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第2章
第1話 新しく生徒会副会長になる人
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その後、レガート殿下と共にファルコット伯爵が家族と住む屋敷へと向かい、婚約を受け入れたことを報告した。
義父よりさらに温和な人で、義姉が迷惑をかけたのに私を責めもせず、婚約のことも「それだけの働きをしたのだから甘んじて受けなさい」と笑って言ってくれて、祝福してくれた。
さらには、今日はお祝いだと言ってその家族も揃って、レガート殿下と共に夕食をご馳走になった。
そうして祝われていると、なんだかふわふわしていたものがやっと現実のこととして捉えられるようになった気がしたけれど、その日はなかなか眠りにつけなかった。
二日後。
迎えに来てくれたレガート殿下と共に久しぶりに学院へ行くと、ざわめきと共に迎え入れられた。
驚き、というよりも好奇の目が向けられているところからすると、既に私とレガート殿下の婚約は知れ渡っているらしい。
覚悟していたような厳しい視線は不思議とあまり感じず、拍子抜けした。
私が緊張していて周囲の様子がよく見えていないせいかもしれないけれど。
並んで廊下を歩きながら必死に話題を探したけれど、共通の話題というと義姉のことか国のことになってしまう。
どちらも人の目も耳もある場所ですべき話ではない。
他愛もない話とは考えても出てこないものなのだなと身に染みる。
結局会話らしい会話もないままに別れ、久しぶりの授業はついていくのに精いっぱいで、あっという間に昼休みとなった。
今日は生徒会役員が集まり、空席となってしまった副会長候補について話し合うこととなっていた。
私は役員ではないけれど、義姉のせいで迷惑をかけてしまったことをお詫びするため向かう。
これまでも多忙を理由にほとんど出席しない義姉の代わりに、私にできる雑務があればとお手伝いさせてもらっていたのだけれど、今は殿下も多忙でずっと来られず義姉もおらずで、かなり仕事が溜まっているらしい。
少しでも役に立たねばと気合いが入る。
生徒会室には既に役員の方々が揃っていて、世間話などをしながら昼食を食べていたようだった。
「皆様、この度は義姉が突然任を下りることになり、またそのせいでレガート殿下まで長らく学院に来られなくなってしまい、ご迷惑をおかけしました」
義姉は急遽養生のため領地で暮らすことになったと説明することになっている。
深々と頭を下げた私に、朗らかな声がかけられた。
「ローラ様、久しぶりにお会いできて嬉しいです! 大変だったでしょうけれど、お元気そうでほっとしましたわ」
書記のアリア様が眼鏡の奥の目を優しく笑ませて、私の手をぎゅっと握った。
迷惑ばかりかけているというのに、他の方々もにこにこと私を迎え入れてくれて、心底からほっとした。
「ローラ様もまずは昼食を。こちらの席が空いておりますわ」
「ありがとうございます」
手を引かれ、にこりとお礼を言ったものの若干戸惑う。
促されたのは、義姉の席。つまりはレガート殿下の隣だ。
「さあさあ、どうぞどうぞ」
にこにこと席を勧められ、なんとかにこにこと笑みを浮かべて殿下の隣へと腰を下ろす。
何故みんなこんなにも笑顔なのだろう。
何だか見守るような生温い視線ばかり感じるのは何故だろう。
「遅かったな。授業の時間が延びたのか?」
殿下に問われ、「いえ……」と言いよどむ。
「廊下を歩く度にいろんな人に捕まりまして、どういうことかとあれこれ事情を聞かれておりました」
なるほど、と一同が頷く。
「しかし、義姉から奪ったと糾弾されるのではと覚悟していたのですが、朝から昼に移るにつれて、鋭い視線もだんだんと感じなくなりましたし、今はただひたすらに好奇の目を向けられている気がします」
「そりゃね。あんな朝みたいな二人を見て、裏でそういう仲になってたんだろうなんて勘ぐる奴はいないよ」
もう一人の書記であるマーク様がそう言うと、再び殿下を除く一同が、うん、と頷く。
レガート殿下だけは何故だか窓の外に目を向けていた。
「え。どんな風に見えて……」
