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第三章 偽聖女なのに神殿とか
8.月明かり浴びて現れる者
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「迎えに来てくれないかと思った。もう教会側に寝返ったと思われてるのかと思った。――少しだけ」
思わず抱きついてしまった私の背に、リヒャルトが腕を回した。
同じくらいの力で抱きしめられて、私はほっとするのを感じていた。
「ユリシアが教会側につくというのなら、それならそれでいいと思ったのは本心だ。だがそれは『少しだけ』の話だ。正直を言えば、全然諦める気などなかった。その時はじっくり話し合わなければならないと思っていた。それなのに何故あんなことを言ったのかと自分でも不思議だったが、あれは強がりだったのだろうな」
そう言って、リヒャルトは苦笑した。
私がどこか不安だったように、リヒャルトも不安に感じていたのだろうか。
それは信じていないからではなくて、信じたいと思うからこその不安だったように思う。
たとえ強がりでも、私を尊重しようとしてくれたのは嬉しい。
だけどそれよりも、諦める気などないという言葉がもっと嬉しい。
協力者としてだとわかっていても、それでも。
「意地でも取り返しに来るつもりでいたが、準備に手間取ってな。遅くなってすまない」
その言葉が何故だかくすぐったくて、リヒャルトの胸に顔を埋めながら問い返した。
「準備って?」
「いよいよ聖女様のご託宣を人々に告げる準備だ」
その言葉に、私は思わず顔をがばりと上げた。
「もう?!」
近頃、リヒャルトに会いたいとばかりしか考えていなかった。
先のことなんて、見えていなかった。
アレクシアが指摘した通りだった。
私は完全に腑抜けていた。
まさか、会えなくなることでより思考がとらわれるなんて思いもしなかったのだ。
もはや認めざるをえない。
だがそんな不毛な想いなんて、気づきたくなかった。
しかも、当人にくっついたこんな状態で。
顔がぐあっと赤くなりそうなのを感じて、私は思わず再びリヒャルトの胸に顔を埋めてしまった。
しまった。これでは離れるタイミングがわからなくなった。
そう思って焦るのに、リヒャルトの優しく大きな手が私の頭をそっと撫でるから、ますます抜け出せなくなる。
「各地を回る『聖女様』の噂は城にも届いていたからな。時間をかけるほどより確かなものにもなるだろうが、その分教会との奪い合いが激化して身を危険に晒す可能性も高まる。できるだけ早期決着したかったのだ」
早期決着。それを私も望んでいたはずだ。
聖女として人々の前に立ち、託宣を告げれば私の役目は終わる。
私が願った通り、私は解放され、家に帰ることができるのだ。
だけど、大きな役目から解放されるとほっとするのと同じくらい、胸がじりじりとする。
このまま去ってしまいたくない。
リヒャルトを好きになってしまったから。
王太子妃なんて私にはふさわしくない。つとまるわけがない。
そう思うのに、それでもリヒャルトから離れたくないと思ってしまった。
私がリヒャルトに何か言おうとして口を開きかけ、でも何を言ったらいいのかわからなくて閉じてを繰り返している間に、唐突な声が割り入った。
「いよいよですか」
思わずリヒャルトの胸にしがみつき振り返れば、そこにはスイニーがいた。
スイニーは隣の続き部屋にいたはずだ。
だけど扉が開く音などしなかった。
足音も。
急にそこに現れたみたいだった。
「初めてお目にかかります、王太子殿」
月の光を浴びた薄桃色の瞳が面白がるように細められた。
その姿はいつもと変わらない。そのはずなのに、何故かただならぬものを感じた。
思わずリヒャルトを掴む手に力が入ってしまう。
「その企みに、私も入れてもらえます?」
その口調もいつもと変わらない。
けれど。
「おまえは、誰だ?」
リヒャルトも何かを感じているのか、慎重に誰何した。
スイニーの楽しげな笑みが深まる。
「聖女ユリシア様の侍女ですよ」
「そういうことを聞いているのではないことはわかっているだろう。茶番をしている暇はない」
「あらあら、しんみりと再会を味わっていたところを邪魔されて気が立っていらっしゃるのかしら? どうやら旅を経てもユリシア様の意思は覆らなかったようですので、最後まで味方をしてさしあげようかと思いまして。私にとってもユリシア様は都合がいいのです。利用させてくださいな」
リヒャルトの眉が顰められる。
堂々とそんなことを言われてあっさりと受け入れられるわけもない。
真意がわからない。
その警戒を見て取ったのだろう。
スイニーは「ですよね」と軽く息を吐いた。
