無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲

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「私って、家柄も容姿もいいし、何をさせても優秀で? 非の打ち所がないというか、完璧じゃないですか」

「そうだねえ」

「けれど殿下は女心もわからないし、向上心もない。せっかく役に立つ私が傍にいても、何の意味もないじゃありませんか」

「ははは。それはごめんね?」

「ですから、私にはもっとふさわしい人が……、いえ間違えましたわ。殿下にはそれなりの、もっとふさわしい人がいると思いますので、私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」

 上目遣いで人差し指を顎にあて、とても頭がいいとは思えない仕草でそう言ってのけたお姉様には呆然とするしかなかった。
 彼女は私の姉、ジュリエンヌ=スウェント。
 その婚約者というのが第二王子ウォルス殿下なのだけれど。

「なるほど、そうですか。私のためを考えてくださってありがとうございます」

 当の本人である彼は、ふわりと笑んでそう答えた。
 それには当事者ではないのに何故かお姉様の隣に座らされていた私の方が慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 殿下、そんな簡単に……。いえ、そもそもお姉様、いきなりなんてことを――!」

 お姉様はいつも勝手だ。
 私のものはお姉様のもの、お姉様のものはお姉様のものと言って何でも奪っては、飽きて捨てるの繰り返し。
 殿下のこともそう。
 元は年頃のあう私との婚約をとお話をいただいていたのに、三つ年上のお姉様が「王家に嫁ぐのにふさわしいのはこのわたくしですわ!」と言ってお父様におねだりし、陛下に媚びをうってその座を奪ったのに。

 ご機嫌だったのは最初だけで、誕生日なのに薔薇の花束しかくれないとか、舞踏会のたびにドレスを贈ってくれるけど趣味が合わないとか、そんな文句ばかり。

 そんなことを何も知らないウォルス殿下は、いきなり我が家のティールームに呼びつけられ、こんな話を聞かされているというのに、にこやかな顔を崩しもせず、私の焦りの百分の一も見えない。
 そして私の抱く申し訳なさの千分の一の片鱗も見せないのがお姉様である。

「前々から考えていたの。私が隣にいたら殿下がよりいっそう霞んじゃうじゃない?」

 ウォルス殿下は艶やかな黒髪に、柔和な茶色の瞳。肌は透き通るように白く、立ち姿は優雅でありながらも見る人を和ませる柔らかな空気を持っている。
 確かにお姉様は社交界一と言われるくらいに美しいけれど、ツンとした印象のお姉様とは正反対なだけであって、決して見劣りなんてするわけがない。

「お姉様、何をおっしゃるのです?! 殿下ほど容姿の整った方などそうおられませんわ」

「まあ、比較的ね。だから私もずっと我慢してたんだけれど。それだけなんだもの」

「それだけ、って……」

 私は絶句した。
 だけどどんなに真綿に包んでも、それがお姉様の本音なのだ。

 お姉様は王太子妃になり、いずれは王妃となり、今よりもっと我儘放題がしたかっただけなのだ。
 そもそもウォルス殿下は兄である第一王子との仲も良く、王位継承は望まない、兄を支えていくと宣言していた。
 それを己の欲望でウォルス殿下を動かそうと「次期国王になるつもりはありませんの?」「もっと本気をお出しになって」とぐいぐい押し続け躍起になっていた。
 聞き入れられないとみるや、無能、愚鈍と愚痴ばかり。
 それが大人しくなったと思ったら、陰で婚約解消を企んでいたということなのだろう。

「殿下はいつもお姉様を気遣ってくださっていたわ。お姉様だって知っているでしょう」

「ナーシア。優しさでは生きていけないのよ」

 大事なことを言い聞かせるように大真面目な顔で言われれば、返す言葉はなかった。
 きっとお姉様には私の言葉は通じない。
 婚約者として誰よりも殿下の傍にいたのに、その優しさも、気遣いもお姉様にとっては意味のないものだったのだ。
 歯がゆかった。
 それをはたから見ていた私にとっては、とても。

 しかしお姉様の爆弾はそれでは終わらなかった。

「だからね、陛下にお話したの。私よりもナーシアの方がウォルス殿下の婚約者にふさわしい、って。陛下も受け入れてくださって、私は新たな責務を負うことになったの」

「え? 私が代わりに、って……、お姉様の新たな責務って」

「私、ついに王太子妃になるの。隣国のね」

「はああああああ????」

 思わず地から響くような野太い声が出てしまった私に、ウォルス殿下は「ははははは、ナーシア面白い」と笑った。
 いや、笑ってる場合じゃありませんて、当の本人!

 自分のことなのに、婚約者にさんざんに言われたというのに、どうしてこんなにも平然としているのだろう。
 王子だからこそそんな内心を隠すのもうまいだけなのだろうか。

「それでは、お話は終わりましたのでこれで失礼いたします」

 私が呆気にとられているうちに、お姉様はあっさりとそう言って出て行ってしまった。
 ウォルス殿下と二人取り残された私は、慌てて深く頭を下げた。

「殿下、姉が失礼をしまして申し訳ありませんでした。私が謝って済む話ではないことは承知しておりますが」

「謝ることはないよ。なるべくしてなっただけのことなんだから」

「そんな……! お姉様は殿下をよく見ていないから、知らないだけなのです! 殿下はあのように言われていい人ではありません!」

「ありがとう。ナーシアがわかってくれていれば、私はそれでいいんだよ」

 殿下はたった今、ただの一貴族に一方的に婚約破棄を伝えられたというのに平然と、そして本当に心からにこやかに笑ったのだ。

「やっと、自由になったんだ」

 あれ?
 それは、お姉様のこと?
 それとも、殿下のこと――?
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