「あのう。私、待ちきれないのですけれど。お二人のこと、お聞きしてもよろしいのでしょうか」
え、待って、気になるんですけど。
しかし殿下が答えるほうが早かった。
「お披露目はまだ先のことではあるが、既に決定事項だ。口外して問題ない。ということで、私とローラは婚約した」
「やはり噂は本当でしたのね! おめでとうございます」
私と殿下は意見がぶつかり合うことも多く、激論を交わすこともあったから、そんな二人が婚約だなんてきっと驚いたことだろう。
説明は一言で終わったが、アリア様や他の方々の目の輝きはおさまっていない。
「ご結婚はいつされるのですか? やはりローラ様が卒業されてからですか?」
「ああ」
「ローラ様は再びファルコット伯爵の養女となられるのですか?」
「その通りだ」
レガート殿下の短い返答に慣れている生徒会の面々は、臆することなく質問を投げてくる。
私が口を挟む暇はなく、すべてレガート殿下が淡々と答えていった。
「ローラ様が聖女の代わりとして各地を飛び回っていると聞いたのですが」
その質問にはさすがに私から答えた。
今後は聖女に頼らない方法で国を維持していくことになった話をすると、それぞれ思うところがあったようで、なるほどと頷き、考え込むように静かになった。
「考えてみれば、たった一人の聖女という存在に国の守りを依存するなど恐ろしいことですよね。今回のように急病にかかることもあれば、事故で亡くなってしまうことだってありえますし」
聖女には何人もの護衛がつけられるものの、どんなに大事に守っても完全に死を避けられるわけではない。
「クリスティーナ様のご病気は心配ですが、いつかは変わるべきことで、現聖女である王妃殿下がいらっしゃるうちに準備を整えられたのですから、国にとってはよい結果となったわけですね」
「そう言っていただけるとありがたいのですが。義姉が並々ならぬご迷惑を」
「ローラ様が気に病まれることはありませんわ。クリスティーナ様のご病気はローラ様のせいではありませんもの」
アリア様がさっぱりと言うと、会計のジョアン様が鼻で笑った。
「もともとクリスティーナは多忙だなんだとほとんど仕事なんかしてなかったし、来たら来たで余計な仕事を増やすばかりだったしな。生徒会だって限られた役員でやってるんだ、そのうちの一人が機能しないってことがどれだけ大変なことか、あの人は理解しようともしない。聖女で王太子の婚約者なんだから、多忙だなんて最初からわかってたことを、やれもしないのになんで副会長に立候補なんかしたんだよ」
「ジョアン、落ち着いて……」
「それどころか、来るものみんな文句をつけて、あれで仕事をしてるつもりだったんだから恐ろしいよな」
「文句を言えば相手の上に立った気になれるしね。お手軽に『仕事してる感じ』だけ味わってたんだよ」
マーク様まで鼻で笑うと、ジョアン様がしげしげと私を見た。
「ローラ嬢もよく長年あんな人に付き合ってたな。尻拭いに駆け回ったりしないで、ほったらかして報いを受けさせればよかったのに」
「ですが、それだとファルコット伯爵家と心中することになりかねませんでしたので……」
義姉の『私がやらなければ』の暴走はお役目のことだけではなかった。
いきなりお茶会を開くと言って名だたる家に招待状を送っておきながら、何もしないのも困ったものだった。
どうしたのかと思えば、準備は使用人がするものでしょうと横目で睨む。
使用人に対して指示もせずに『察して勝手に動け』はない。
全投げするならするで先に言ってほしい。
既に間際で、私はどんな招待を誰に送ったのかも知らなかったから慌てて確認し、招待客に合わせたもてなしを準備しなければならず、当日を無事終えるまで、失礼をしてはいないかと肝を冷やしっぱなしだった。
そんなことばかりで、ファルコット伯爵家としてとても義姉を放っておくわけにはいかなかったのだ。
「まあ聖女に王太子の婚約者、生徒会副会長と名乗りをあげておきながら仕事を放棄するくらいだもんな。意欲だけ無駄に高いとか迷惑この上ない」
「まあ今後は仕事が進むようになるでしょうから、心機一転、新しく副会長を迎え入れてここを乗り越えていきましょう」
気持ちを切り替えたようなアリア様の言葉に、役員たちは揃って頷いた。
