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Office14・週末のバー
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しおりを挟む「どうして、あなたが……、ここに」
「決まってる……、お前を、迎えに来たんだよ」
瞳孔が開ききっている。
明らかに、テレンスはまともな状態ではない。
――薬の影響なのだろうか。
どうあれ、一刻も早く、ここを離れなければならない。テレンスのそばにいるのは、危険だ。
馬車から降りようと、扉に手を伸ばす。
「おっと……、逃げちゃ駄目だよ」
テレンスは笑みを浮かべたまま、僕の腕を遮る。
「やめてください。人を、呼びますよ」
言いながら、思う。
――本来いるはずの馬車の御者は一体、どこに行ったのだろう?
――テレンスは、彼に何をした?
「何を言っているんだ? ずっと、俺を待っていたんだろう?
知ってるんだ。ずっと、ずっと、俺を待っていてくれていただろう?」
――まただ。
――この、表情。
――湖でのパーティのあの後、豹変したテレンス。
「おっしゃっている意味が、わかりません」
「意地を張ったって、無駄だよ。俺には、全部わかってるんだ……ノエル」
「僕は、ノエルさんじゃないっ!」
テレンスの肩を強く押す。
そのまま、手を前に突き出し、扉側にまわる。
身体の向きを変え、そのまま、外に出ようと扉に手を伸ばす。
そのとき、右腕に嫌な違和感を覚える。
「……っ、何を!」
テレンスは僕の腕に、注射器を突き刺していた。
透明な液体が、針を通して僕の体内に入っていく。
「……一緒に天国に行こう。……ノエル」
意識が遠のいていく……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
激しい頭痛と、吐き気とともに、僕は覚醒した。
「やっと起きた……。なかなか目を覚まさないから、心配したじゃないか」
すぐ近くにテレンスの顔があった。
「ここは……」
見覚えのない天井。
身動きがとれない。
僕はベッドに両手足をくくりつけられていた。
部屋は豪華な内装で、どこかの屋敷の中のようだ。
「大丈夫。ここなら、誰も来ない……」
僕の隣に寝そべるテレンスは、ゆっくりと僕の身体をなで始めた。
「やめろっ、僕に触るなっ!」
僕は身をよじる。ギリギリとロープが手首に食い込んだ。
「恥ずかしがることないだろう? あんなに俺のこと好きだっていってくれたじゃないか?」
コートを脱がせ、シャツのボタンを一つ一つはずしていく。
テレンスの手が、僕の素肌に触れる。
「やめろっ……」
「綺麗だよ……」
僕のあごをつかみ、自分に向けさせる。
思わず僕は顔をそむける。
「ノエル、機嫌を直して。もう俺は、お前から逃げたりしない……」
「だからっ、僕はノエルじゃないんだ!」
必死で訴えるが、テレンスは鼻先で笑うだけだった。
「何を言ってるんだ? ノエル。お前はノエルだよ。だって、俺が間違えるはずがない。この目を、俺が見間違えるはずがない……。俺は、お前の瞳が一番好きだった。まっすぐで、人を疑うことを知らない、汚れを知らない水色の瞳……」
テレンスが頬を寄せる。
避けようとするが、有無を言わさず押さえつけられる。
「んんっ、ん……」
唇が重なる。
「愛してる……」
テレンスの舌が、僕の舌に絡みつく。
「嫌だっ!」
思わず、その舌に噛みついていた。
「ノエル……何で……」
テレンスは口を手でぬぐう。
「目を覚ませよ! ノエルさんはもうこの世にいない。ノエルさんは、自殺したんだろう? 僕は、ルイ・ダグラスだ。ノエル・ホワイトさんじゃない!」
テレンスの瞳に、一瞬強い光が宿った。
「嘘だ……。嘘だ……」
テレンスは頭を抱え、首を振る。
その光は、次の瞬間、狂気に変わっていた。
「この……っ、裏切り者……!!」
テレンスが、僕の首に手を回す。
「ぐっ……、やめ……」
手に少しずつ力を込め、僕の首を締め上げていく。
「俺以外の男に抱かれやがって……、この淫乱がっ……、何で、何で、死んだんだ。俺を置いて……。俺は、ずっとお前をっ、お前だけをっ……」
「苦しっ……」
目の前がかすむ。
四肢を縛られたこの状況では、抵抗らしい抵抗もできない。
うすらぐ意識の中、部屋の扉のドアが開いたのが見えた。
ぼんやりした黒いシルエットの人物が、僕とテレンスに近づいてくる。
テレンスがその人物に気づく様子はない。
「もう、大丈夫ですよ」
その人物は言うと、テレンスの首筋に一瞬のためらいも見せずに注射器を突き刺した。
僕の首を絞める力が緩む。ほんの数秒で、テレンスは目を閉じベッドに突っ伏すように倒れこんだ。
「全く、馬鹿なことをして……。ノエルさんはもういないと、何度も言ったのに……」
そう言って、テレンスの髪をいとおしげに撫でる。
「――可愛そうなお兄様……」
「決まってる……、お前を、迎えに来たんだよ」
瞳孔が開ききっている。
明らかに、テレンスはまともな状態ではない。
――薬の影響なのだろうか。
どうあれ、一刻も早く、ここを離れなければならない。テレンスのそばにいるのは、危険だ。
馬車から降りようと、扉に手を伸ばす。
「おっと……、逃げちゃ駄目だよ」
テレンスは笑みを浮かべたまま、僕の腕を遮る。
「やめてください。人を、呼びますよ」
言いながら、思う。
――本来いるはずの馬車の御者は一体、どこに行ったのだろう?
