
「で、殿下、あの……!」
「ふふ。ごめんね。ずっとナーシアが欲しくて、つい君のお姉様を嵌めちゃった」
私はいまだかつて、こんなにも怒る気になれないイタズラな顔を見たことはなかった。
真っ赤になりつつ、呆気にとられつつ、私は必死で口を動かした。
「で、でも、お姉様はお姉様の望んだ通りになったわけですし、やはり謝っていただくことでは――」
そう言いかけた私に、殿下は何故か深い笑みを浮かべた。
――あれ?
「うん。確かに彼女は隣国の王太子に嫁ぐことになっているから、それは彼女の望んだ通りだろうけどね。その先の未来がどうなるかは、まあ、誰にもわからないからね――」
何か含みのある言い方に戸惑う私に、殿下は眉を下げて見せた。
「だから、ごめんね?」
先程と同じイタズラそうな顔。だけどやはりどこかに申し訳なさそうな色がある。
きっと殿下はお姉様に腹を立てている。
けれど優しい殿下は、私が傷つくのではないかと心配してくれているのだと思う。
だから私は、きっぱりと言った。
「いえ。殿下にどんな思惑があったにせよ、ここに至るまでの道を選んできたのはお姉様です。やっぱり殿下が謝ることなんてありません」
「ナーシアがそう言ってくれると、ほっとするよ。ありがとう」
そうして殿下は微笑んだ。
殿下の言葉の意味がわかったのは、それから一か月が経ってのことだった。
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