そしてなぜか、一斉に私を見た。
「ってことで、前々からクリスティーナの尻ぬぐいで生徒会に顔を出しては雑務を買って出てくれていたローラ嬢に入ってもらうのが一番だと思うんだが」
そう言い出したのはジョアン様だが、またもや役員たちは揃って頷いた。レガート殿下もだ。
「え。いえしかし、平民生まれの私が副会長など、皆様納得しないのでは」
「国王陛下がその能力を認めた人間を認めないなんてこと、ないだろう?」
「それだと聖女である義姉を否定するのは王妃殿下を否定するのと同じことになるといって次々お役目に選ばれたのと同じ論理になってしまうような……」
「いや、全然違う。クリスティーナが王太子の婚約者に選ばれたのは聖女だったからだが、そもそも聖女に選ばれたのは魔力の高さが理由だ。だけどそれと生徒会副会長に適任かどうかなんてまったく関係ない。『有能』って評判もあったが、それの元ってローラ嬢だろ?」
「え?」
どういうことかと戸惑うが、アリア様がうんうんと頷く。
「そうよね。クリスティーナ様はいつも、さも『私、忙しいので』というようにテスト前の隙間時間に要点をまとめられたノートを見て勉強されていらっしゃいましたけど、ノートの字はローラ様のものでしたもの。学年も違いますのに、ローラ様は先の授業までご自分で勉強されていて、しかも要約というのはしっかり内容を理解していないとできないことですから、あれはローラ様のほうが有能だと周囲に知らしめているようなものでした」
「それは……、その」
まさかそんなものを学校に持って来ていたとは。
義姉は私が多忙な義姉のために何かすることは当然だと思っていたから、誰かに見られることを恥ずかしいとも思わず、隠そうともしていなかったのだろう。
「ローラ嬢が殿下の婚約者に選ばれたのは、文字通り有能だからだ。そんなローラ嬢が正式に生徒会に入ってくれれば俺たちも楽にな……、安心だと思ったわけだ」
「ローラ嬢ならやれるでしょ? 結局彼女の仕事をしてたのはローラ嬢なんだから」
マーク様にも言われ、ひたすら戸惑う私に、アリア様がにっこりと笑いかける。
「雑用をお手伝いしてくださっているローラ様にも参考までにとよく意見を聞かせていただいていたでしょう? その度はっとさせられ、いつしかローラ様のご意見をあてにしておりました。人の話を聞いた上で自分の意見も言えて、周りと考えをすり合わせていける人はなかなかおりませんわ」
「クリスティーナはいたずらに議論を引っ掻き回したり、自分の主張と批判ばかりするのを有能だと勘違いしてたからな。ローラ嬢は流れを読みながら軌道修正したり、全体の意見から、それならこうしたら? って整理したり。そういう人間がいると楽……、ちゃんと議論になる」
ジョアン様。先ほどからずっと本音が隠せてませんが。
もう一押しとばかりにマーク様が言い添える。
「それに、ローラ嬢って見た目はほわほわしてるけど、実際頭がキレるよね」
「そのように揃ってお褒めいただくと、恐縮を超えて、みなさま今さら新しく選ぶのが面倒なのでは? なんて思ってしまいますが」
「それはあるよね」
「ですよね」
知ってたけど。
マーク様は正直でよろしい。
アリア様もてへって。まあかわいいからよろしい。
ジョアン様もあらぬほうに目をやっているし、レガート殿下は、なんとくつくつと笑っている。
あまりに珍しくてつい見入ってしまったけれど、はっとして居住まいを正した。
「粉骨砕身、みなさまのお役に立ちたいと思っているのは本心です。ただ、その肩書きは私には――」
「文句を言うなら、他に相応しい人を探してきてよ」
頭の後ろで手を組んだマーク様に言われ、言葉に詰まる。
確かに文句を言ってばかりでは義姉と同じになってしまう。
「わかりました……。少しだけお時間をいただけますか?」
「二日だ」
ジョアン様に言われ、ちらりとレガート殿下に目を向けると、頷きが返った。
「じゃ、それまではお手伝いお願いね。クリスティーナ嬢の尻ぬぐいをさせたいとかそんなんじゃなくて、とにかく仕事が回らないから。よろしく」
マーク様に「はい」と返事をすると、予鈴が鳴り響き、その場は解散となった。
立ち上がった殿下が私の頭にぽん、と手を置いた。
