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第四章 魔王、旅に出る
2.やっぱり来た
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珠美が眠っている間に、船はサンジェストへと着いていた。
モンテーナよりも活気ある港には、いくつもの大きな船がとまっていた。
「戦で勝った国から、様々な物が運び込まれてくる。ゴムもその一つだった」
シルビアの言葉から、珠美は戦が多少落ち着いたのかと思っていたが、それでもサンジェストが軍事大国であることは変わらないようだった。
「お城へはどうやって行くの? 馬車とかがあるの?」
もしかしたら、ラクダに代わるような生き物がいるのだろうか。
そう思ったが、ラースが借りてきたのはラクダそのものだった。
それも、背中には大きなこぶが二つ。
「フタコブラクダか。この世界にもいるんだねえ」
やはり砂漠という環境下では生物は同じような進化を遂げるのだろうか。
この世界には兎もいるし、猫もいるし、犬もいる。
人がいるのと同じように、他の多くの生き物も同じように進化を遂げてきたのだろう。
「ラクダを知っているんなら、乗ったこともあるな」
「いや、さすがにそれはないない」
苦笑するように手を振ったが、よく考えてみればあちらの世界では写真でもテレビでも見る機会はあったが、こちらではそれがないのだから、見たことがあるのはそれが必要な場所にいたからということになる。
ラースがそう考えるのも自然だった。
「じゃあタマは俺の膝の上に乗れ」
「それは重くない? そこそこ私の体も大きくなってきてるし」
「タマなんぞ多少でかくなったところでさほど変わらん」
「なに?! 最初に会ったときよりすんごい背も髪も伸びたじゃん!」
「そうかもしれんが、膝に乗せるのはわけもない。ほれ、行くぞ」
そう言ってラースは先にラクダに乗り、珠美をひょいっとその膝の上に乗せた。
「馬にも乗ったことがないと言っていたしな。タマ一人でラクダに乗れるわけでもないんだろう? 諦めて大人しくそこで変わらぬ景色を眺めていろ」
「はい……。よろしくお願いします」
城までは半日かからずに着くだろうということだった。
それくらいの時間なら負担も少ないだろうかと考えて、珠美は大人しくラースの膝の上に乗った。
しかし出発して人気がなくなりしばらくして、ラクダを止めることになった。
最初にその異変に気が付いたのはラースだった。
「やはりこの国に来たのは間違いだったかもしれん」
小さく呟かれたその声に、珠美はラースを見上げた。
「どうしたの、急に」
「姿を見せなくなったと聞いたはずだがな。本当にどこまでもしつこい奴だ」
ラクダを止めたラースの声は怒気を孕んでいた。
「ラース?」
「逃げようかとも思ったんだがな。決着をつけなければいつまでも追いかけられるだけだと身に沁みている。巻き込んですまない、タマ」
ラースの固い声に、珠美ははっと気が付いた。
「ディザーナ?」
「ああら、そんな子供にまで私の名が知れているなんて。ラースが夜な夜な語り聞かせてくれたのぉ? もっと早くに見つけられたらよかったのに。おかげで邪魔なコブがついちゃったわねえ」
背後から聞こえたのはねっとりとした妖艶な声。
ラクダの首を背後に向けると、少し離れたところに一人の女の姿があった。
青くうねる髪は艶やかで、唇は紫に染められていた。
やや吊り目がちだが大きな瞳は舐るようにねっとりとラースを上から下へと見回している。
ただその片方の瞳は眼帯に覆われていて、それがまた彼女の妖しい雰囲気を増していた。
ディザーナは眼帯の上からそっと手でおさえると、うっとりとするように瞳を潤ませた。
