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さあ、アイリス様、いかがいたしますか?

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 結局私はその場で答えられることなんて何もなく、しばらく一人にさせてくれるよう頼んだ。
 それからしばらく一人で横になっていたけれど、もう痛むところもないし、体も普通に動くようだったから、着替えて庭を散策することにした。

 逃亡を恐れたのか、オリビアの襲撃を恐れているのか、外に出ようとする私を見咎めて、アーノルドが後ろについてきてくれた。

「ねえ、アーノルド。私って、どんな人間だったの?」

「概ねオリビア様が仰っておられた通りです」

 私ってハイスペだったんだ。
 さっき鏡も見たけど、確かに綺麗な容貌をしていた。胸だけがカッスカスで存在を感じられないほどだったけど。

「さっきオリビアが私をモテるって言ってたけど、だったら何故これまで婚約者を決めなかったのかしら」

 頭もいいと言っていた。
 それなのに、こんなにギリギリまで婚約者を決めなかったのには何か理由があるとしか思えない。

「……さあ。私にはわかりかねます。私はただの執事ですので」

 ただの執事というわりには、さっきはわりかしずけずけ踏み込んでくる人だと思ったけど。
 他にまともにその場を仕切れる人がいなかったせいだろう。
 今は一歩引いて、私とアーノルドの間には確かな距離がある。
 その距離を寂しいと思ってしまうのはなんでだろう。
 さっきまであんなに人がいっぱいいたから? 記憶を失くして心許なくなっているから?

「幼い頃から婚約が決まっているケースもあるわよね。私にはなかったの?」

 それにはアーノルドは応えなかった。

「今はローレンス様か、イージス様かを選ぶときです。過去のことなどはあとからゆっくり思い出せばよいのです。期限は明日なのですから」

 私はアーノルドをじっと見つめた。
 長い黒髪が風にさやさやと揺れている。
 銀縁眼鏡の奥の藍色の瞳は、わずかに私から目を逸らしていた。

 何故だろう。
 あの瞳にこちらを向いてほしいと思った。
 私はあの瞳が欲しい。

 頭がズキリと痛んだ。

 あ、これってよくあるあれじゃん。
 思い出しかけてるときにあるやつじゃん。
 そういうのって、大抵キーパーソンに会ったときじゃん?

 私はその痛みに逆らうように、じっとアーノルドを見つめた。
 その顔には困惑が浮かんでいた。
 執事なのに仕える相手にこんな風に熱く見られたら困るのも当然だろう。
 だけど本当にそう?
 アーノルドの瞳には何かこいねがう色が混じっていた。
 
「アーノルド。あの夜私が待ち合わせをしていたのは、あなたね?」

 気づいたら訊ねていた。
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