「まあ正体を明かさなければ怪しくて話なんてできませんよね。もうここまで来ましたし、別に隠すことでもないのでお教えしますよ」
何故だか偉そうにそう言って、スイニーは口を開いた。
「私は神です」
思わず抱きついてしまった私の背に、リヒャルトが腕を回した。
同じくらいの力で抱きしめられて、私はほっとするのを感じていた。
「ユリシアが教会側につくというのなら、それならそれでいいと思ったのは本心だ。だがそれは『少しだけ』の話だ。正直を言えば、全然諦める気などなかった。その時はじっくり話し合わなければならないと思っていた。それなのに何故あんなことを言ったのかと自分でも不思議だったが、あれは強がりだったのだろうな」
そう言って、リヒャルトは苦笑した。
私がどこか不安だったように、リヒャルトも不安に感じていたのだろうか。
それは信じていないからではなくて、信じたいと思うからこその不安だったように思う。
たとえ強がりでも、私を尊重しようとしてくれたのは嬉しい。
だけどそれよりも、諦める気などないという言葉がもっと嬉しい。
協力者としてだとわかっていても、それでも。
「意地でも取り返しに来るつもりでいたが、準備に手間取ってな。遅くなってすまない」
その言葉が何故だかくすぐったくて、リヒャルトの胸に顔を埋めながら問い返した。
「準備って?」
「いよいよ聖女様のご託宣を人々に告げる準備だ」
その言葉に、私は思わず顔をがばりと上げた。
「もう?!」
近頃、リヒャルトに会いたいとばかりしか考えていなかった。
先のことなんて、見えていなかった。
アレクシアが指摘した通りだった。
私は完全に腑抜けていた。
まさか、会えなくなることでより思考がとらわれるなんて思いもしなかったのだ。
もはや認めざるをえない。
だがそんな不毛な想いなんて、気づきたくなかった。
しかも、当人にくっついたこんな状態で。
顔がぐあっと赤くなりそうなのを感じて、私は思わず再びリヒャルトの胸に顔を埋めてしまった。
しまった。これでは離れるタイミングがわからなくなった。
そう思って焦るのに、リヒャルトの優しく大きな手が私の頭をそっと撫でるから、ますます抜け出せなくなる。
「各地を回る『聖女様』の噂は城にも届いていたからな。時間をかけるほどより確かなものにもなるだろうが、その分教会との奪い合いが激化して身を危険に晒す可能性も高まる。できるだけ早期決着したかったのだ」
早期決着。それを私も望んでいたはずだ。
聖女として人々の前に立ち、託宣を告げれば私の役目は終わる。
私が願った通り、私は解放され、家に帰ることができるのだ。
だけど、大きな役目から解放されるとほっとするのと同じくらい、胸がじりじりとする。
このまま去ってしまいたくない。
リヒャルトを好きになってしまったから。
王太子妃なんて私にはふさわしくない。つとまるわけがない。
そう思うのに、それでもリヒャルトから離れたくないと思ってしまった。
私がリヒャルトに何か言おうとして口を開きかけ、でも何を言ったらいいのかわからなくて閉じてを繰り返している間に、唐突な声が割り入った。
「いよいよですか」
思わずリヒャルトの胸にしがみつき振り返れば、そこにはスイニーがいた。
スイニーは隣の続き部屋にいたはずだ。
だけど扉が開く音などしなかった。
足音も。
急にそこに現れたみたいだった。
「初めてお目にかかります、王太子殿」
月の光を浴びた薄桃色の瞳が面白がるように細められた。
その姿はいつもと変わらない。そのはずなのに、何故かただならぬものを感じた。
思わずリヒャルトを掴む手に力が入ってしまう。
「その企みに、私も入れてもらえます?」
その口調もいつもと変わらない。
けれど。
「おまえは、誰だ?」
リヒャルトも何かを感じているのか、慎重に誰何した。
スイニーの楽しげな笑みが深まる。
「聖女ユリシア様の侍女ですよ」
「そういうことを聞いているのではないことはわかっているだろう。茶番をしている暇はない」
「あらあら、しんみりと再会を味わっていたところを邪魔されて気が立っていらっしゃるのかしら? どうやら旅を経てもユリシア様の意思は覆らなかったようですので、最後まで味方をしてさしあげようかと思いまして。私にとってもユリシア様は都合がいいのです。利用させてくださいな」
リヒャルトの眉が顰められる。
堂々とそんなことを言われてあっさりと受け入れられるわけもない。
真意がわからない。
その警戒を見て取ったのだろう。
スイニーは「ですよね」と軽く息を吐いた。
「まあ正体を明かさなければ怪しくて話なんてできませんよね。もうここまで来ましたし、別に隠すことでもないのでお教えしますよ」
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