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第五章 魔王、帰る
7.新しい約束
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セレシアがクライアの背中を押して行こうとしたその時。
ラースが声を上げた。
「俺も行く」
あっさりと、何でもないことのように告げられ、珠美は思わず訊き返した。
「行くって……、どこに?」
「珠美があちらの世界に帰るなら、俺も行く。契約期間はまだ終わってない。まだロクに仕事もしていない」
「そんなの無理だよ! ラースがあっちの世界で暮らせるわけない。獣人なんていないんだよ。私が住んでる国はモンテーナよりももっと平和で、武器なんて持ってたら捕まっちゃうの。剣を振り回すことなんてできないんだよ」
「耳も尾も隠せばいい。剣などなくとも生活はできる」
あっけらかんと言ったが、その目はまっすぐで、冗談を言っているのではないことはわかった。
「そんな……、そんな息苦しい思いさせられないよ! ラースが好きだから!」
気づけばどさくさ紛れに本音を告げていた。
けれど取り消したりはしない。
これで最後になるかもしれないのだから恥ずかしさなんてどうだってよかった。
ラースの真剣な目は揺らがなかった。
「俺も珠美が好きだ。だから傍にいさせてほしい。ダメか?」
そんな風に首を傾げられたら、顔がくしゃくしゃになってしまう。
珠美は思わず顔を覆った。
ダメなわけがない。
滅茶苦茶に嬉しい。
受験に受かった時よりも、就職が決まったときよりも。
こんなに胸が張り裂けそうな想いなど、味わったことがなかった。
そっと近づいたラースが、珠美の腕を掴み、どけた。
そこに現れた真っ赤な顔で涙ぐむ珠美に、ラースは少しだけ笑って、その額に唇を落とした。
「護衛だからとか。契約期間がどうのとか。そんなのはただの言い訳だ」
――俺はもう、おまえがいないとダメなようだ。
耳元でそう呟かれて、珠美はきつく抱きしめられた。
ラースの温もりに包まれている時が一番安心できた。
夜眠りにつくときも、朝目覚めたときも。
そこにラースの温もりがあることを感じると、ほっと心が和らいだ。
それなのに、こうして力強く抱きしめられると顔が熱くなるし、胸がうるさく鳴るし、自分で自分を制御できなくなる。
大きな安心と、冷ませない熱を同時にくれるのは、ラースだけだ。
いつの間にかラースは、珠美にとって一番大切な人になっていた。
全てを投げ捨ててでも、一緒にいたい。
けれど周りに迷惑をかけるわけにはいかない。
大切だからこそラースに本来の自分を隠すような生き辛い暮らしなどさせたくはない。
そんな理性でも抑えられない感情が溢れ、涙が零れた。
「あの、さ……」
抱き合う二人に遠慮するように割り入ったのはクライアだった。
「タマミが一度日本に帰って、またこっちに戻ってくればいいんじゃない?」
「え。そんなことできるの?」
驚きに涙が止まった。
「うん。だって道は繋がってるし。いつでも行き来できるよ」
「早く言ってよ!!」
泣き損だ。
完全に涙は引っ込んだ。
「でも時間の流れが違うことは変わらない。あっちでのんびり過ごしてると、こっちにいる人間はあっという間に死んでるよ」
その言葉に、珠美はぞっとした。
「うん……。すぐに帰ってくる」
「本当にいいのか、珠美。こっちで暮らせば、あちらの親戚という人たちの年を追い越してしまうことになるぞ。帰ってもあちらではたいして時間は進んでいない。珠美だけがどんどん年を取るんだ」
「うん、いい。あっちに行ってる間にラースが死んじゃってる方が怖い」
うかがうように顔を覗き込んだラースに、珠美は笑ってみせた。
「元々あっちの世界にそれほど未練があるわけじゃない。ただいろんなしがらみとか、責任を感じてただけだから。心配はかけないようにきちんといなくなる準備ができるなら、それでいい」
数か月前にラースに何故戻らなければならないのかと聞かれたときとは違って、はっきりとこの世界でラースと暮らしたいとは願った。
それでも、言葉ほど簡単に割り切れるものでもない。
十八年も暮らした世界だ。
馴染んだ世界だ。
簡単に捨てられるわけではない。
でも寂しくなったらこっそり会いに行けばいいし、手紙なら年齢の経過も感じさせずにやり取りできる。
方法なんていくらだってある。
ラースは微笑んだ珠美の頬を両手で包み、切なげに見つめた。
「すまない。珠美にばかり犠牲を強いるようで」
「ううん、違う。私はこの世界でたくさんのものを手に入れたよ。この先もきっとそう。得るものがあれば失うものもある。それだけのことだよ」
「本当におまえは大人だな」
少しだけ苦く笑って、ラースは珠美の涙の跡を親指で優しく拭った。
「珠美に寂しい思いはさせない。失ったものの分、俺が埋めると誓おう」
「ラースがいるなら、寂しくないよ。だからずっと傍にいて」
珠美がラースの背中をぎゅっと握ると、同じだけの力が返された。
