もう神には頼りません ~偽聖女にされたら王子の偽婚約者になりました~

佐崎咲

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第三章 偽聖女なのに神殿とか

4.偽聖女の早すぎる告白 ※リヒャルト視点

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「ミレーネと話したの。私は大司教を何もわかってない、舐めすぎだって言われたわ」

 東屋でお茶を飲んでいたユリシアがそんなことを言い出して、リヒャルトは目を瞠った。

「ミレーネが? 何故ユリシアにそんな忠告めいたことを」

 ユリシアはミレーネと話したことを思い出すようにしながら事細かに教えてくれて、聞き終えたリヒャルトはなるほど、と頷いた。
 ミレーネが助けを求めて国側についてくれるのならば話は早い。
 しかし。やはりそうして用済みとなった聖女は教会によって消されていたのかと思うと、歯噛みしたくなった。
 もっと早くに国が行動を起こせていれば、被害は減ったかもしれないのに。
 ゼレニウス教会は結果として大勢の人の心を救っているのかもしれない。だがそのために一人の命を消していいわけではない。

「話はわかった。だが、ユリシアはそのままでいていい。大司教の腹の内を探るのは私の仕事だ」

 最初からユリシアに演技ができるとは思っていなかった。
 人を欺くために生きてきたわけではないのだから、大司教の顔色を見ながら己を変えることなどできないだろう。
 それよりも、素直なユリシアのままでいてくれた方が大司教も油断する。
 扱いやすいと思うはずだ。
 聡さが見えれば国から教会に寝返る可能性はないと見て、即刻消されるかもしれない。

「ええ? そうは言われても、足手まといになるの嫌だし。っていうか、このままじゃ私殺されるって言われたんだけど」

 腹に一物を抱えているものなら、普通はそう考えるだろう。
 だが人には向き不向きというものがある。
 ユリシアの適性を見た上で、最適な計画を立てる。それがリヒャルトの仕事だ。

「大丈夫だ。ミレーネの言葉からすると、しばらく偽物の聖女が続いたんだろう。ということは、教会としても久しぶりの聖女を存分に利用し、改めて教会の威光を知らしめたいと考えるだろう。今の時点で消そうとはするまい」

 ユリシアは、そうかなあ、というように不安げに眉を寄せていたが、ひとまずは納得したようだった。

「それならなおさら話しておかないといけないことがあるんだけど」

 そう言ってユリシアは、ためらうこともなく続けた。

「本物の聖女は姉のアレクシアで、私は偽物。だから踊り狂って城下町の人たちの幸せを祈ったのは、アレクシアなの」

 リヒャルトは思わず目を見開き、まじまじとユリシアを見た。

 知っていた。
 本当の聖女がアレクシアであろうことはユリシアを見ていてうすうす勘付いていた。
 驚いたのは、まさかこんなに唐突に、しかもあっさりとリヒャルトに明かしてくるとは思っていなかったからだ。

「そう、か……」

 あまりに驚きすぎてそんな言葉しか出てこなかった。
 ユリシアは申し訳なさげにリヒャルトを見て続けた。

「それでね。今家に、怪我をしたから治るまで泊めてくれって、居候してる人がいるのよ。教会の監視役なんじゃないかなって怪しんでるんだけど」

 不安そうに話し出された内容よりも根本的なところが引っ掛かり、思わず眉を顰めた。

「何故そんなことをユリシアが知っている?」

「アレクシアは私とだけ、遠く離れていても話せるみたい」

「なんだと……?」

 それで互いの情報を教え合っていたのか。
 もしかしたらアレクシアの方が本物の聖女なのではないかと思ってはいても、一体どうやって聖女検証の指示内容を知り得たのかと、それがわからなかった。
 だがそれなら、ユリシアの挙動不審や聖女検証での祈りの結果があのような騒ぎになったことも、すべて合点がいく。

「リヒャルトが王子としてもう一度家に現れたあの日、初めてそのことがわかったの。これも聖女の力なのかなと思うんだけど」

「なるほどな。二人が双子であるということも作用しているのかもしれない。だが教会の監視が付くだろうことは想定済みだ。アレクシアは普通に生活していればいい。私の手の者も近くに潜ませてある」

