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それからの日々は、我がことながらよくわからないことになっていた。
「ナーシア、おはよう。贈り物は届いてるかな?」
朝食を終えてまだ間もない時間だというのに、突然現れたウォルス殿下は私ににこやかな笑みを向けた。
「おはようございます殿下。今朝、薔薇の花束を受け取りました。早速生けさせていただきましたが、あの……」
「ナーシアには赤い薔薇がとてもよく似合うと思ってね」
「あ、ありがとうございます。つぼみが多くありましたので、しばらくの間楽しめそうです。ですから、」
「そう? それなら明日は違う花を贈ろう。スズランはどうかな」
「いえ! ですから殿下、毎日そのような贈り物など、私にはもったいないです。お気遣いいただけるような身ではありませんのに」
お姉様との婚約を解消し、私と新たに婚約を結んでからというもの、殿下はずっとこの調子なのだ。
同じ失敗を繰り返してはならないと思っているのだろうか。毎日贈り物をし、時間さえあれば私を訊ねてくれる。
失礼をしたのはお姉様のほうで、私の中は申し訳なさでいっぱいなのに、さらに胸が痛む。辛い。
「うーん。気遣いね。そういうわけじゃないんだけどな」
「え?」
「これまでできなかったことをしているだけだよ」
やはり、これまでの自分が悪かったと思っておられるのだ。
お姉様の言葉なんて真にうけることはないのに。
「私は殿下にこのようなことをしていただけるような身ではありません。姉のこともどう償えばよいのかまだわからないままですのに」
「そうか。ナーシアにとっては姉の償いと家のために仕方なく婚約するしかなかったんだよね。一人で盛り上がってしまって、ごめんね」
寂しげに言われたそんな言葉に、私は目を見開き慌てて首を振った。
「いえ、違います! 確かにそういった事情もありますが、仕方なくとか、そういったことは……!」
言いながら勝手に顔が熱くなる。
「そう? それならよかった」
ふんわりと微笑まれると、どうしたらいいかわからない。
なのに、殿下はたて続けに言った。
「では、今度ナーシアにドレスを贈ろうと思うのだけれど。受け取ってくれるかな?」
「ドレス?! いえ、あの、――、実は私、殿下にいただいたドレスをたくさん持っているのです。お姉様が、その、サイズが合わないからと私に譲ってくださったので」
さらなる姉の罪を告白するようなものではあったが、良心がこらえきれずにクローゼットを開けて見せた。
「ああ、やはり改めて見るとどれもナーシアに似合うね」
「え?」
「最初から、ナーシアに似合うと思って贈ったものだから」
その言葉に、私はきょとんとして殿下の顔を見た。
殿下は柔らかく微笑む。
「ジュリエンヌはいつもナーシアのものを奪っていただろう? 新しいものも買わせず、舞踏会にも出させず」
「まさか、そのことに気付いていて、わざと?」
私がドレスを着られるように?
殿下に贈られたドレスをお姉様が気に入らなければ、私に押し付けることは容易に想像がつく。
そうなれば、お姉様は『サイズが合わなかったから仕方なく』という体面を保つためにそのドレスを着た私を舞踏会に出席させると考えたのだろう。
「殿下が私のためにそこまで考えてくださっていたなんて。ありがとうございます」
お父様もお母様も、誰も彼もがお姉様の言いなり。
自分の都合のいいように事実さえも捻じ曲げるお姉様に私が口で勝てるはずもなく、大人しく諦めてばかりいた。
そんな私に気付いてくれている人がいたなんて。
思わず涙がにじんだ私に、殿下は指を伸ばしてそれを拭ってくれた。
「違うんだ。私のためにしたことだったんだよ」
「え?」
少しだけ困った顔で、殿下は言った。
「私がナーシアに会いたかっただけなんだ」
その言葉に私は固まり、困惑した。
殿下が、私に? 婚約者でもないのに?
