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第五章 魔王、帰る
5.魔王の帰還
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執務室でセレシアと今後について話をしているときのことだった。
コンコン、とノックの音に応じると顔を出したのは猫耳のロロだった。
「急ぎお伝えいたします。ただいま兄弟から連絡がありまして、クライア様がご帰還なされたそうです」
その言葉に、二人の動きは止まった。
互いに顔を見合わせ、それからセレシアはガタンと音を立てて勢いよく立ち上がった。
そして。
「クライアさまあああああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一目散に駆けだした。
珠美はソファでダガーを手入れしていたラースと共に呆気にとられ、それからはっとして後を追いかけた。
何故クライアが?
まだ約束の期限まで三か月もあるというのに。
小走りに城の入り口へと向かうと、ちょうどクライアが姿を現したところだった。
セレシアがぱっと顔を明るませ、それからすぐに不思議そうに歪んだ。
「クラ――! ……、クライア様?」
白地に蛍光ピンクと蛍光緑のペンキをぶちまけたようなTシャツに、ダメージすぎるジーンズ姿のクライアを、セレシアは上から下までまじまじと眺めた。
「ただいまー、セレシア」
その声を聞き、セレシアは呪縛が解けたように再び動き出す。
「クライア様! お帰りなさいませ! けれどもその格好はいかがなさったのです?」
「あ、これ? あっちの世界でお世話になった人がくれたんだよね」
「へ、へえ、個性的な格好ですのね」
「うんそう、格好いいでしょ?」
「……個性的ですわね」
二回繰り返した。
他に言える言葉がなかったのだろう。
すっかりクライアのペースに巻き込まれていたセレシアだったが、はっと息を呑み、次の瞬間には頬を膨らませ、クライアをきっと睨み上げていた。
「クライア様?! 一体何故私に黙って異世界になど行かれたのです?」
「ああ、うん、ごめんね。次代の魔王になってくれる人を探したかったんだよ」
「それは何故です? クライア様と私の子ではいけませんの?」
詰め寄ると、クライアは困ったように首を振った。
「僕はセレシアとは結婚できないんだ」
その言葉に、セレシアの双眸から一気に涙が溢れてこぼれた。
「どうして今さら、そんなことを――」
「ごめんね。でもセレシアには幸せになって欲しいんだよ」
「だったらクライア様がいいです! 私はクライア様としか結婚などしたくありません。ですから私を幸せにしてくださいませ、クライア様」
ぽろぽろと涙を零しながら、セレシアはクライアの胸に縋りついた。
クライアは手をさまよわせて、セレシアの肩に置いた。
「あのう――」
とても割り込める雰囲気ではなかった。
だが、勇気を出してなんとか割り入ったのは珠美だ。
「うん?」
顔だけを振り向かせたクライアに、邪魔したことが申し訳なくなりながらも言葉を挟む。
「セレシアと結婚できないのは、魔王が代々短命だと気づいたから?」
今度はクライアが息を呑んだ。
「――気づいてたんだね、タマミ」
魔法を使えば寿命が縮むかもしれないなどということは説明もせずにこの世界に落としたことを、後ろめたく思っているのだろう。
説明が足りていないのはそこだけじゃないんだけどね! と言いたかったが、珠美はそれをなんとか横に置いた。
「うん。だけどゼノンといろいろ実験した結果、魔法の使い方を変えれば寿命には関わらなくなると思う」
そう告げればクライアは驚きに目をみはり、セレシアは「あ、そうでした」とけろりと顔を上げた。
「ええ? ええ? そんな方法、あったの?」
「そうでしたわ、クライア様。タマ様のやり方でしたら、負担にならないのですって!」
「イメージではなく、具体的に手順に落とし込んで実行するの。後で詳細なやり方は教えるけど、紙に書き出して整理すると早いかな」
