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第二章 ここは魔王城いいところ
5.おにぎりの由来
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朝目覚めると、目の前にはラースのもふもふがあった。
珠美は二度、三度と瞬きをしながら何故ここにいるのかと考える。
昨日城に着いて、かと思えばミッドガルドに強引に農地へ視察に連れて行かれ、帰って来て夕飯を食べて……。
ふと、何かにゆらゆらと揺られて心地よかったことを思い出し、はっとする。
きっと、夕飯の途中で寝てしまって、ラースが運んでくれたのだろう。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、珠美は思わず両手で顔を覆った。
「……ん? 起きたか」
「あ、ごめん起こしちゃった」
うっかり身悶えしていたせいでラースを起こしてしまった。
ラースだって森の途中から、そして城でも珠美を担いでくれていたのだから疲れているだろうに。
「いや、もういい時間だ。タマはぐっすり眠れたか? 疲れは残っていないか」
ラースの虎の瞳が珠美を覗うように見て、太い尾が頭をふわふわと撫でる。
獣の姿の今は低くて唸るような声なのに、何故か甘く響いた。きっと寝起きで少々ボケているせいに違いない。
珠美は慌てて身を起こすと、ぱぱっと手櫛で髪を整えた。
「うん、すっかりぐっすりたっぷり寝た。すっきりしてるよ。昨日は途中で寝ちゃってごめんね」
ラースがくあっと大きな牙を覗かせて欠伸をした。
「あれだけのことがあったんだ、仕方ない」
ラースがベッドから降りてぐいーっと背を伸ばすと、なだらかな曲線に毛皮がツヤツヤと光り、そんな姿も優美だ。
見惚れていてはっと気が付いたが、ラースはこの後人の姿に戻るのだ。
珠美が慌てて「どうぞ!」とラースに背を向けると、背後で苦笑した気配があり、次の瞬間にはぼふっと靄が珠美の周りを包む。
着替え終えたらしいラースが、珠美の背中に、ん? とやや戸惑ったような声を上げた。
「タマ。お前、少し大きくなったか?」
言われて、珠美は自分で自分の体を見下ろした。
手を広げてグーパーとしてみても違和感はないが、言われて見れば昨日よりも服の袖が短く感じた。
「確かに」
そう言えば、魔力に慣れていけば体も戻って行くだろうと言っていた。
昨日茶トラの猫耳の傷を治すために力を使ったせいかもしれない。
この調子で早く元の姿に戻れるといいのだが。
朝食に向かうと、ラースと珠美の二人きりだった。
給仕はいるが、少し離れたところに控えていて一緒に食べるわけではない。
昨夜もそうだったが、食べていない人の前で食べるというのは、なんだか申し訳ない気がしてそわそわする。
だがすぐに、目の前に広げられた料理に意識が向かった。
そこにはおにぎりと焼き魚、それとスープが置かれていた。
まるで旅館のような朝食に、珠美は何故だかじーんとした。
昨日のお昼は宿の女将ミイルに持たせてもらったサンドイッチを食べたし、この世界に来てから、あまり異世界を感じるようなものを食べてはいない。
だが、ずっと見慣れない光景や人々を目にしてきた珠美にとって、当たり前のように食べ慣れた物がそこにあることが、たまらなく嬉しかった。
ラースと二人そろっていただきますをして、おにぎりを一口かじる。
「すごい、このおにぎり。ほろっと具合がプロ!」
ほどよい塩加減で、それもほわっと握られていて、まさにプロの仕事という感じだった。
ミイルの出してくれたおにぎりは、一時期世話になっていた叔母が作ってくれたものと似ていて、愛情込めて握られた母のおにぎり、というような懐かしさがあった。
「うん。口の中でほどけてくのがいいな」
ラースも気に入ったようで、流れるような仕草で次々と平らげていた。
がつがつしていないのに、どんどんその口に吸い込まれていく様が見ていても気持ちがいい。
ずっと一人で食べていたから、こうしてラースと食事を共にするようになって、なんだかくすぐったいものがある。
そんなことを思いながら食べていたら、不意に顔をあげたラースが、ふっと笑ってひょいっと珠美に手を伸ばした。
「夢中で食べてるからだ」
どうやら頬に米粒がついていたらしい。
「ありが……」
お礼を言おうとした珠美は固まった。
そのままラースがその米粒をひょいっと自分の口に入れてしまったからだ。
何事もなかったように食事を続けるラースを前に、珠美は思わず俯いた。
――不意にイケオジ成分出してくるとか!