 やっぱり国側も人を仕込んでいたのか、と不信感を煽ってしまうかと思った。
 しかしユリシアは、ほっとしたように肩を下ろした。

 ユリシアはリヒャルトを信用しているのだ。
 脅すようにして王太子妃になることを了承させ、初めて会った時も試すようなことをしたのに。

「よかった。いくらアレクシアの状況がここからわかったとしても、直接助けることはできないから。人質にとられたりしたらどうしようかと思ってた」

「無理にあの村から連れ出そうとすれば、すぐにでも奪還し安全な場所に身を隠すようにと指示してある。アレクシアの心配はいらない」

「ありがとう。助かるわ」

 ほっとしたように笑ったユリシアに、しかしリヒャルトは複雑な思いを抱いた。

「だが。偽物であることは隠していたのではないのか。何故私にそこまで話す?」

 何故そこまでリヒャルトを信用してくれるのか。
 探るような気持ちで問いかけたのに、ユリシアはあっさりと答えた。

「偽物だってわかってないと作戦に支障がでることもあるでしょ? 命だってかかってるし」

「それはそうかもしれんが。力を持つアレクシア自身と通じ合っているのなら、大抵のことは乗り切れるだろう。それほど支障もなく隠し通せてしまえるはずだ」

 重ねて問いかけながら気が付いた。

『リヒャルトを信じているから』

 そういう答えを期待しているのだと。
 そんな自分に戸惑った。
 それから情けなくなった。
 信じてもらうに足るようなこともしていないのに。

 ユリシアは「うーん」と首を捻り、絞り出すようにして答えた。

「ミレーネにもアレクシアにも人を疑えって言われたんだけど。リヒャルトほど正直な人もいないと思うのよね」

「――は? だから言っただろう。あのぞんざいな態度はおまえを試すためのものだったと」

 正直と言ったって、粗末な家だとかロクなことは言っていない。
 信じる信じない以前に、好感度などマイナスからのスタートであったろうに。

「まあ、リヒャルトが私に嘘をついてないことくらいはわかるよ」

 けろりと言われて、何と返したらいいかわからなくなった。
 いつもそんな正直に生きているわけではない。
 ただ城に来てからのユリシアには嘘をつく必要がなかっただけだ。

 必要になれば、ユリシアにだっていくらでも嘘をつく。
 そのはずなのに。
 なんとなく、もうユリシアには嘘がつけない気がした。

「完敗だな」

 呟いて、「何? 聞こえなかった」と首を傾げるユリシアに苦笑するしかなかった。

 ユリシアには城へと向かう馬車の中で「素直ではない」と言ったが、こんなにも正直な者は城にはいない。
 双子の姉のアレクシアだって、あの場では立派にリヒャルトを騙し通した。
 ユリシアはリヒャルトこそ正直すぎると言ったことがあったが、それはユリシアに対してだけだ。いつもこうであったなら、陰謀渦巻く城でなど生き抜いてこられなかっただろう。

 ユリシアには自分を装う必要がない。だから話していると楽しかった。たとえそれが打倒教会という穏便ではない話でも。
 そしてユリシアのこの素直さを、守ってやりたいと思った。

「まだ私はユリシアにとって信用に足る人物ではない。その自覚はある。だからこそ、言葉をもって誓おう。この国の次代の王としての誇りをかけて。アレクシアもユリシアも、私が守る。その命も。自由な人生も。だから改めてユリシアに頼む。力を貸してほしい」

 聖女ではないとわかった上で、改めてユリシア自身に願った。
 リヒャルトが共に戦いたいと思うのは、ユリシアだ。
 今度こそ、脅すのではなく。
 後ろめたいところなどなく。
 心からの言葉で伝えた。

「わかった」

 迷うことなく答えたユリシアは、にっと笑みを浮かべた。
 まるで、イタズラを誓い合った子供のように。
 リヒャルトも自然と笑みを返した。
 初めて、『企む』のが楽しいと思った。
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