クライアはぱくぱくと口を開けたり閉じたりしながら珠美の話を聞き、それから笑って脱力した。
「なあんだあ。じゃあ、次の魔王を探しに行くことなんてなかったんだね。僕はてっきり、僕ももういつ死ぬかわからないから、手っ取り早く次代を探さなきゃと思って。ああでも、タマミが魔王代理としてこの世界に来たからわかったことだし、あながち間違いでもなかったのかも」
一人「なあんだあ」と明るく笑うクライアに、にこりと笑みを張り付けたセレシアが「クライア様?」と割って入った。
「一つお聞きしたかったのですけれど、まさかついでに伴侶となる方を探そうだなんて思ってませんでしたわよね? まさかね? そうすればいつクライア様が亡くなっても異世界から連れて来た方が魔王になれるし、子が育てばまたその血は色濃く……とか」
「え」
「え。って何ですの」
「いや、あの、えーと」
「考えてたってことですわね……? 考えていらっしゃいましたのね……?? このわたくしという者がありながら……」
セレシアの背後に怒りの青い炎が揺らいで見えるようだった。
しかしクライアはヒートアップするセレシアを見つめ、それから力なく苦笑した。
「いや、うん。考えはしたんだ。その方がこの国にとっていいと。だけど、やっぱり他の人をお嫁さんになんて、思えなかったよ」
そう答えれば、セレシアの周りにぱっと花が咲いたように見えた。
怒りはあっさりと霧散し、きらきらとした目をクライアに向ける。
「クライア様……。それは、私としか結婚は考えられなかった、と?」
「うん。そうだね」
てらいもなく答えたクライアに、セレシアは秒速で抱きついた。
「クライア様!! 好き!! 今すぐ結婚して!!」
「ははは。とりあえずタマミと話をさせてもらってもいいかな」
そうだった、というようにセレシアは我に返り、クライアから剥がれた。
身軽になったクライアは、改めて珠美に向き直った。
「やあ、タマミ。これまでありがとう。緊急事態だ、今すぐに日本に帰るといいよ」
は? と目を丸くした珠美にクライアは告げた。
「向こうでタマミの親戚だっていうオジサンとオバサンが、すごく心配してるよ。明日にはケーサツに届けを出すって言ってた」
コンコン、とノックの音に応じると顔を出したのは猫耳のロロだった。
「急ぎお伝えいたします。ただいま兄弟から連絡がありまして、クライア様がご帰還なされたそうです」
その言葉に、二人の動きは止まった。
互いに顔を見合わせ、それからセレシアはガタンと音を立てて勢いよく立ち上がった。
そして。
「クライアさまあああああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一目散に駆けだした。
珠美はソファでダガーを手入れしていたラースと共に呆気にとられ、それからはっとして後を追いかけた。
何故クライアが?
まだ約束の期限まで三か月もあるというのに。
小走りに城の入り口へと向かうと、ちょうどクライアが姿を現したところだった。
セレシアがぱっと顔を明るませ、それからすぐに不思議そうに歪んだ。
「クラ――! ……、クライア様?」
白地に蛍光ピンクと蛍光緑のペンキをぶちまけたようなTシャツに、ダメージすぎるジーンズ姿のクライアを、セレシアは上から下までまじまじと眺めた。
「ただいまー、セレシア」
その声を聞き、セレシアは呪縛が解けたように再び動き出す。
「クライア様! お帰りなさいませ! けれどもその格好はいかがなさったのです?」
「あ、これ? あっちの世界でお世話になった人がくれたんだよね」
「へ、へえ、個性的な格好ですのね」
「うんそう、格好いいでしょ?」
「……個性的ですわね」
二回繰り返した。
他に言える言葉がなかったのだろう。
すっかりクライアのペースに巻き込まれていたセレシアだったが、はっと息を呑み、次の瞬間には頬を膨らませ、クライアをきっと睨み上げていた。
「クライア様?! 一体何故私に黙って異世界になど行かれたのです?」
「ああ、うん、ごめんね。次代の魔王になってくれる人を探したかったんだよ」
「それは何故です? クライア様と私の子ではいけませんの?」
