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第1章

第3話 そもそもヒロインって、誰のこと?

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「彼女の言動はいつも不可解ではあったが。何故なにもかもローラ嬢に奪われたなどと手紙に残したのだろうな。彼女は私が贈ったドレスも奪われたと言っていたが、それをローラ嬢が着ているところは一度も見ていない」

 城にある応接室。
 私と殿下はお茶をしながら来客を待っているところで、もちろん殿下の護衛騎士、側近などもいるから二人きりではない。
 このところ私も殿下も義姉の尻ぬぐいにあちこち駆け回ってばかりいたから、こうして腰を落ち着けて話すのは久しぶりだ。
 そうなると、自然と話題は義姉のことになる。

「仰る通り、義姉のドレスなど一度も着たことなどありませんし、着たいと思ったこともないのですけれどもね」

 殿下も「だろうな」と頷く。
 義姉は薄茶色の長い髪をいつも結い上げていて、切れ長の瞳で大人びた顔立ちに、スラリとした長身。
 そんな義姉のドレスを私が着たら、脱げ散らかして笑いものにしかならないし、どれも真っすぐなラインの落ち着いた色合いのものばかりだから似合うわけもない。

 私のオレンジ色の髪はふわふわで、目鼻立ちが大きく、幼く見えるから、似合うのはふわふわとしたデザインで、明るい色のドレスだ。
 義姉には媚を売っているようなドレスだと嘲笑されたけれど、私は持っているものは最大限に活かすのがモットーで、自分が一番魅力的に見える格好をする。
 生まれ持ったものはどうにもならないけれど、それを汚点とするか美点とするかは自分次第だ。

「お義姉様は多忙でしたので、代わりに私と侍女が贈り物やドレス、装飾品などの管理をしておりました。おそらくお義姉様にはそれが奪われたように見えたのだと思います」

 義姉は他人から贈られた物などどうせ趣味ではないと言って、ドレスなど見もせず袖も通さず、お礼もしないのだが、ファルコット伯爵家としてそんな失礼を放っておくわけにはいかない。
 加えて、届いたドレスは一度合わせてみてほしいと言っても袖も通さなかったから、以前採寸したドレスに合わせて着丈を直し、義姉がいつでも着られるように整えてある。
 目録を見比べれば一つとて欠けることなく義姉の衣裳部屋に仕舞われていることはわかるはずだ。

 たくさんあるからこそ奪ってもわからないと思ったのでしょう? と義姉は言うが、たくさんあるからこそ何がないのかわからないのは義姉のほうで、確認すればわかるものをそれすらしない。

 お父様を奪ったとかファルコット伯爵家を奪うつもりなのでしょうとも言われたけれど、義父とは血が繋がっていないし、義父亡き今、ファルコット伯爵家はその弟が継いでいる。

 昨年亡くなった義父は二年前から病床にあり、義姉は現実を見たくなかったのか、本当に亡くなってしまうとは思ってもみなかったのか、見舞いに訪れることもなかった。
 そんな義姉に代わって領地のことや家のことなど、義父の仕事を手伝っていたのを『奪われた』と取ったのかもしれないけれど、だったらせめて義父に一目顔を見せてくれたらよかったのに。
 実の親子だからこそ複雑な思いもあったのだろうが、だからといって私に八つ当たりしないでほしかった。

「ただ、生徒会を私に奪われたというのがまったく意味がわからなかったのですが。義姉がつかえな……げほっ、多忙な分、私はお手伝いをさせていただいていただけでしたのに」
「それは、生徒会役員たちがローラ嬢の意見を頼りにしていることに気が付いていたからだろう」
「私は会議には参加しておりませんが……」
「だがあれこれ手伝いをしながら雑談をしていただろう? 会議の内容に触れることもあったが、ローラ嬢の意見はいつも的確だった。仕事も早いし、他の役員の動きを見て必要な立ち回りをさりげなくしてくれるから、やりやすかった。だから彼女よりもよほどローラ嬢に生徒会役員であってほしかったと、役員たちがぼやいているところを何度か私も聞いている」

 義姉もそれを聞いていたのかもしれないし、なんとなくそういうものを察したのかもしれない。
 謎は解けたが、スッキリはしない。
 義姉の尻ぬぐいをしてきたつもりが、自分のせいにされたのだ。
 今までの私はなんだったのかと遠い目になってしまいそうになる。

「先日、義姉がどうせもう関係ないとか、潮時だとか言っていたのです。きっと、すべてが嫌になった……というか、義姉からするとおそらく『誰も彼もが人の話を聞きもしない。こんなことを続けていても無駄だわ』とすべてを投げ出すに至ったのかもしれません」
「そうだろうな。だが聖女のお役目がどうのだとか王太子妃の教育がどうのとか書けば、王家を批判しているようにも捉えられる。そこは自分でも気が付いていて、ローラ嬢のせいにした、というところか」

 たぶん、なんだけど。
 義姉は自分が『真面目』であることにとても誇りを持っているようだったから、優秀な自分が聖女になり、王太子妃になり、生徒会副会長を務めねばならないと思っていたのは本当なのだと思う。
 けれど実際なってみたら大変なことばかりで、とても追いつかなくて、ピリピリして、それで周りに当たり散らしていたのだろう。
 いや、他人に厳しいのは前からだったけれど、近頃は倍増していたから。
 そんなことで事態が好転するわけがなく、どうにもならなくなって、逃げだしたくなったのだと思う。
 けれどただ逃げたら批判が向くから、全部私のせいにしたかったのかもしれない。
 もしそうだとしても、義姉にその自覚はないだろうし、単純に私が嫌いだっただけかもしれないけれど。