あまりに自然で、手慣れていて、恥ずかしがっている自分がさらにまた恥ずかしかった。
二重に自分が子供だと思い知らされながら、珠美は必死に平然を装った。
「お米はこの国の特産って言ってたよね。まさかこの世界にもお米があるとは思ってなかったよ。しかも、おにぎりまで」
そう言うと、控えていた給仕が教えてくれた。
「初代魔王様が他国から持ち込み、育てることを奨励されたのですよ。この国の気候とよく合うんだとか。水の管理など難しいところはありますが、慣れればうまくいくようで、今では国中どこへ行ってもお米が食べられますよ」
「へえ。初代魔王がねえ」
ラースが相槌を打ち、スープを飲み干した。
珠美は驚いて口の中のおにぎりをごくりと呑み込む。
「初代魔王、って。もしかして――」
「ええ、タマ様と同じ、日本という国からやってきた方だそうですよ」
珠美は二度、三度と瞬きをしながら何故ここにいるのかと考える。
昨日城に着いて、かと思えばミッドガルドに強引に農地へ視察に連れて行かれ、帰って来て夕飯を食べて……。
ふと、何かにゆらゆらと揺られて心地よかったことを思い出し、はっとする。
きっと、夕飯の途中で寝てしまって、ラースが運んでくれたのだろう。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、珠美は思わず両手で顔を覆った。
「……ん? 起きたか」
「あ、ごめん起こしちゃった」
うっかり身悶えしていたせいでラースを起こしてしまった。
ラースだって森の途中から、そして城でも珠美を担いでくれていたのだから疲れているだろうに。
「いや、もういい時間だ。タマはぐっすり眠れたか? 疲れは残っていないか」
ラースの虎の瞳が珠美を覗うように見て、太い尾が頭をふわふわと撫でる。
獣の姿の今は低くて唸るような声なのに、何故か甘く響いた。きっと寝起きで少々ボケているせいに違いない。
珠美は慌てて身を起こすと、ぱぱっと手櫛で髪を整えた。
「うん、すっかりぐっすりたっぷり寝た。すっきりしてるよ。昨日は途中で寝ちゃってごめんね」
ラースがくあっと大きな牙を覗かせて欠伸をした。
「あれだけのことがあったんだ、仕方ない」
ラースがベッドから降りてぐいーっと背を伸ばすと、なだらかな曲線に毛皮がツヤツヤと光り、そんな姿も優美だ。
見惚れていてはっと気が付いたが、ラースはこの後人の姿に戻るのだ。
珠美が慌てて「どうぞ!」とラースに背を向けると、背後で苦笑した気配があり、次の瞬間にはぼふっと靄が珠美の周りを包む。
着替え終えたらしいラースが、珠美の背中に、ん? とやや戸惑ったような声を上げた。
「タマ。お前、少し大きくなったか?」
言われて、珠美は自分で自分の体を見下ろした。
手を広げてグーパーとしてみても違和感はないが、言われて見れば昨日よりも服の袖が短く感じた。
「確かに」
そう言えば、魔力に慣れていけば体も戻って行くだろうと言っていた。
昨日茶トラの猫耳の傷を治すために力を使ったせいかもしれない。
この調子で早く元の姿に戻れるといいのだが。
朝食に向かうと、ラースと珠美の二人きりだった。
給仕はいるが、少し離れたところに控えていて一緒に食べるわけではない。
昨夜もそうだったが、食べていない人の前で食べるというのは、なんだか申し訳ない気がしてそわそわする。
だがすぐに、目の前に広げられた料理に意識が向かった。
そこにはおにぎりと焼き魚、それとスープが置かれていた。
まるで旅館のような朝食に、珠美は何故だかじーんとした。
昨日のお昼は宿の女将ミイルに持たせてもらったサンドイッチを食べたし、この世界に来てから、あまり異世界を感じるようなものを食べてはいない。
だが、ずっと見慣れない光景や人々を目にしてきた珠美にとって、当たり前のように食べ慣れた物がそこにあることが、たまらなく嬉しかった。
ラースと二人そろっていただきますをして、おにぎりを一口かじる。
「すごい、このおにぎり。ほろっと具合がプロ!」
ほどよい塩加減で、それもほわっと握られていて、まさにプロの仕事という感じだった。
ミイルの出してくれたおにぎりは、一時期世話になっていた叔母が作ってくれたものと似ていて、愛情込めて握られた母のおにぎり、というような懐かしさがあった。
「うん。口の中でほどけてくのがいいな」
ラースも気に入ったようで、流れるような仕草で次々と平らげていた。
がつがつしていないのに、どんどんその口に吸い込まれていく様が見ていても気持ちがいい。
ずっと一人で食べていたから、こうしてラースと食事を共にするようになって、なんだかくすぐったいものがある。
そんなことを思いながら食べていたら、不意に顔をあげたラースが、ふっと笑ってひょいっと珠美に手を伸ばした。
「夢中で食べてるからだ」
どうやら頬に米粒がついていたらしい。
「ありが……」
お礼を言おうとした珠美は固まった。
そのままラースがその米粒をひょいっと自分の口に入れてしまったからだ。
何事もなかったように食事を続けるラースを前に、珠美は思わず俯いた。
――不意にイケオジ成分出してくるとか!
あまりに自然で、手慣れていて、恥ずかしがっている自分がさらにまた恥ずかしかった。
二重に自分が子供だと思い知らされながら、珠美は必死に平然を装った。
「お米はこの国の特産って言ってたよね。まさかこの世界にもお米があるとは思ってなかったよ。しかも、おにぎりまで」
そう言うと、控えていた給仕が教えてくれた。
「初代魔王様が他国から持ち込み、育てることを奨励されたのですよ。この国の気候とよく合うんだとか。水の管理など難しいところはありますが、慣れればうまくいくようで、今では国中どこへ行ってもお米が食べられますよ」
「へえ。初代魔王がねえ」
ラースが相槌を打ち、スープを飲み干した。
珠美は驚いて口の中のおにぎりをごくりと呑み込む。
「初代魔王、って。もしかして――」
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