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第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか
5.脳内の戦いはあっけなく終結した。私たちは双子の姉妹である
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口をぱくぱくさせたまま呆然と見返すしかできない私を、アレクシアは振り向きもしない。
『ちょっとアレクシア、話が違うじゃない! できる限りバックレようって』
「おお……! こちらが、聖女様でございますか!」
『この状況でそんなの通じると思う? 私達の会話聞かれてたかもしれないのよ? ここで聖女じゃないってことになったら、ただの村娘どもが神をクソ呼ばわりしてたことをほじくり返されて私達二人とも終わりよ』
う、と言葉に詰まる。
私が先程端に追いやって見ぬふりをした最も大きな懸念をここで持ち出すとは。
『いや、だからって妹を売る?!』
「お二人は双子の姉妹でいらっしゃいますか? とてもそっくりなご容姿をされておりますな」
『いいじゃない、滅多にできない経験ができるかもしれないじゃない。こんな辺鄙ななんもないところで一生を終えるより、充実した人生が送れるわよ。私は地味に平和に生きられればそれでいいからお城なんて行きたくないけどね』
『そんなの私だって一緒よ! 城とか王子とか、そんなキラキラしいものに興味は』
「もしや、お二人とも聖女様なのでは……」
「いいえ! そんなことはありません、私はとっくの昔に恋も純潔も村のしがない男性に捧げておりますが、そのような聖女じみた力を発揮することはございませんでしたので!」
『ちょっと?!』
脳内でアレクシアと会話していたので、合間合間に差し挟まれていた初老の男の言葉に反応するのが遅れた。
脳内と目の前の会話が混線しそうで、うまく喋れない。
その間にもアレクシアは、バックレようって言ったのに妹を売るわ、どう考えても聖女な本人は一人だけ逃げようとするわ、そんな不条理があるだろうか。
『そもそも、あんな身元も知れない男を家に泊めて看病なんかしてあげたユリシアが悪いんじゃない』
『そこは関係ないでしょ、相手は家にあがる前からわかってたって言ってるんだから!』
アレクシアは器用なもので、脳内で私との会話を続けながらも表ではきちんと演技を続けていた。
悲し気に目を伏せ、よよ、としな垂れる。
「私の双子の妹のユリシアは、先日ユーリケという旅の学者に恋をしたのでございます。追いかけようとしたのですが、突然の長雨に阻まれ、ついに後を追うことをあきらめざるをえなくなり、ユリシアは『雨よやめ!』と怒りを発したのでございます」
よくもスラスラとそんな嘘を……。
確かに学者は来たけどだいぶ前のことだし、ユーリケって誰よ。
『っていうか二度も三度も妹を売るな! 自分だけ逃げるなんてズルい!!』
『いい加減観念しなさい! 一家全滅の危機を救うのよ、ユリシア!』
がるるるるる、と脳内キャットファイトが始まる寸前、黙っていたリヒャルトが口を開いた。
「うむ。私も聖女はユリシアではないかと思っていた。彼女一人が私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれたのだ。聖女に相応しい善なる心を持っている。恋した相手がいるとのことだが、不幸にも二度と会えない様子。それならば国のため、身を捧げてはくれないだろうか」
――お断りします!