 殿下も、私も、生徒会の人たちも。
 みんな助けようとしていたのに、義姉にとってはそれすらも自分を信用されていないように感じてしまったのかもしれない。
 自分でできる。他人が悪い。そういうことにしたかったのかもしれない。

 まあ、そんなのは私の勝手な想像だ。
 本当のところは義姉に聞いてみなければわからない。
 また会うことがあるかはわからないけれど。

「私のしたことが逆効果になっていたかもしれないと思うと、義姉の暴走とあわせて改めて申し訳なく思います。ご迷惑をおかけしました」
「いや。ローラ嬢が謝ることはない。どれだけ尽力してくれていたかは私も両親もわかっている」

 壁際に控えている護衛騎士や側近まで、うんうんと深く頷いてくれている。
 そのありがたさに思わず笑みが浮かんだけれど、理解してもらえるのは共に駆け回った同志でもあるからだ。

「せめて、私自身に魅力でもあれば彼女も出ていこうとはしなかっただろうにな」
「いえ! 殿下は魅力的です! 紳士的ですし、義姉にも細やかな気配りをしてくださっていましたし」
「彼女は騎士団に交じって訓練を積む私に『その筋肉は何に使うのですか』などと嫌そうな目を向けるばかりだった」
「それは……」

 義姉の好みは爽やか王子系で、レガート殿下と正反対だったことは否めない。
 レガート殿下は幼い頃から剣の腕を磨いている。
 婚約が決まった二年前はまだ少年らしい体つきだったのだけれど、殿下はみるみる間にもりもりの筋肉を身につけられた。
 くわえて短い黒い髪に黒い瞳はどこか厳めしく、近寄りがたい雰囲気があるからなおさらだったのだろう。

「有事となれば戦場で指揮をとることもあるから、鍛えることは王子としての務めではある。だが彼女からしてみれば、今は平和で国家間の争いもないからなおのこと無駄に見えるのだろう。いつも合理的ではないと批判していた彼女らしい」
「合理的が国のためによいとは言えません。平和がいつまでも続くとは限りませんし。国のため一心に励んでおられる殿下が王となられることは、国民にとっても安心であるはずです」

 国を守る立場だからこそ備えが必要なのであり、また抑止力ともなる。
 合理的と言ってなんでもそぎ落とせばいいわけではない。

 何より殿下は剣を振るのが性に合っているのだろう。
 剣を持つとき、レガート殿下の厳めしい表情は変わらないながらも、どこか嬉々としているのははた目から見ていてもわかったから。
 それを無駄だなどと、何のお役目も果たしていない義姉が言うことではない。

「貴族の令嬢たちにも『武骨』『顔が怖い』『表情筋だけ鍛え漏れていて何を考えているのかわからない』などと言われているのは知っている」

 知っていたのか。
 だがそれとこれとは話が別なような。
 鍛えているから表情筋が死んだわけでもあるまいに。

「熱狂的な支持者もおられますよ」
「筋肉だけを偏執的に崇められても嬉しくはない」

 確かに。
 いつも『隠れ筋肉最高!』『スマート筋肉とごりごり筋肉が入り混じる騎士団の中で主張しない筋肉をもって無表情で無慈悲に剣を振り回しているのが最高に萌える』などなど囁き交わしながら殿下を遠くから見守っている令嬢の一団がいるのだが、殿下は国のために強くあろうとしているのであって、筋肉を育てているわけではないのだから、そこを褒められても複雑だろう。

「殿下はいつも義姉に真摯に向き合い、気遣ってくださり、いつも誠実で、国のためにと駆け回ってくださっていることも存じております。妻を守る夫として、国を守る王太子として、これ以上ない方だと思います」

 義姉の非礼の代わりにはならないけれど。
 本心から告げた私の言葉を、殿下は淡々と受け入れた。 

「そうか。そう言ってくれるならば、婚約者に逃げられた王太子としても浮かばれる」
「義姉がそのような不名誉を負わせてしまい申し訳ありません――。この国と王家を支える一助となれるようできる限りのことをさせていただきます」

 ファルコット伯爵家を継ぐでもない、平民生まれの私がとれる責任なんてないけれど、尻拭いが終わったとしても、力の及ぶ限り尽くす所存だ。

「何度も言うがローラ嬢が責任を感じる必要はない。だが――その覚悟はあると思っていいのだな?」
「もちろんです」
「後で『やっぱりそれは無理』は聞かんぞ」
「え」

 何故そこまで念を押すのか。
 そんなにじっと見られると不安にならないでもない。
 何か見落としや忘れていることがあったろうか。
 私がこれからしなければならないことを頭に思い浮かべ整理し直してみたが、大変だけれどやってやれないことはない。大丈夫なはずだ。

「いえ。義姉のようなことは申しません」
「そうか。それなら安心だ」

 珍しくレガート殿下がにっと口角を上げるから一層不安になったけれど、すぐに何もなかったようにお茶を飲み始めたから私はそのまま流してしまったのだ。
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