婚約破棄させていただきますわ

佐崎咲

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男もすなる婚約破棄というものを女もしてみんとてするなり

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「アンツ=マクレガン様。あなたは私という婚約者がありながら、そこなる男爵令嬢、ミミカ様と所かまわず仲睦まじく腕を組んで歩き、挙句、ミミカ様を貶めたのは私であるなどと事実無根の疑いをかけ、著しく私の名誉を傷つけました。したがって、マクレガン伯爵と私の父との合意のもと、ここに婚約解消を宣言させていただきます!」

「いや、おまえが言うのかよ」

 今俺たちが言おうとしてたんだけど。
 そうポツリと呟きが聞こえましたが、言ったもの勝ちです。

 だって、どう考えても「おまえに言われる筋合いねえわ」ですもの。何故私が巷で噂の不名誉な婚約破棄というものを側に立たねばならないというのでしょう。
 見下げ果てたのはこちらの方です。

 アンツ様はその細腕に、縋るようにしてこちらを覗うミミカ様をぶらさげています。
 学園内だけではなく近頃は舞踏会でもそのようにミミカ様をぶらさげておいでなので、私はほとほと呆れています。

 私は決してミミカ様に意地悪などしていません。それなのに、ミミカ様の主張のみを聞き入れたアンツ様と信頼関係など築いていけるわけがなく、このような茶番はもう終わりにしたいと、父とマクレガン伯爵にお願いしたのです。

 何故学園の広場という衆人環視の中、このような宣言をするに至ったかと言えば、アンツ様がミミカ様を腕にぶら下げて私をここへ呼び出したからです。
 これは巷に聞くあれがくるなと察しました私は、先にそれを発動したのです。
 そんな屈辱を、これまでアンツ様の阿呆ぶりに耐え忍んで来たこの私が浴びるのはお門違いというものですから。

「本当にいいのか? しかも、両家の了承を得ているだと? 私が話をしに行った時は、何を言っているのかというような目で冷笑されたというのに」

「それは私が既にお話をしていたからですわ。理由も申し上げました。証拠もなくミミカ様の主張ただそれだけを根拠として私を犯人とされ、信頼関係など結べるわけがありません。私は心底よりあなたを軽蔑しておりますので」

「おいおいおいおい言葉が過ぎるな。いくら俺でも傷つくぞ」

 再び「お前が言うな」ですわ。
 先に私を傷つけたのはアンツ様の方です。

「まあ、いい。おまえがどう言い訳をしようが、この婚約さえ破棄されればあとは些末なことだ。少々手順は違えど、話が早く済んだのはありがたい。では今後、マクレガン家とおまえは何の関係もないということでいいな」

 アホかなと思いました。
 「そんなわけにいくか!」と罵りたい気持ちでいっぱいです。

「そうはいきません。これは家と家との婚約でしたから。我が家とマクレガン家の繋がりまであなたに決める権利はございません」

「なんだと? 俺はお前なんぞにもう用はないと言っているんだ」

 素直にアホだなと思いました。

「ええ、私もあなたに用はございません。どこへなりと、ご自由にお行きください」

 アンツ様は、眉をしかめ、首を傾げました。
 何が言いたいのかわからないのでしょう。
 でも面倒ですので、私はそのまま踵を返しました。私の話は終わりましたので。

「いや、おいおいおいおい! 話の途中だろう! なんだよ、どういうことだよ、説明してから行けよ」

 これまで私の言い分など聞こうともしなかったのに、いまさら何だと言うのでしょう。
 ですがその声があまりにやかましいものですから、私は足を止め振り返りました。

「アンツ様はミミカ様の家に婿に入られることになったそうですわ。私はマクレガン家長子であるユインツ様と結婚することとなりました」

「は?? 兄上には婚約者がいるだろ」

「セフィーネ様は隣国の王子様に見初められ、国のためにと円満にユインツ様との婚約を解消されました」

「は??? いつの間に? 聞いてないぞ、そんな話は!」

「アンツ様にお話したところで、もはや何の関わりもないからだそうですわ」

「は」

 さて、言うべきことは言いました。
 おいとましましょう。
 再びくるりと踵を返した私をアンツ様は「ちょちょちょちょちょ……!!」と止めました。
 しつこいお方です。

