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第四章 魔王、旅に出る

5.本物の国王と過去との再会

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「遠いところをよくおいでくださった、魔王タマミ殿」

 通されたのは豪華な応接室といったところで、玉座があるような仰々しい場ではなく珠美はほっと安心していた。
 扉の外にも中にも二人ずつ見張りが立っているが、気にならないほどに気配を消している。

「本日はお時間をいただき、ありがたく存じます」

 ラースに教わったサンジェストの最敬礼をとった珠美に、国王グラウス=サンジェストは鷹揚に頷いた。
 褐色の肌で口元には豊かな黒い髭をたくわえており、頭には白いターバンを巻いている。
 町の人たちはターバンをしていなかったから、この国では王族だけがするものなのかもしれない。
 グラウスは顔を上げた珠美に好々爺の笑みを浮かべた。

「互いに同等な国王同士じゃ。気楽に話すとしませんか。儂はかしこまった場が苦手でしてなあ。お許しいただけますかな?」

「ええ、勿論です」

 少々困惑しながらもそう返せばグラウスは立ち上がり、珠美に手を差し出した。
 これはケアルン族の族長に浴びせられたあの最後に手を放る握手だろうか。それともサンジェストはまた違うのだろうか。
 他国のことはクライアの知識にほとんどない。
 ラースに聞いておけばよかったと後悔しながら、珠美は同じように手を差し出した。
 そして握られたかと思うとぐいっと体を引っ張られ、右の肩に乗せられた。

「ええ??」

 何故?
 何故肩乗せ?

 珠美は鳥か? 猿か? 孫なのか?
 確かに十歳の姿ではあるが、初対面でこのようなことになるとは思ってもいなかった。しかも相手は国王だ。

 当惑する珠美を、ラースは諦めきったような顔で見ている。
 その顔を見ればとりあえず危険はないとわかるものの、珠美は恐れ多くてしがみつくこともできず、ひたすらグラウスの肩の上で必死にバランスをとっていた。

「む。やはりラースのようにはいかんか。儂もやりたかったんじゃがのう。肩乗せ魔王」

 ――ええ……?

 珠美はわずかに身を引きながら、少々つまらなそうに言ったグラウスを見下ろした。
 ラースの呆れきったようなため息が、いやに大きく響き渡る。

「やはり空から見ておいででしたか。相変わらず趣味が悪い」

「当たり前じゃろうが。異質な気配がこの国に入り込んできたらひとまず見に行くじゃろう? 敵かもしれんし、客かもしれんし、面白いかもしれんし」

「はいはいはい、面白い客でようござんしたね。ついでに敵もおりましたしね」

「おお。タマミは面白いな。見ていて飽きんかったぞ。ついつい応援してしまったわい。まさかあんなにいとも簡単にディザーナ准尉を捕縛するとはなあ。血沸き肉躍ったわい」

 何の話をしているのだろう、と珠美は話についていけずに大混乱に陥り、眉をぐにゃぐにゃに歪めた。
 慣れぬ人の肩の上にいるのだから落ち着いて考えられるわけもない。

 そんな珠美の様子に気が付いたラースが、説明してくれた。

「この人は鷹の姿に変じられるんだよ。それで城を抜け出してはあっちこっち飛び回ってる」

「見回りと言ってくれい」

「港に降り立ったときから鳴き声がしてたから、そうだろうなとは思ってたんだが」

 そう言えば、海で聞く鳥の鳴き声といえばピーヒョロロとかミャアミャアとかだが、ピュウイという鳴き声を何度か聞いた気がした。
 あちらの世界とは生態も違うのだから、そんな海鳥もいるのだろうと気に留めていなかったのだが。
 あれが国王だったのなら、鷹の獣人なのだろう。
 しかしそんな最初の頃から見られていたと思うと気まずい。

 そしてラースが国王をこの人呼ばわりすることに驚いた。
 入る前の一言から、よく知っているのだろうとは思ったが。
 対して珠美はまだ、グラウスとどう接したらいいものやら掴めなかった。

「まあおかげで厄介だったディザーナも捕らえてもらいましたしのお。タマミ殿には感謝じゃ。感謝なんじゃが……」

 にこにこと、というか楽しそうに言われた後、ちらりと肩の上の珠美の様子を窺うように見上げられ、珠美はびくりと戸惑った。

「儂もタマと呼んでいいかの?」

「はぇ?! あ、いえ、あの、ど、どうぞお好きに」

 急なかわいらしいお願いに変な声が出てしまった。
 戸惑う珠美には構わず、グラウスは「ではタマ、改めてよろしくのう」とにこにこと笑い、やっと肩から下ろしてくれた。
 満足したらしい。