「私は最初からナーシアと結婚するつもりだったんだよ」
殿下もお姉様に負けず劣らず唐突に爆弾を投下する人だった。
「ナーシア、おはよう。贈り物は届いてるかな?」
朝食を終えてまだ間もない時間だというのに、突然現れたウォルス殿下は私ににこやかな笑みを向けた。
「おはようございます殿下。今朝、薔薇の花束を受け取りました。早速生けさせていただきましたが、あの……」
「ナーシアには赤い薔薇がとてもよく似合うと思ってね」
「あ、ありがとうございます。つぼみが多くありましたので、しばらくの間楽しめそうです。ですから、」
「そう? それなら明日は違う花を贈ろう。スズランはどうかな」
「いえ! ですから殿下、毎日そのような贈り物など、私にはもったいないです。お気遣いいただけるような身ではありませんのに」
お姉様との婚約を解消し、私と新たに婚約を結んでからというもの、殿下はずっとこの調子なのだ。
同じ失敗を繰り返してはならないと思っているのだろうか。毎日贈り物をし、時間さえあれば私を訊ねてくれる。
失礼をしたのはお姉様のほうで、私の中は申し訳なさでいっぱいなのに、さらに胸が痛む。辛い。
「うーん。気遣いね。そういうわけじゃないんだけどな」
「え?」
「これまでできなかったことをしているだけだよ」
やはり、これまでの自分が悪かったと思っておられるのだ。
お姉様の言葉なんて真にうけることはないのに。
「私は殿下にこのようなことをしていただけるような身ではありません。姉のこともどう償えばよいのかまだわからないままですのに」
「そうか。ナーシアにとっては姉の償いと家のために仕方なく婚約するしかなかったんだよね。一人で盛り上がってしまって、ごめんね」
寂しげに言われたそんな言葉に、私は目を見開き慌てて首を振った。
「いえ、違います! 確かにそういった事情もありますが、仕方なくとか、そういったことは……!」
言いながら勝手に顔が熱くなる。
「そう? それならよかった」
ふんわりと微笑まれると、どうしたらいいかわからない。
なのに、殿下はたて続けに言った。
「では、今度ナーシアにドレスを贈ろうと思うのだけれど。受け取ってくれるかな?」
「ドレス?! いえ、あの、――、実は私、殿下にいただいたドレスをたくさん持っているのです。お姉様が、その、サイズが合わないからと私に譲ってくださったので」
さらなる姉の罪を告白するようなものではあったが、良心がこらえきれずにクローゼットを開けて見せた。
「ああ、やはり改めて見るとどれもナーシアに似合うね」
「え?」
「最初から、ナーシアに似合うと思って贈ったものだから」
その言葉に、私はきょとんとして殿下の顔を見た。
殿下は柔らかく微笑む。
「ジュリエンヌはいつもナーシアのものを奪っていただろう? 新しいものも買わせず、舞踏会にも出させず」
「まさか、そのことに気付いていて、わざと?」
私がドレスを着られるように?
殿下に贈られたドレスをお姉様が気に入らなければ、私に押し付けることは容易に想像がつく。
そうなれば、お姉様は『サイズが合わなかったから仕方なく』という体面を保つためにそのドレスを着た私を舞踏会に出席させると考えたのだろう。
「殿下が私のためにそこまで考えてくださっていたなんて。ありがとうございます」
お父様もお母様も、誰も彼もがお姉様の言いなり。
自分の都合のいいように事実さえも捻じ曲げるお姉様に私が口で勝てるはずもなく、大人しく諦めてばかりいた。
そんな私に気付いてくれている人がいたなんて。
思わず涙がにじんだ私に、殿下は指を伸ばしてそれを拭ってくれた。
「違うんだ。私のためにしたことだったんだよ」
「え?」
少しだけ困った顔で、殿下は言った。
「私がナーシアに会いたかっただけなんだ」
その言葉に私は固まり、困惑した。
殿下が、私に? 婚約者でもないのに?
「私は最初からナーシアと結婚するつもりだったんだよ」
殿下もお姉様に負けず劣らず唐突に爆弾を投下する人だった。
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