「だから、なんで、俺が!! 関係ないんだよ!?」

「先ほども申し上げたじゃないですか。あなた様はミミカ様のお婿様になられ、マクレガン家を出るからですよ。『そのような頭も下も緩い息子なぞいらん。どこぞの馬の骨にでもくれてやる』だそうです」

 私が言ったのではないのに、アンツ様はギリギリと歯噛みしながら私を睨めつけました。

「この女……! 言わせておけば」

 本当に伯爵家の令息とも思えないような方です。まるでそこらへんの安いチンピラのよう。
 それよりも、怒りに震えるアンツ様の腕には、気づけばミミカ様がくっついていませんでした。
 あらまあ、どこへ行ったのやらと思えば、ミミカ様は少しずつ、すこーしずつ距離を取って群衆に紛れ込もうとしていらっしゃいました。

「ミミカ様? どこへ行かれるのですか? どうぞアンツ様の腕は晴れてあなたのものでございます。どうぞその腕をお引きになって家までお連れになってくださいな」

 ミミカ様は私に見咎められ、肩をびくりと跳ねさせました。

「ミミカ……? 何故そのようなところにいる?」

「いえ、あの、私は。別に、アンツ様をお婿さんにほしいわけではありませんので……」

 そうでしょうね。
 しかも伯爵家から縁を切られただの阿呆だけが残るアンツ様になんて用はないでしょうね。
 そんなこととは存じておりましたけれども、あとは勝手にやっていただきましょう。私、もはや関係ありませんので。

「ミミカ? どういうことだ?」

 悲愴な顔をしたアンツ様がミミカ様に追いすがります。

 私は今日の授業も終わりましたことですし、家に帰らせていただきますわ。

     ◇

 家に帰るとユインツ様がおいでになっていました。
 あのアンツ様と血がつながっているとはとても思えない聡明なお顔立ち、私を包み込むような柔らかな笑み。
 目と目が合っただけで私の頬は赤らんでしまいます。

「おかえり、待ってたよ」

 そう言ってユインツ様は私のおでこにキスを落としてくださいました。

「いらしてたんですね」

 少々気恥ずかしく、頬を染めて俯けば、ユインツ様は楽しそうにくすくすと笑われました。

「まさかお互いに婚約解消することになろうとはね。そのおかげで本当に欲しいものが手に入った」

 ユインツ様の言葉に、私はさらに頬を赤らめました。
 これ以上ないというくらいに頬が熱くて、もう顔が上げられません。

 私は幼少の頃よりユインツ様が好きでした。
 そんな気持ちを恋だと自覚するよりも早く、ユインツ様には婚約者がいらしたので、叶わぬはずの恋でした。
 まさかその弟のアンツ様との縁組が決まるとは因果なものでしたけれども。

 それでもアンツ様に歩み寄ろうと、我慢と我慢と忍耐の日々を送ってまいりました。
 なのに、アンツ様からミミカ様を貶めたと疑いを向けられたその日、私は悲しくて、辛くて、これまで阿呆を我慢してきたのにとやり切れなくて、一人臥せって泣いていたのです。
 そこにたまたまユインツ様が我が家にいらしていて、若葉のそよぐ木の下で久しぶりにお話をしたのです。

 ユインツ様は物心つく前に婚約者を決められていたため口にすることはなかったものの、かねてより私を、その、好ましいと、思ってくださっていたんだそうです。
 その日は婚約解消により自由の身となったことで、私が結婚してしまう前に一度顔が見たいと訪れてくれたところでしたが、私の状況を知り想いを告げてくださったのです。

「この国に婚約破棄が流行してくれて私はとても助かった思いだよ。まさか幼い頃からの想いをかなえられるとは思ってもいなかった。初恋は実らないものだというからね」

「ええ、本当に。私もずっと、陰ながらお慕いしておりましたから。このような日を迎えられて幸せです」

 私達は、私が学園を卒業するのを待たず、半年後に結婚することとなっています。
 また婚約破棄の嵐に巻き込まれぬうちに、速やかに。

「幸せは自分の手でつかみ取るものですわ」

「え? 今、なんて?」

「いいえ? なんでもありませんわ」

 私はにこりと笑って、ユインツ様の腕の中におさまりました。
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