そっと顔を上げると、殿下は真っすぐ前を見ており、その表情には相変わらず何も浮かんでいなかったけれど。
なんとなく、やりたいようにやればいいと言われているような気がした。
義父よりさらに温和な人で、義姉が迷惑をかけたのに私を責めもせず、婚約のことも「それだけの働きをしたのだから甘んじて受けなさい」と笑って言ってくれて、祝福してくれた。
さらには、今日はお祝いだと言ってその家族も揃って、レガート殿下と共に夕食をご馳走になった。
そうして祝われていると、なんだかふわふわしていたものがやっと現実のこととして捉えられるようになった気がしたけれど、その日はなかなか眠りにつけなかった。
二日後。
迎えに来てくれたレガート殿下と共に久しぶりに学院へ行くと、ざわめきと共に迎え入れられた。
驚き、というよりも好奇の目が向けられているところからすると、既に私とレガート殿下の婚約は知れ渡っているらしい。
覚悟していたような厳しい視線は不思議とあまり感じず、拍子抜けした。
私が緊張していて周囲の様子がよく見えていないせいかもしれないけれど。
並んで廊下を歩きながら必死に話題を探したけれど、共通の話題というと義姉のことか国のことになってしまう。
どちらも人の目も耳もある場所ですべき話ではない。
他愛もない話とは考えても出てこないものなのだなと身に染みる。
結局会話らしい会話もないままに別れ、久しぶりの授業はついていくのに精いっぱいで、あっという間に昼休みとなった。
今日は生徒会役員が集まり、空席となってしまった副会長候補について話し合うこととなっていた。
私は役員ではないけれど、義姉のせいで迷惑をかけてしまったことをお詫びするため向かう。
これまでも多忙を理由にほとんど出席しない義姉の代わりに、私にできる雑務があればとお手伝いさせてもらっていたのだけれど、今は殿下も多忙でずっと来られず義姉もおらずで、かなり仕事が溜まっているらしい。
少しでも役に立たねばと気合いが入る。
生徒会室には既に役員の方々が揃っていて、世間話などをしながら昼食を食べていたようだった。
「皆様、この度は義姉が突然任を下りることになり、またそのせいでレガート殿下まで長らく学院に来られなくなってしまい、ご迷惑をおかけしました」
義姉は急遽養生のため領地で暮らすことになったと説明することになっている。
深々と頭を下げた私に、朗らかな声がかけられた。
「ローラ様、久しぶりにお会いできて嬉しいです! 大変だったでしょうけれど、お元気そうでほっとしましたわ」
書記のアリア様が眼鏡の奥の目を優しく笑ませて、私の手をぎゅっと握った。
迷惑ばかりかけているというのに、他の方々もにこにこと私を迎え入れてくれて、心底からほっとした。
「ローラ様もまずは昼食を。こちらの席が空いておりますわ」
「ありがとうございます」
手を引かれ、にこりとお礼を言ったものの若干戸惑う。
促されたのは、義姉の席。つまりはレガート殿下の隣だ。
「さあさあ、どうぞどうぞ」
にこにこと席を勧められ、なんとかにこにこと笑みを浮かべて殿下の隣へと腰を下ろす。
何故みんなこんなにも笑顔なのだろう。
何だか見守るような生温い視線ばかり感じるのは何故だろう。
「遅かったな。授業の時間が延びたのか?」
殿下に問われ、「いえ……」と言いよどむ。
「廊下を歩く度にいろんな人に捕まりまして、どういうことかとあれこれ事情を聞かれておりました」
なるほど、と一同が頷く。
「しかし、義姉から奪ったと糾弾されるのではと覚悟していたのですが、朝から昼に移るにつれて、鋭い視線もだんだんと感じなくなりましたし、今はただひたすらに好奇の目を向けられている気がします」
「そりゃね。あんな朝みたいな二人を見て、裏でそういう仲になってたんだろうなんて勘ぐる奴はいないよ」
もう一人の書記であるマーク様がそう言うと、再び殿下を除く一同が、うん、と頷く。
レガート殿下だけは何故だか窓の外に目を向けていた。
「え。どんな風に見えて……」
「あのう。私、待ちきれないのですけれど。お二人のこと、お聞きしてもよろしいのでしょうか」
え、待って、気になるんですけど。
しかし殿下が答えるほうが早かった。