――テレンスは、彼に何をした?
「何を言っているんだ? ずっと、俺を待っていたんだろう?
知ってるんだ。ずっと、ずっと、俺を待っていてくれていただろう?」
――まただ。
――この、表情。
――湖でのパーティのあの後、豹変したテレンス。
「おっしゃっている意味が、わかりません」
「意地を張ったって、無駄だよ。俺には、全部わかってるんだ……ノエル」
「僕は、ノエルさんじゃないっ!」
テレンスの肩を強く押す。
そのまま、手を前に突き出し、扉側にまわる。
身体の向きを変え、そのまま、外に出ようと扉に手を伸ばす。
そのとき、右腕に嫌な違和感を覚える。
「……っ、何を!」
テレンスは僕の腕に、注射器を突き刺していた。
透明な液体が、針を通して僕の体内に入っていく。
「……一緒に天国に行こう。……ノエル」
意識が遠のいていく……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
激しい頭痛と、吐き気とともに、僕は覚醒した。
「やっと起きた……。なかなか目を覚まさないから、心配したじゃないか」
すぐ近くにテレンスの顔があった。
「ここは……」
見覚えのない天井。
身動きがとれない。
僕はベッドに両手足をくくりつけられていた。
部屋は豪華な内装で、どこかの屋敷の中のようだ。
「大丈夫。ここなら、誰も来ない……」
僕の隣に寝そべるテレンスは、ゆっくりと僕の身体をなで始めた。
「やめろっ、僕に触るなっ!」
僕は身をよじる。ギリギリとロープが手首に食い込んだ。
「恥ずかしがることないだろう? あんなに俺のこと好きだっていってくれたじゃないか?」
コートを脱がせ、シャツのボタンを一つ一つはずしていく。
テレンスの手が、僕の素肌に触れる。
「やめろっ……」
「綺麗だよ……」
僕のあごをつかみ、自分に向けさせる。
思わず僕は顔をそむける。
「ノエル、機嫌を直して。もう俺は、お前から逃げたりしない……」
「だからっ、僕はノエルじゃないんだ!」
必死で訴えるが、テレンスは鼻先で笑うだけだった。
「何を言ってるんだ? ノエル。お前はノエルだよ。だって、俺が間違えるはずがない。この目を、俺が見間違えるはずがない……。俺は、お前の瞳が一番好きだった。まっすぐで、人を疑うことを知らない、汚れを知らない水色の瞳……」
テレンスが頬を寄せる。
避けようとするが、有無を言わさず押さえつけられる。
「んんっ、ん……」
唇が重なる。
「愛してる……」
テレンスの舌が、僕の舌に絡みつく。
「嫌だっ!」
思わず、その舌に噛みついていた。
「ノエル……何で……」
テレンスは口を手でぬぐう。
「目を覚ませよ! ノエルさんはもうこの世にいない。ノエルさんは、自殺したんだろう? 僕は、ルイ・ダグラスだ。ノエル・ホワイトさんじゃない!」
テレンスの瞳に、一瞬強い光が宿った。
「嘘だ……。嘘だ……」
テレンスは頭を抱え、首を振る。
その光は、次の瞬間、狂気に変わっていた。
「この……っ、裏切り者……!!」
テレンスが、僕の首に手を回す。
「ぐっ……、やめ……」
手に少しずつ力を込め、僕の首を締め上げていく。
「俺以外の男に抱かれやがって……、この淫乱がっ……、何で、何で、死んだんだ。俺を置いて……。俺は、ずっとお前をっ、お前だけをっ……」
「苦しっ……」
目の前がかすむ。
四肢を縛られたこの状況では、抵抗らしい抵抗もできない。
うすらぐ意識の中、部屋の扉のドアが開いたのが見えた。
ぼんやりした黒いシルエットの人物が、僕とテレンスに近づいてくる。
テレンスがその人物に気づく様子はない。
「もう、大丈夫ですよ」
その人物は言うと、テレンスの首筋に一瞬のためらいも見せずに注射器を突き刺した。
僕の首を絞める力が緩む。ほんの数秒で、テレンスは目を閉じベッドに突っ伏すように倒れこんだ。
「全く、馬鹿なことをして……。ノエルさんはもういないと、何度も言ったのに……」
そう言って、テレンスの髪をいとおしげに撫でる。
「――可愛そうなお兄様……」
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