「最後にまみえたときにラースが私に突き立てたあの刃。脳の奥まで響くようだったわ。今でも忘れられない。毎日夢に見るの。ねえ、ラース。あなたのその敵には容赦ないところが好きよ。部下には甘々で、ちょっと怪我させたくらいで心を折って軍人を辞めてしまうそんな弱さも。私ならあなたのすべてを愛してあげるわ。だから私の元に帰ってきなさいな」
「おまえの元にいたことなど一瞬たりともないが」
「戦いのときは私だけを見つめてくれたじゃない」
「俺は軍人だ。殲滅対象だけに意識を向けるわけがない」
「嘘よ、嘘、嘘。あなたの目は確かに私だけを射抜いていたわ。憎々しげに向ける目が、もう、ああ、思い出すだけでたまらない」
やばい。
とにかくやばいということだけはよくわかった。
珠美が思わず体を引くと、背中のラースの逞しい胸板に当たった。
ふと珠美の存在に意識を戻したディザーナが、面白くなさそうに目を眇めた。
「軍人を辞めたと思ったら、平和に家族ごっこでもしていたというの? つまらないわね。あなたには似合わないわ。私と一緒に一生戦場を駆けずり回りましょう? あなたにはそれがよく似合ってる」
そう言ってディザーナは紫の唇を妖艶に歪めた。
その瞬間、ラースは腰元のナイフを素早く抜き放ち、ディザーナに向かって投げつけた。
それと同時に珠美を抱えてラクダから降り、背に庇う。
投げられたナイフはディザーナが何事か呟き現れた魔法陣によって弾かれた。
「そう。あなたはこうして戦っている時が一番輝いているのよ」
ディザーナのキラキラとした瞳が笑みに細められた。
そうして再び何かを呟こうと口を開いた瞬間。
ディザーナは喋れなくなった。
「あっんぐ! んんーー! んー!!」
ついで身動きができなくなる。
「ふう、成功した。練習の甲斐があった」
ラースの背後から顔だけを出していた珠美は、緊張で浮いていた額の汗を拭った。
ディザーナの口元には猿ぐつわがされており呪文の詠唱はできない。
そして腕は縄で後ろ手に縛られ、バランスを崩して膝をついたところにさらに足も縄で縛られた。
「どう、ラース。うまくできたでしょ」
褒められるのを待つように見上げた珠美を、ラースは唖然として見返すことしかできなかった。
頭上を白い大きな鳥が旋回し、ピュウイと鳴いていた。
モンテーナよりも活気ある港には、いくつもの大きな船がとまっていた。
「戦で勝った国から、様々な物が運び込まれてくる。ゴムもその一つだった」
シルビアの言葉から、珠美は戦が多少落ち着いたのかと思っていたが、それでもサンジェストが軍事大国であることは変わらないようだった。
「お城へはどうやって行くの? 馬車とかがあるの?」
もしかしたら、ラクダに代わるような生き物がいるのだろうか。
そう思ったが、ラースが借りてきたのはラクダそのものだった。
それも、背中には大きなこぶが二つ。
「フタコブラクダか。この世界にもいるんだねえ」
やはり砂漠という環境下では生物は同じような進化を遂げるのだろうか。
この世界には兎もいるし、猫もいるし、犬もいる。
人がいるのと同じように、他の多くの生き物も同じように進化を遂げてきたのだろう。
「ラクダを知っているんなら、乗ったこともあるな」
「いや、さすがにそれはないない」
苦笑するように手を振ったが、よく考えてみればあちらの世界では写真でもテレビでも見る機会はあったが、こちらではそれがないのだから、見たことがあるのはそれが必要な場所にいたからということになる。
ラースがそう考えるのも自然だった。
「じゃあタマは俺の膝の上に乗れ」
「それは重くない? そこそこ私の体も大きくなってきてるし」
「タマなんぞ多少でかくなったところでさほど変わらん」
「なに?! 最初に会ったときよりすんごい背も髪も伸びたじゃん!」
「そうかもしれんが、膝に乗せるのはわけもない。ほれ、行くぞ」
そう言ってラースは先にラクダに乗り、珠美をひょいっとその膝の上に乗せた。
「馬にも乗ったことがないと言っていたしな。タマ一人でラクダに乗れるわけでもないんだろう? 諦めて大人しくそこで変わらぬ景色を眺めていろ」
「はい……。よろしくお願いします」