「お披露目はまだ先のことではあるが、既に決定事項だ。口外して問題ない。ということで、私とローラは婚約した」
「やはり噂は本当でしたのね! おめでとうございます」
私と殿下は意見がぶつかり合うことも多く、激論を交わすこともあったから、そんな二人が婚約だなんてきっと驚いたことだろう。
説明は一言で終わったが、アリア様や他の方々の目の輝きはおさまっていない。
「ご結婚はいつされるのですか? やはりローラ様が卒業されてからですか?」
「ああ」
「ローラ様は再びファルコット伯爵の養女となられるのですか?」
「その通りだ」
レガート殿下の短い返答に慣れている生徒会の面々は、臆することなく質問を投げてくる。
私が口を挟む暇はなく、すべてレガート殿下が淡々と答えていった。
「ローラ様が聖女の代わりとして各地を飛び回っていると聞いたのですが」
その質問にはさすがに私から答えた。
今後は聖女に頼らない方法で国を維持していくことになった話をすると、それぞれ思うところがあったようで、なるほどと頷き、考え込むように静かになった。
「考えてみれば、たった一人の聖女という存在に国の守りを依存するなど恐ろしいことですよね。今回のように急病にかかることもあれば、事故で亡くなってしまうことだってありえますし」
聖女には何人もの護衛がつけられるものの、どんなに大事に守っても完全に死を避けられるわけではない。
「クリスティーナ様のご病気は心配ですが、いつかは変わるべきことで、現聖女である王妃殿下がいらっしゃるうちに準備を整えられたのですから、国にとってはよい結果となったわけですね」
「そう言っていただけるとありがたいのですが。義姉が並々ならぬご迷惑を」
「ローラ様が気に病まれることはありませんわ。クリスティーナ様のご病気はローラ様のせいではありませんもの」
アリア様がさっぱりと言うと、会計のジョアン様が鼻で笑った。
「もともとクリスティーナは多忙だなんだとほとんど仕事なんかしてなかったし、来たら来たで余計な仕事を増やすばかりだったしな。生徒会だって限られた役員でやってるんだ、そのうちの一人が機能しないってことがどれだけ大変なことか、あの人は理解しようともしない。聖女で王太子の婚約者なんだから、多忙だなんて最初からわかってたことを、やれもしないのになんで副会長に立候補なんかしたんだよ」
「ジョアン、落ち着いて……」
「それどころか、来るものみんな文句をつけて、あれで仕事をしてるつもりだったんだから恐ろしいよな」
「文句を言えば相手の上に立った気になれるしね。お手軽に『仕事してる感じ』だけ味わってたんだよ」
マーク様まで鼻で笑うと、ジョアン様がしげしげと私を見た。
「ローラ嬢もよく長年あんな人に付き合ってたな。尻拭いに駆け回ったりしないで、ほったらかして報いを受けさせればよかったのに」
「ですが、それだとファルコット伯爵家と心中することになりかねませんでしたので……」
義姉の『私がやらなければ』の暴走はお役目のことだけではなかった。
いきなりお茶会を開くと言って名だたる家に招待状を送っておきながら、何もしないのも困ったものだった。
どうしたのかと思えば、準備は使用人がするものでしょうと横目で睨む。
使用人に対して指示もせずに『察して勝手に動け』はない。
全投げするならするで先に言ってほしい。
既に間際で、私はどんな招待を誰に送ったのかも知らなかったから慌てて確認し、招待客に合わせたもてなしを準備しなければならず、当日を無事終えるまで、失礼をしてはいないかと肝を冷やしっぱなしだった。
そんなことばかりで、ファルコット伯爵家としてとても義姉を放っておくわけにはいかなかったのだ。
「まあ聖女に王太子の婚約者、生徒会副会長と名乗りをあげておきながら仕事を放棄するくらいだもんな。意欲だけ無駄に高いとか迷惑この上ない」
「まあ今後は仕事が進むようになるでしょうから、心機一転、新しく副会長を迎え入れてここを乗り越えていきましょう」
気持ちを切り替えたようなアリア様の言葉に、役員たちは揃って頷いた。
そしてなぜか、一斉に私を見た。
「ってことで、前々からクリスティーナの尻ぬぐいで生徒会に顔を出しては雑務を買って出てくれていたローラ嬢に入ってもらうのが一番だと思うんだが」