という一言は口にできなかった。
リヒャルトの傍に侍るお供たちの目つきが、これ以上もなく鋭く私を射抜いていたからだ。
まるで、「これは国の命令だ。否やなどはない」とでも言うように。
そして隣からも、「諦めなさい」と冷たく鋭い視線が突き刺さっていた。共に過ごした十七年はなんだったのかと言いたい。
はい、とも、いいえ、とも言えないうち、アレクシアが深々と頭を下げた。
「どうか不肖の妹、ユリシアを末永くよろしくお願いいたします」
それ、違う挨拶だからね。
明日、私がエンリケに言うはずだったやつだからね。
「ああ、勿論だ」
リヒャルトがしっかりと頷いたのを見て、私は項垂れた。
ああ、終わった――。
もう、逃れようがない。
自然と詰めていた息が肺から漏れ出る。
ぼんやりと顔を上げれば、リヒャルトが口の端を上げているのが見えた。
笑っている。
リヒャルトが、とても楽しそうに、笑っていた。
『ちょっとアレクシア、話が違うじゃない! できる限りバックレようって』
「おお……! こちらが、聖女様でございますか!」
『この状況でそんなの通じると思う? 私達の会話聞かれてたかもしれないのよ? ここで聖女じゃないってことになったら、ただの村娘どもが神をクソ呼ばわりしてたことをほじくり返されて私達二人とも終わりよ』
う、と言葉に詰まる。
私が先程端に追いやって見ぬふりをした最も大きな懸念をここで持ち出すとは。
『いや、だからって妹を売る?!』
「お二人は双子の姉妹でいらっしゃいますか? とてもそっくりなご容姿をされておりますな」
『いいじゃない、滅多にできない経験ができるかもしれないじゃない。こんな辺鄙ななんもないところで一生を終えるより、充実した人生が送れるわよ。私は地味に平和に生きられればそれでいいからお城なんて行きたくないけどね』
『そんなの私だって一緒よ! 城とか王子とか、そんなキラキラしいものに興味は』
「もしや、お二人とも聖女様なのでは……」
「いいえ! そんなことはありません、私はとっくの昔に恋も純潔も村のしがない男性に捧げておりますが、そのような聖女じみた力を発揮することはございませんでしたので!」
『ちょっと?!』
脳内でアレクシアと会話していたので、合間合間に差し挟まれていた初老の男の言葉に反応するのが遅れた。
脳内と目の前の会話が混線しそうで、うまく喋れない。
その間にもアレクシアは、バックレようって言ったのに妹を売るわ、どう考えても聖女な本人は一人だけ逃げようとするわ、そんな不条理があるだろうか。
『そもそも、あんな身元も知れない男を家に泊めて看病なんかしてあげたユリシアが悪いんじゃない』
『そこは関係ないでしょ、相手は家にあがる前からわかってたって言ってるんだから!』
アレクシアは器用なもので、脳内で私との会話を続けながらも表ではきちんと演技を続けていた。
悲し気に目を伏せ、よよ、としな垂れる。
「私の双子の妹のユリシアは、先日ユーリケという旅の学者に恋をしたのでございます。追いかけようとしたのですが、突然の長雨に阻まれ、ついに後を追うことをあきらめざるをえなくなり、ユリシアは『雨よやめ!』と怒りを発したのでございます」
よくもスラスラとそんな嘘を……。
確かに学者は来たけどだいぶ前のことだし、ユーリケって誰よ。
『っていうか二度も三度も妹を売るな! 自分だけ逃げるなんてズルい!!』
『いい加減観念しなさい! 一家全滅の危機を救うのよ、ユリシア!』
がるるるるる、と脳内キャットファイトが始まる寸前、黙っていたリヒャルトが口を開いた。
「うむ。私も聖女はユリシアではないかと思っていた。彼女一人が私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれたのだ。聖女に相応しい善なる心を持っている。恋した相手がいるとのことだが、不幸にも二度と会えない様子。それならば国のため、身を捧げてはくれないだろうか」
――お断りします!
という一言は口にできなかった。
リヒャルトの傍に侍るお供たちの目つきが、これ以上もなく鋭く私を射抜いていたからだ。
まるで、「これは国の命令だ。否やなどはない」とでも言うように。
そして隣からも、「諦めなさい」と冷たく鋭い視線が突き刺さっていた。共に過ごした十七年はなんだったのかと言いたい。
はい、とも、いいえ、とも言えないうち、アレクシアが深々と頭を下げた。
「どうか不肖の妹、ユリシアを末永くよろしくお願いいたします」
それ、違う挨拶だからね。
明日、私がエンリケに言うはずだったやつだからね。
「ああ、勿論だ」
リヒャルトがしっかりと頷いたのを見て、私は項垂れた。
ああ、終わった――。
もう、逃れようがない。
自然と詰めていた息が肺から漏れ出る。
ぼんやりと顔を上げれば、リヒャルトが口の端を上げているのが見えた。
笑っている。
リヒャルトが、とても楽しそうに、笑っていた。
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