いや、それよりももっと強く。
一年間だけだった契約は、破棄された。
そして二人は新たな約束を交わした。
ラースが声を上げた。
「俺も行く」
あっさりと、何でもないことのように告げられ、珠美は思わず訊き返した。
「行くって……、どこに?」
「珠美があちらの世界に帰るなら、俺も行く。契約期間はまだ終わってない。まだロクに仕事もしていない」
「そんなの無理だよ! ラースがあっちの世界で暮らせるわけない。獣人なんていないんだよ。私が住んでる国はモンテーナよりももっと平和で、武器なんて持ってたら捕まっちゃうの。剣を振り回すことなんてできないんだよ」
「耳も尾も隠せばいい。剣などなくとも生活はできる」
あっけらかんと言ったが、その目はまっすぐで、冗談を言っているのではないことはわかった。
「そんな……、そんな息苦しい思いさせられないよ! ラースが好きだから!」
気づけばどさくさ紛れに本音を告げていた。
けれど取り消したりはしない。
これで最後になるかもしれないのだから恥ずかしさなんてどうだってよかった。
ラースの真剣な目は揺らがなかった。
「俺も珠美が好きだ。だから傍にいさせてほしい。ダメか?」
そんな風に首を傾げられたら、顔がくしゃくしゃになってしまう。
珠美は思わず顔を覆った。
ダメなわけがない。
滅茶苦茶に嬉しい。
受験に受かった時よりも、就職が決まったときよりも。
こんなに胸が張り裂けそうな想いなど、味わったことがなかった。
そっと近づいたラースが、珠美の腕を掴み、どけた。
そこに現れた真っ赤な顔で涙ぐむ珠美に、ラースは少しだけ笑って、その額に唇を落とした。
「護衛だからとか。契約期間がどうのとか。そんなのはただの言い訳だ」
――俺はもう、おまえがいないとダメなようだ。
耳元でそう呟かれて、珠美はきつく抱きしめられた。
ラースの温もりに包まれている時が一番安心できた。
夜眠りにつくときも、朝目覚めたときも。
そこにラースの温もりがあることを感じると、ほっと心が和らいだ。
それなのに、こうして力強く抱きしめられると顔が熱くなるし、胸がうるさく鳴るし、自分で自分を制御できなくなる。
大きな安心と、冷ませない熱を同時にくれるのは、ラースだけだ。
いつの間にかラースは、珠美にとって一番大切な人になっていた。
全てを投げ捨ててでも、一緒にいたい。
けれど周りに迷惑をかけるわけにはいかない。
大切だからこそラースに本来の自分を隠すような生き辛い暮らしなどさせたくはない。
そんな理性でも抑えられない感情が溢れ、涙が零れた。
「あの、さ……」
抱き合う二人に遠慮するように割り入ったのはクライアだった。
「タマミが一度日本に帰って、またこっちに戻ってくればいいんじゃない?」
「え。そんなことできるの?」
驚きに涙が止まった。
「うん。だって道は繋がってるし。いつでも行き来できるよ」
「早く言ってよ!!」
泣き損だ。
完全に涙は引っ込んだ。
「でも時間の流れが違うことは変わらない。あっちでのんびり過ごしてると、こっちにいる人間はあっという間に死んでるよ」
その言葉に、珠美はぞっとした。
「うん……。すぐに帰ってくる」
「本当にいいのか、珠美。こっちで暮らせば、あちらの親戚という人たちの年を追い越してしまうことになるぞ。帰ってもあちらではたいして時間は進んでいない。珠美だけがどんどん年を取るんだ」
「うん、いい。あっちに行ってる間にラースが死んじゃってる方が怖い」
うかがうように顔を覗き込んだラースに、珠美は笑ってみせた。
「元々あっちの世界にそれほど未練があるわけじゃない。ただいろんなしがらみとか、責任を感じてただけだから。心配はかけないようにきちんといなくなる準備ができるなら、それでいい」
数か月前にラースに何故戻らなければならないのかと聞かれたときとは違って、はっきりとこの世界でラースと暮らしたいとは願った。
それでも、言葉ほど簡単に割り切れるものでもない。
十八年も暮らした世界だ。
馴染んだ世界だ。
簡単に捨てられるわけではない。
でも寂しくなったらこっそり会いに行けばいいし、手紙なら年齢の経過も感じさせずにやり取りできる。
方法なんていくらだってある。
ラースは微笑んだ珠美の頬を両手で包み、切なげに見つめた。
「すまない。珠美にばかり犠牲を強いるようで」
「ううん、違う。私はこの世界でたくさんのものを手に入れたよ。この先もきっとそう。得るものがあれば失うものもある。それだけのことだよ」
「本当におまえは大人だな」
少しだけ苦く笑って、ラースは珠美の涙の跡を親指で優しく拭った。
「珠美に寂しい思いはさせない。失ったものの分、俺が埋めると誓おう」
「ラースがいるなら、寂しくないよ。だからずっと傍にいて」
珠美がラースの背中をぎゅっと握ると、同じだけの力が返された。
いや、それよりももっと強く。
一年間だけだった契約は、破棄された。
そして二人は新たな約束を交わした。
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