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Office06・ピアス

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 三輪さん、ピアスに気づいて――


 ドキン、と心臓が跳ねた。
 どうしよう。嬉しい。

 諦めなきゃいけないと解っているのに、ドキドキしてしまう。

 貴方が、他の女性の夫(もの)でなかったら、と、願わずにはいられない。

 こんな最低なお願い、神様はきっと叶えてくれないと思うけど、でも――


 三輪さんの後姿を女々しく見送っていたら、再びチーン、とこのフロアにエレベーターが到着する音がした。中から現れたのは、天敵、上山真吾だ。まだ早い時間なのに、もう出社してきたのね。できれば朝から会いたくなかった。


「和歌子さん、おはようございます」


 普通に喋ると笑顔がカワイイただの後輩なのに、とんでもない本性をこの下に隠しているから、侮れない。

「お、おはよっ」

 三輪さんにドキドキしているのを、悟られちゃいけない。私はさっさと給湯室に向かう事にした。
 珈琲飲んで、気持ち落ち着けて、取引先への納品準備、早めにやってしまおう。
 今日の三輪さんとのデートも遅れないように行かなきゃいけないから、戻って仕事が片付かないって事にならないように、早めに今日の分の仕事も片づけちゃおう。
 給湯室でお湯を沸かし、どうせだったらついでに三輪さんと真吾君の分も珈琲を淹れて持って行こうと思って用意していると、ガチャ、と給湯室のドアが開く音がした。
 私の会社の給湯室は、廊下に面していて室内が丸見えになってしまう為、構造上、扉がある。他の会社のように、開放的ではない。

 バタンと扉を閉め、中に入ってきたのは、真吾君だった。

「あ、どーしたの・・・・? 珈琲、真吾君も飲むよね? 一緒に淹れて持っていくから、待ってて――」

「昨日、ナニがあったんです?」

「昨日?」

 真吾君は給湯室に鍵をかけて、私の方にずかずかやって来た。

「答えてください。昨日は三輪さんと何も進展が無かったって、貴女、メールで俺に報告しましたよね?」

「したけど? それが何か――」

「ドコが進展ないんですか! 大ありじゃないですかっ!」

 真吾君は珍しく大きな声で怒っている。彼がこんな剣幕で怒るところ、初めて見た。「和歌子さん、昨日より三輪さんに恋してる。どういうコトですか」

「どういうって・・・・何も無いわよ。火遊びもしてないし。そんな・・・・真吾君が心配するような関係になんて、なっちゃいないわよ」

「――そのピアス、何ですか?」

 真吾君は、私の身に着けているピアスを見て、明らかに怒っていた。眼鏡の奥の瞳が、先ほどより更に怒りを滲ませたものになっている。
 
「あっ・・・・これは・・・・」

 咄嗟に耳を塞いで隠してしまった。
 っていうか、三輪さんも真吾君も、何でそんな鋭いのよっ。こんな小さなアクセサリーひとつ、普通の男はみんな見逃しちゃうのに。女の髪型の変化すら気が付かない、鈍感な男が多いっていうのに、どうして・・・・。

 オロオロしていると、腕を掴まれて引き寄せられた。耳が露になって、同時にピアスが剥き出しになる。真吾君は露になったピアスを一瞥した。
 鋭い目線がそこに集中していて、何だか、もの凄く辱められている気分になった。


「何時も着けている、パールのピアスじゃないですよね。それ、もしかして三輪さんからの贈り物ですか?」

 はっと目を見開いた私を見て、確信したのだろう。真吾君は大きな溜息を吐いた。

「諦めようと思っている男からの贈り物を、簡単に喜んで受け取ったりして、どうしてそれを会社に着けて来るんですか! 三輪さんを調子に乗らせるだけだって、解らないんですか?」

「だって・・・・」

 なんで真吾君に怒られなきゃいけないの――そんな風に言おうと思ったけど、彼の真剣に私を心配する表情を見ると、そんなセリフを口に出す事が出来なかった。
 物凄く私が悪い事を――いや、桃香さんからしたら、実際にはそうなんだけど――している気分になった。
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