そう言い出したのはジョアン様だが、またもや役員たちは揃って頷いた。レガート殿下もだ。
「え。いえしかし、平民生まれの私が副会長など、皆様納得しないのでは」
「国王陛下がその能力を認めた人間を認めないなんてこと、ないだろう?」
「それだと聖女である義姉を否定するのは王妃殿下を否定するのと同じことになるといって次々お役目に選ばれたのと同じ論理になってしまうような……」
「いや、全然違う。クリスティーナが王太子の婚約者に選ばれたのは聖女だったからだが、そもそも聖女に選ばれたのは魔力の高さが理由だ。だけどそれと生徒会副会長に適任かどうかなんてまったく関係ない。『有能』って評判もあったが、それの元ってローラ嬢だろ?」
「え?」
どういうことかと戸惑うが、アリア様がうんうんと頷く。
「そうよね。クリスティーナ様はいつも、さも『私、忙しいので』というようにテスト前の隙間時間に要点をまとめられたノートを見て勉強されていらっしゃいましたけど、ノートの字はローラ様のものでしたもの。学年も違いますのに、ローラ様は先の授業までご自分で勉強されていて、しかも要約というのはしっかり内容を理解していないとできないことですから、あれはローラ様のほうが有能だと周囲に知らしめているようなものでした」
「それは……、その」
まさかそんなものを学校に持って来ていたとは。
義姉は私が多忙な義姉のために何かすることは当然だと思っていたから、誰かに見られることを恥ずかしいとも思わず、隠そうともしていなかったのだろう。
「ローラ嬢が殿下の婚約者に選ばれたのは、文字通り有能だからだ。そんなローラ嬢が正式に生徒会に入ってくれれば俺たちも楽にな……、安心だと思ったわけだ」
「ローラ嬢ならやれるでしょ? 結局彼女の仕事をしてたのはローラ嬢なんだから」
マーク様にも言われ、ひたすら戸惑う私に、アリア様がにっこりと笑いかける。
「雑用をお手伝いしてくださっているローラ様にも参考までにとよく意見を聞かせていただいていたでしょう? その度はっとさせられ、いつしかローラ様のご意見をあてにしておりました。人の話を聞いた上で自分の意見も言えて、周りと考えをすり合わせていける人はなかなかおりませんわ」
「クリスティーナはいたずらに議論を引っ掻き回したり、自分の主張と批判ばかりするのを有能だと勘違いしてたからな。ローラ嬢は流れを読みながら軌道修正したり、全体の意見から、それならこうしたら? って整理したり。そういう人間がいると楽……、ちゃんと議論になる」
ジョアン様。先ほどからずっと本音が隠せてませんが。
もう一押しとばかりにマーク様が言い添える。
「それに、ローラ嬢って見た目はほわほわしてるけど、実際頭がキレるよね」
「そのように揃ってお褒めいただくと、恐縮を超えて、みなさま今さら新しく選ぶのが面倒なのでは? なんて思ってしまいますが」
「それはあるよね」
「ですよね」
知ってたけど。
マーク様は正直でよろしい。
アリア様もてへって。まあかわいいからよろしい。
ジョアン様もあらぬほうに目をやっているし、レガート殿下は、なんとくつくつと笑っている。
あまりに珍しくてつい見入ってしまったけれど、はっとして居住まいを正した。
「粉骨砕身、みなさまのお役に立ちたいと思っているのは本心です。ただ、その肩書きは私には――」
「文句を言うなら、他に相応しい人を探してきてよ」
頭の後ろで手を組んだマーク様に言われ、言葉に詰まる。
確かに文句を言ってばかりでは義姉と同じになってしまう。
「わかりました……。少しだけお時間をいただけますか?」
「二日だ」
ジョアン様に言われ、ちらりとレガート殿下に目を向けると、頷きが返った。
「じゃ、それまではお手伝いお願いね。クリスティーナ嬢の尻ぬぐいをさせたいとかそんなんじゃなくて、とにかく仕事が回らないから。よろしく」
マーク様に「はい」と返事をすると、予鈴が鳴り響き、その場は解散となった。
立ち上がった殿下が私の頭にぽん、と手を置いた。
そっと顔を上げると、殿下は真っすぐ前を見ており、その表情には相変わらず何も浮かんでいなかったけれど。
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