もう神には頼りません ~偽聖女にされたら王子の偽婚約者になりました~

佐崎咲

文字の大きさ
上 下
32 / 35
第三章 偽聖女なのに神殿とか

10.最後の逢瀬

しおりを挟む
 スイニーは言いたいことを言い終えると、「では後はよろしくお願いしますね」と、ぱっと姿を消した。
 どことなく詰めていた息を吐き出すと、リヒャルトも同じようにしてソファに深くもたれた。

「まさか神と対峙することになろうとはな」

「私も聖女なんて形だけのつもりだったから、本物中の本物と話すことになるなんて思いもしなかったわ」

 各地を回る間、神や聖女を信じている人たちとたくさん触れ合ったから、複雑な気持ちではあった。

「それで。旅はどうだった」

 そう言えばその報告をしていなかったと気が付いて、私はがばりと隣のリヒャルトを振り向いた。

「そうよ! いっぱい話したいことがあるの!」

 そう言って、旅で気が付いたことや教会内の人間関係などを思い出せる限りリヒャルトに話した。
 リヒャルトは時折相槌を打ちながら聞いていたけど、まるで本題はそこにはないというように、再び「それで」と話を継いだ。

「黒髪の神官がいただろう。何かと世話を焼いてくれたはずだが」

「ああ、ザイバックさんのこと? すごくよくしてくれたよ。色々と気にかけて話しかけたりもしてくれたから、おかげで旅の間も楽しく過ごせたし、いい思い出になったよ」

 世話係としてつけられたわけでもないのに、食事は足りているか、足にマメはできていないかとよく気にしてくれた。
 話す機会も一番多かった気がする。

「ザイバックから話は聞いている。私が送り込んだんだ」

「そうだったの?!」

 教会にも繋がってる人がいたのかと驚いたけど、城にだって女官長みたいに教会側と繋がっている人がいるのだから当然と言えば当然だ。
 でもリヒャルトが私のことを気にかけて送り込んでくれたのだと思うと、なんだか嬉しくなる。
 目的を果たすためのサポート、なんだろうけど。

「ザイバックとは随分仲を深めたようだな」

 いろんな人と話はしたけど、教会で親しく話せる特定の人というのはあまりいなかった。
 毎日のように話したのはザイバックくらいだ。

「うん、旅が終わってあまり話す機会がなくなって、寂しいくらい」

 笑って答えれば、暗がりの中でリヒャルトのアイスブルーの瞳が冷徹に輝いた気がした。
 月の光が反射して冷たく見えただけだろうか。
 確かめるようにじっと見返すと、その口元はおもしろくなさそうに引き結ばれていた。

「忘れるな。おまえは私の婚約者だ」

「わかってるわよ。解消される間柄だってことは」

「そうじゃない」

 リヒャルトは私の言葉にかぶせるように否定した。
 それから言葉を探すようにしていたけれど、一つ首を振って息を吐き出した。

「いや、何でもない。今言うべきことではなかったな。怪しまれぬうちに城へ戻らねば」

 時計を見れば、いつの間にか随分と時間が経っていた。

「うん――。気を付けて」

 何かを振り切るように背を向けたリヒャルトに何か言いたいのに、何も言えなかった。



 リヒャルトが窓の外に消えた後も、私はぼんやりと窓辺に佇んでいた。

 行かないで。

 たぶん言いたかったのは、その言葉だったのだと思う。
 でも言ったところで意味がないとわかっていたから。だから口にできなかったのだと思う。

 もうすぐ終わりを迎える関係なのに、引き留めて何を言おうというのか。
 目的のために一緒にいただけなのだから。

 リヒャルトが私を解放しようとしてくれたように、私もリヒャルトを解放しなければならない。
 そう言い聞かせた。

     ◇

 翌日、大司教と数人の神官が秘密裏に拘束された。
 聖女に大司教の都合のいい託宣を言わせていたなどと証拠のないことで罪とするのは難しい。
 不正に貶めようとする陰謀だと言われてしまえば、水掛け論になってしまうから。

 だけど大司教一派が貴族から個人的に金銭を受け取っていた証拠ならばあちらこちらから出てきた。
 それから裏で人を雇い、不都合な人物を消していた事実も明らかになった。
 私がミレーネから聞き取った神殿内の相関図を元に、大司教と結託していた人のあてをつけておいたことも昨日リヒャルトに話しておいたけれど、それも助けとなったようだ。
 勿論、スイニーの指摘も。

 そして。

 今、私の目の前には大勢の人が集まっていた。
 立っているのは、広場に張り出した城のバルコニー。
 振り返れば、人々には見えない所にリヒャルトが立っている。
 アイスブルーの瞳が頷いて、私は人々に向き直った。

 ざわざわと集まった人たちに微笑を向けると、歓声が沸き、それから鎮まった。

「今日みなさんにお集りいただいたのは、神のお告げをお伝えするためです」
しおりを挟む
script?guid=on
感想 2

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

処理中です...