 珠美は思わず、ラースの斜め後ろにすすすっと距離をとった。露骨に隠れるわけにはいかない。体半分は出ている。

「ああ、すまんすまん、そう警戒するな。まあ座って、落ち着いて茶でもしばこうではないか」

 結局終始そんな感じで、モンテーナとの交易と、ダーナシアとのつながりをつけてもらう件は雑談に紛れながらなんとか話をつけた。

 一通り話が済み珠美がぐったりとしていると、グラウスは不意にラースをじっと見た。

「ラースよ。今日はおまえもタマと共に城に泊まってゆけ。急ぎでもないんじゃろう」

「……はい。お言葉に甘えさせていただきます」

 ラースは静かに目を伏せ、礼をした。
 そんなラースをグラウスは、静かな笑みで見下ろしていた。

 数多くいる軍人の中の一人であるラースがこの国を去った理由を知っていて、鷹揚に迎え入れる。
 珠美は王という器の大きさを思い知った気がした。

 ただ、最初の会話がなければもっと素直に尊敬できたのに、と思った。

     ・・・◆・・・◇・・・◆・・・

 謁見の間を出た時には夕暮れに近くなっていた。
 部屋に案内された後、兵舎を見てくるというラースに珠美もついていった。

 兵舎に近づいていくと、激しい剣戟の音や、雄たけびが聞こえた。
 その物々しい雰囲気に、珠美は思わずびくりと震えた。
 それに気が付いたのか、ラースは珠美を肩に乗せた。
 グラウスとは違って手慣れているラースは安定している。珠美はラースの襟元に手を添えるようにして、高い場所から周囲を眺めた。
 白い建物がいくつかあり、それぞれの陰に開けた場所があった。そこが兵士たちの練習場のようだった。

 近づいていくと、すぐに誰かがラースの姿に気が付いて、手を止めた。
 それから「ああっ!!」と大きな叫びが上がり、一気にわらわらとラースの元へと駆け寄ってきた。
 あまりの勢いに思わず珠美はバランスを崩し、落ちそうになって慌ててラースの首にしがみついた。

「ラース隊長!! 来てくれたんですね」

「シルビアに聞いてはいましたが、本当に来てくれるとは……!」

 揃いの隊服を土埃で汚した彼らは、笑う者、涙を浮かべる者それぞれあったが、誰もがラースを慕っていることがよくわかった。

「それにしても隊長、お子さんですか? いつ結婚なさったんです? 特定の人は作らないんだと思ってたのに」

「いやあ、隊長がついに落ち着いてくれて嬉しいっすよ、自分は! これで競争率が下がるってもんですよ」

「隊長一人でそこらの女食い荒らしちまうからなあ」

「隊長が通った後は女なんて一人も残らねえもん」

 そうだったよなあ、とわいわい盛り上がり始めた男たちに、ラースは「おいおいおい」と止めた。

「待て、なんでおまえらはすぐそういう話になる? 誤解を生むだろうが、見ろこの純粋な目が蔑み切っているのを。そしてタマは俺の娘じゃない。護衛対象だ」

 そう言ってラースはむすりと、完全に引いている珠美を目で示した。

「おい、タマ。違うからな? こいつらが勝手に言ってるだけからな」

「ただれてる……」

「だから違うって!」

 必死に弁解するラースに、兵たちは静まり返っていた。そして今度はひそひそと始まる。

「隊長……。今度はそっちですか?」

「さすがにやばいっす。危ない匂いしかしないっす」

「引き返すなら今の内ですよ、隊長! 俺、隊長がそんなことで捕まる姿なんて、見たくないです!」

「おい!! だから、話を聞け、すぐに誤解するな!」

 ラースが必死な雄たけびをあげたところに、遠くからたシルビアが走ってくるのが見えた。

「隊長!」

 高い声が、嬉しそうに弾んでいる。
 駆け付けたシルビアはラースに抱きつきそうになり、肩に珠美がいることに気が付き慌てて寸前で足を止めた。

「隊長、来てくださったんですね! タマちゃん、本当に隊長を連れてきてくれてありがとう!」

 そう言って珠美を見上げ、あれ? と首を傾げた。

「タマちゃん、その角どうしたの?」

 一同の視線が珠美の角に集まった。
 国王に謁見するため、いつものフードはかぶっていなかったのだと珠美は思い出した。
 兵たちはきょとんとして珠美の角とシルビアとを見比べている。

「シルビア、角がどうした?」

「いや。あの。モンテーナに行ったときに聞いたんだけど。角があるのは魔王の証だって」

 その言葉に、辺りがしんと静まった。

「魔王?!」

「魔王がこの国に?! 隊長が魔王を護衛!?」

「どういうことですか、隊長!!」

 これは少々の話では済まないだろう。
 この調子で、互いに話は尽きることはないに違いない。

 そう珠美が早々に悟っていた通り、結局ラースと元部下たちの話は夜の部にまでもつれこむことになった。
 ラースは護衛として珠美から離れるわけにはいかないからと断ったのだが、兵士たちの眉がしょぼんと垂れ下がるのを見た珠美が「これも社会勉強だから。連れてって」とラースにお願いしたのだ。
 苦笑したラースは、珠美にありがとうと言った。

 戸惑いながらも、ラースの固かったどこかがほぐれている気がして、珠美は笑みを返した。
 サンジェストに来てよかった。
 珠美は心からそう思った。
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