もう神には頼りません ~偽聖女にされたら王子の偽婚約者になりました~

佐崎咲

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第三章 偽聖女なのに神殿とか

6.神殿への軟禁

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「長旅は疲れたことでしょう。本日は神殿内の浴場にて旅の穢れを払い、ゆっくりと休まれるといい」

 まさに聖職者というように白髭を笑ませた大司教は、有無を言わさず神官に案内させた。
 そして初めて城に来た時みたいに、全身くまなく洗われ、清められ、旅の服から聖女の服へと着替えさせられた。
 下手に城へ帰りたいなどと言い出せば、やっぱり教会に寝返るつもりはないとして命を狙われるかもしれない。
 そう思い、大人しく大司教の言葉に従った。

 寝室として案内された部屋に入ると、見知った顔がお茶を飲んでいた。

「スイニー……?!」

 城にいるはずの、私につけられた侍女だった。

「ああ、お帰りなさいませユリシア様。お茶飲みます?」

 にこりと浮かべた笑みは相変わらず目が笑っていない。

「いや、お茶は欲しいけど。こんなところで何してるの?」

 いつもの侍女の服装ではない。
 風呂の世話をしてくれた修道女たちが着ているのと同じ服だ。
 まさか私よりも先に教会に寝返ったということか。
 いや、そもそもスイニーがどの立場なのかまだ明確にはわかっていなかった。
 ただ私の敵ではないと、本人の自己申告があっただけだ。

 実はスイニーについてはリヒャルトも一切関知していなかった。
 女官長には侍女をつけるようにと命じてあったものの、女官長が誰かをやった形跡はなかった。
 教会がそこにつけこみ、スパイとして送り込んだと見るべきだろうとリヒャルトは言っていた。
 だがここでスイニーを辞めさせても代わりが来るだけだ。教会もより慎重さを増すし、城内での私の評判も落ちる。
 だからスイニーをどうこうしようとはせずに、極力秘密が漏れないようにしてきたのだが。

「何してるって。お城にいても暇なんで、こっちに移っただけのことですよ」

 確かに世話をする相手である私は旅に出て不在だったが、普通城に仕える侍女ならば、その間は他の仕事を回されるだろう。
 それがなかったということはやはり、スイニーは教会から送り込まれた関係者と見るべきだ。
 改めて気を引き締めてスイニーに対峙すれば、その緊張がわかったのだろう。
 スイニーは片眉を上げ、それから不敵に笑った。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。言ったじゃないですか、私は敵じゃないって。今もまだその言葉は覆してませんよ。あなたが、あなたを変えない限り」

 それがどういう意味かわからないまま、スイニーはひたすら私に与えられた部屋に居座った。

     ◇

 結局次の日も、またその次の日も、なんやかやと理由をつけられ神殿に留まることとなった。
 さすがに気づいた。
 もう教会は、私を城に返すつもりはないのだ。
 リヒャルトに相談することもできないこの状況で、どう身動きをとればいいかがわからない。
 私はミレーネが使っていたという寝室で横になりながらアレクシアに語り掛けた。

『ねえ、アレクシア。お城に帰りたいって言ったら、私殺されるかな』

『逆になんで城に帰らなきゃいけないと思うわけ? 別に神殿でも城でも、安全に暮らせるならそれでよくない?』

 私を売ったアレクシアに言われると腹が立つが話にならなくなるので抑えた。

『確かにそうだけど。でも私はリヒャルトと聖女をなくすために協力するって約束してるし』

『でもそんなのは建前で、利用されてるだけかもしれないじゃん。相手は国のために生きてる人だよ? 利用できるものは利用しようとするのが当然じゃないの? 聖女をなくすって言ったのも、教会に利用されてる現状があるからでしょ。国が利用しないとは一言も言ってないじゃないの』

 言われてみればそうだ。
 なのに、頷けないのは何故だろう。

『リヒャルトは。私を解放してくれるって言った』

『解放って具体的にどういうこと? 用が済んだら殺す、ってことじゃなくて? 大司教だって今までそうしてきたんでしょう。国だって同じことだとはどうして考えないのよ』

『リヒャルトはそんなことはしない!』

『ユリシアがお城にいたのなんて、一か月くらいのことじゃない。それでなんでそんなこと言い切れるのよ。王子がそんなこと考えてなくたって、国王も同じ考えとは限らないし』

 国王がどうかと言われれば、黙りこむしかなかった。
 会ったのは数回だけだし、大司教よりはさっぱりとした人だな、とは思ったものの、その腹の内で何を考えているかまではわからない。

『ねえ、ユリシア』

 戸惑う私に考える時間を与えるように、アレクシアは少しだけ間を置いた。

『リヒャルトを好きになっちゃったの?』

「は?」

 思わず声が出てしまって、慌てて口を覆った。
 ここは神殿なのだ。
 誰が聞き耳を立てているかわからない。
 守ってくれるリヒャルトもいない。

 そう思ってしまったとき、気が付いた。
 無意識にリヒャルトを頼っている自分に。

 これが恋というものなのだろうか。
 それともただの信頼なのか。甘えなのか。

 アレクシアが言う通り、それほど長い間リヒャルトと共に過ごしたわけじゃない。
 知らないことなんていっぱいある。

 それなのに、好きになったりするものなんだろうか。
 リヒャルトなんて、正直かと思えば腹黒で、何か企んでて――、だけど何故だか妙に私を信じてくれてて。
 まっすぐに私を見てくれて。私の自由を尊重してくれる。利用すると言いながら、結局は私とアレクシアのために動いてくれている。

 結局リヒャルトを嫌いになるような言葉は出てこなかった。
 考えに沈む私に、アレクシアの声が響いた。

『だめよ、ユリシア。恋は判断力を鈍らせる。そんな権力闘争のただ中で恋にかまけてたら、本当に命を落とすよ。もっとちゃんとよく相手を見なよ、冷静に』

『……アレクシアにそんなこと言われるとは思わなかった』

『私だから言うんじゃない』

 ずっと一緒に過ごしてきた双子の姉妹だから。
 もしかしたら私よりも、私のことはわかっているかもしれない。

 だけど。
 アレクシアはリヒャルトのことをよく知ってるわけじゃない。
 リヒャルトのことを知っているのは私だ。
 だから。

『心配してくれてありがとう。だけど私はリヒャルトを信じる。だからリヒャルトに会いたいけど、このままここで大人しくしてる』

 恋とか好きとかはよくわからない。
 だけど、私とアレクシアのことはきっとリヒャルトが何とかしてくれると、それだけは信じられるから。
 そして私が必要なら、リヒャルトがきっと私を迎えに来るはずだから。
 だから私は、今ここでできることをしよう。

『あっそう。ユリシアがそう決めたならそれでいいけど。まあ何かあったら言ってよ。私、聖女様なんだから』

 都合のいいアレクシアの言葉に少しだけ笑って、私はゆっくりと瞼を閉じた。
 何がわかったわけでもない。
 だけどやることが定まると、不思議なほどに気持ちが落ち着いた。
 久しぶりにすっきりと眠れそうな気がした。 
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