城までは半日かからずに着くだろうということだった。
それくらいの時間なら負担も少ないだろうかと考えて、珠美は大人しくラースの膝の上に乗った。
しかし出発して人気がなくなりしばらくして、ラクダを止めることになった。
最初にその異変に気が付いたのはラースだった。
「やはりこの国に来たのは間違いだったかもしれん」
小さく呟かれたその声に、珠美はラースを見上げた。
「どうしたの、急に」
「姿を見せなくなったと聞いたはずだがな。本当にどこまでもしつこい奴だ」
ラクダを止めたラースの声は怒気を孕んでいた。
「ラース?」
「逃げようかとも思ったんだがな。決着をつけなければいつまでも追いかけられるだけだと身に沁みている。巻き込んですまない、タマ」
ラースの固い声に、珠美ははっと気が付いた。
「ディザーナ?」
「ああら、そんな子供にまで私の名が知れているなんて。ラースが夜な夜な語り聞かせてくれたのぉ? もっと早くに見つけられたらよかったのに。おかげで邪魔なコブがついちゃったわねえ」
背後から聞こえたのはねっとりとした妖艶な声。
ラクダの首を背後に向けると、少し離れたところに一人の女の姿があった。
青くうねる髪は艶やかで、唇は紫に染められていた。
やや吊り目がちだが大きな瞳は舐るようにねっとりとラースを上から下へと見回している。
ただその片方の瞳は眼帯に覆われていて、それがまた彼女の妖しい雰囲気を増していた。
ディザーナは眼帯の上からそっと手でおさえると、うっとりとするように瞳を潤ませた。
「最後にまみえたときにラースが私に突き立てたあの刃。脳の奥まで響くようだったわ。今でも忘れられない。毎日夢に見るの。ねえ、ラース。あなたのその敵には容赦ないところが好きよ。部下には甘々で、ちょっと怪我させたくらいで心を折って軍人を辞めてしまうそんな弱さも。私ならあなたのすべてを愛してあげるわ。だから私の元に帰ってきなさいな」
「おまえの元にいたことなど一瞬たりともないが」
「戦いのときは私だけを見つめてくれたじゃない」
「俺は軍人だ。殲滅対象だけに意識を向けるわけがない」
「嘘よ、嘘、嘘。あなたの目は確かに私だけを射抜いていたわ。憎々しげに向ける目が、もう、ああ、思い出すだけでたまらない」
やばい。
とにかくやばいということだけはよくわかった。
珠美が思わず体を引くと、背中のラースの逞しい胸板に当たった。
ふと珠美の存在に意識を戻したディザーナが、面白くなさそうに目を眇めた。
「軍人を辞めたと思ったら、平和に家族ごっこでもしていたというの? つまらないわね。あなたには似合わないわ。私と一緒に一生戦場を駆けずり回りましょう? あなたにはそれがよく似合ってる」
そう言ってディザーナは紫の唇を妖艶に歪めた。
その瞬間、ラースは腰元のナイフを素早く抜き放ち、ディザーナに向かって投げつけた。
それと同時に珠美を抱えてラクダから降り、背に庇う。
投げられたナイフはディザーナが何事か呟き現れた魔法陣によって弾かれた。
「そう。あなたはこうして戦っている時が一番輝いているのよ」
ディザーナのキラキラとした瞳が笑みに細められた。
そうして再び何かを呟こうと口を開いた瞬間。
ディザーナは喋れなくなった。
「あっんぐ! んんーー! んー!!」
ついで身動きができなくなる。
「ふう、成功した。練習の甲斐があった」
ラースの背後から顔だけを出していた珠美は、緊張で浮いていた額の汗を拭った。
ディザーナの口元には猿ぐつわがされており呪文の詠唱はできない。
そして腕は縄で後ろ手に縛られ、バランスを崩して膝をついたところにさらに足も縄で縛られた。
「どう、ラース。うまくできたでしょ」
褒められるのを待つように見上げた珠美を、ラースは唖然として見返すことしかできなかった。
頭上を白い大きな鳥が旋回し、ピュウイと鳴いていた。
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