詰め寄ると、クライアは困ったように首を振った。
「僕はセレシアとは結婚できないんだ」
その言葉に、セレシアの双眸から一気に涙が溢れてこぼれた。
「どうして今さら、そんなことを――」
「ごめんね。でもセレシアには幸せになって欲しいんだよ」
「だったらクライア様がいいです! 私はクライア様としか結婚などしたくありません。ですから私を幸せにしてくださいませ、クライア様」
ぽろぽろと涙を零しながら、セレシアはクライアの胸に縋りついた。
クライアは手をさまよわせて、セレシアの肩に置いた。
「あのう――」
とても割り込める雰囲気ではなかった。
だが、勇気を出してなんとか割り入ったのは珠美だ。
「うん?」
顔だけを振り向かせたクライアに、邪魔したことが申し訳なくなりながらも言葉を挟む。
「セレシアと結婚できないのは、魔王が代々短命だと気づいたから?」
今度はクライアが息を呑んだ。
「――気づいてたんだね、タマミ」
魔法を使えば寿命が縮むかもしれないなどということは説明もせずにこの世界に落としたことを、後ろめたく思っているのだろう。
説明が足りていないのはそこだけじゃないんだけどね! と言いたかったが、珠美はそれをなんとか横に置いた。
「うん。だけどゼノンといろいろ実験した結果、魔法の使い方を変えれば寿命には関わらなくなると思う」
そう告げればクライアは驚きに目をみはり、セレシアは「あ、そうでした」とけろりと顔を上げた。
「ええ? ええ? そんな方法、あったの?」
「そうでしたわ、クライア様。タマ様のやり方でしたら、負担にならないのですって!」
「イメージではなく、具体的に手順に落とし込んで実行するの。後で詳細なやり方は教えるけど、紙に書き出して整理すると早いかな」
クライアはぱくぱくと口を開けたり閉じたりしながら珠美の話を聞き、それから笑って脱力した。
「なあんだあ。じゃあ、次の魔王を探しに行くことなんてなかったんだね。僕はてっきり、僕ももういつ死ぬかわからないから、手っ取り早く次代を探さなきゃと思って。ああでも、タマミが魔王代理としてこの世界に来たからわかったことだし、あながち間違いでもなかったのかも」
一人「なあんだあ」と明るく笑うクライアに、にこりと笑みを張り付けたセレシアが「クライア様?」と割って入った。
「一つお聞きしたかったのですけれど、まさかついでに伴侶となる方を探そうだなんて思ってませんでしたわよね? まさかね? そうすればいつクライア様が亡くなっても異世界から連れて来た方が魔王になれるし、子が育てばまたその血は色濃く……とか」
「え」
「え。って何ですの」
「いや、あの、えーと」
「考えてたってことですわね……? 考えていらっしゃいましたのね……?? このわたくしという者がありながら……」
セレシアの背後に怒りの青い炎が揺らいで見えるようだった。
しかしクライアはヒートアップするセレシアを見つめ、それから力なく苦笑した。
「いや、うん。考えはしたんだ。その方がこの国にとっていいと。だけど、やっぱり他の人をお嫁さんになんて、思えなかったよ」
そう答えれば、セレシアの周りにぱっと花が咲いたように見えた。
怒りはあっさりと霧散し、きらきらとした目をクライアに向ける。
「クライア様……。それは、私としか結婚は考えられなかった、と?」
「うん。そうだね」
てらいもなく答えたクライアに、セレシアは秒速で抱きついた。
「クライア様!! 好き!! 今すぐ結婚して!!」
「ははは。とりあえずタマミと話をさせてもらってもいいかな」
そうだった、というようにセレシアは我に返り、クライアから剥がれた。
身軽になったクライアは、改めて珠美に向き直った。
「やあ、タマミ。これまでありがとう。緊急事態だ、今すぐに日本に帰るといいよ」
は? と目を丸くした珠美にクライアは告げた。
「向こうでタマミの親戚だっていうオジサンとオバサンが、すごく心配してるよ。明日にはケーサツに届けを出すって言ってた」
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