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第四話・罠を仕掛けた男
Side・秋山 壮太・3
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バタン、と扉が閉まる音。続いて玄関が施錠される音がして、ポストの中にカチャン、と鍵が落ちる音がした。
玲子が少ない自分の荷物を抱えて、この家を出て行った音だ。この日が訪れることはもうわかっていたから、一人で落ち着く先は準備してあると彼女は言っていた。
自分は夜の方が似合うからと言って、朝まで待たずに出て行った。もう彼女には、二度と会う事は無いだろう。
玲子――俺が公園で拾った、大事な女。
お前の声が二度と聞けない、お帰りと迎えてくれる姿がもう無いのだと思うと、何故か無性に淋しさが溢れた。
玲子が居なくなって、自分勝手に淋しいと思う俺は、どこまで卑怯で最低な人間なんだろう。
お前がもう二度と俺の前にその姿を現す事なく、独りで生きていくのだと思うと胸が痛んだが、胸を痛めるそんな資格さえ、俺には無い。
こんなドブネズミみたいな俺の事を、何時も必死に愛してくれたお前の事を、同じ様に俺が一生愛してやれたらいいなって、何度思った事だろう。
でも、出来なかった。
挙句お前のキモチまで利用して、千回殺しても飽き足らない男――亜貴の元へ送り込み、その大事な体を使わせてしまったんだ。
大事な女だったのに、愛してやれなかっただけじゃなく、利用し、傷つける事しか出来なかった。
俺は何時か地獄に堕ちるだろう。その時は玲子を離さず愛してやろうと思う。
でも俺は十三年も前から、ゆっちゃんただ一人が、欲しくて欲しくて、ずっと亜貴を捕らえて叩きのめす事だけを目標に、今日まで生きて来たんだ。
ゆっちゃんが居なかったら、俺は絶対に、あの時確実に死んでいた。もし生きることが出来たとしても、今まで人間として、まともに生きることさえできなかっただろう。
俺は、ゆっちゃん以外、欲しいものは何もない。
十三年前の、あの時の幸せ――それを取り返せるなら、何でもしようと思った。
殺したい程憎んでいる亜貴と親友のフリをしていたのも、悲鳴を上げる心に蓋をして、優しく相談事に乗って、信頼できる友達の男というポジションを作り上げたのも、全部、全部、ゆっちゃん――君を亜貴から奪い返すその為だったんだ。
長い人生を天秤にかけた時、たかが十年足らずの青春の時間より、ずっと、一生長く添い遂げられる時間の方が大切だ。
だから俺は、時間をかけて亜貴を陥れる事を、罠にかける事をその時から決めて考えていた。
周到にその罠を張り巡らせて、時期が来たら、その罠にかけて亜貴を仕留める為に。
どんなことでもやり遂げる覚悟も決めた。亜貴を捕らえるには、こちらも相当な犠牲が必要な事は承知の上だ。
俺がどんなに苦痛を伴ったとしても、自身の手で何とかできれば良かったけれど――亜貴を罠に嵌めるその時期が来た時、他に最良の選択肢は無かった。でも、俺はその選択肢を、掴んで、使ってしまった。
大事な玲子を罠に仕立て上げて使う、極悪非道な選択肢を――・・・・
ただ、亜貴からゆっちゃんを取り返し、あの時のように彼女の隣に戻れた時、俺は、本当に心の底から笑えるだろうか。
自分勝手に玲子をあんなに傷つけて、放り出したんだ。笑って暮らせる資格がある筈がない。
そう思って、何度玲子を愛そうと努力した事だろう。
今まで俺を支えてくれた玲子を、一生愛してやれたらどんなにいいかって、もうこんな醜い茶番劇なんて放り出して、玲子だけを愛して生きていけたらどんなにいいかって、何千、何万回思ったか解らない。
でも、玲子じゃ、ダメだった。
こんなどうしようもない俺を、心から愛してくれた、ただ一人の大事な女だったのに。
そんな大事な女だからこそ、さっきも正直、玲子を抱きたくは無かった。
他の女に心を傾けていると知りながら、アイツは二年も俺の傍に居て、俺の為に手を尽くしてくれたんだ。
たった一度きりとはいえ、俺に抱かれる事を望んだアイツの最初で最後の希望を、散々利用した張本人であるこの俺が、叶えないわけにはいかなかった。
計画を引き受けてもらう時に約束もした以上、やっぱりお前を抱くのは嫌だとは、口が裂けても言えなかった。
仕方なく、偽物の愛を与える事しか出来なかった。
手を汚すと決めた以上は、どんな事でもやらなければいけない覚悟をしていたけれど、本当に苦しかった。
そんな風に一線を越えると、違うんだな。後ろめたくて、後悔だけが心に波紋を広げて残った。
玲子が少ない自分の荷物を抱えて、この家を出て行った音だ。この日が訪れることはもうわかっていたから、一人で落ち着く先は準備してあると彼女は言っていた。
自分は夜の方が似合うからと言って、朝まで待たずに出て行った。もう彼女には、二度と会う事は無いだろう。
玲子――俺が公園で拾った、大事な女。
お前の声が二度と聞けない、お帰りと迎えてくれる姿がもう無いのだと思うと、何故か無性に淋しさが溢れた。
玲子が居なくなって、自分勝手に淋しいと思う俺は、どこまで卑怯で最低な人間なんだろう。
お前がもう二度と俺の前にその姿を現す事なく、独りで生きていくのだと思うと胸が痛んだが、胸を痛めるそんな資格さえ、俺には無い。
こんなドブネズミみたいな俺の事を、何時も必死に愛してくれたお前の事を、同じ様に俺が一生愛してやれたらいいなって、何度思った事だろう。
でも、出来なかった。
挙句お前のキモチまで利用して、千回殺しても飽き足らない男――亜貴の元へ送り込み、その大事な体を使わせてしまったんだ。
大事な女だったのに、愛してやれなかっただけじゃなく、利用し、傷つける事しか出来なかった。
俺は何時か地獄に堕ちるだろう。その時は玲子を離さず愛してやろうと思う。
でも俺は十三年も前から、ゆっちゃんただ一人が、欲しくて欲しくて、ずっと亜貴を捕らえて叩きのめす事だけを目標に、今日まで生きて来たんだ。
ゆっちゃんが居なかったら、俺は絶対に、あの時確実に死んでいた。もし生きることが出来たとしても、今まで人間として、まともに生きることさえできなかっただろう。
俺は、ゆっちゃん以外、欲しいものは何もない。
十三年前の、あの時の幸せ――それを取り返せるなら、何でもしようと思った。
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だから俺は、時間をかけて亜貴を陥れる事を、罠にかける事をその時から決めて考えていた。
周到にその罠を張り巡らせて、時期が来たら、その罠にかけて亜貴を仕留める為に。
どんなことでもやり遂げる覚悟も決めた。亜貴を捕らえるには、こちらも相当な犠牲が必要な事は承知の上だ。
俺がどんなに苦痛を伴ったとしても、自身の手で何とかできれば良かったけれど――亜貴を罠に嵌めるその時期が来た時、他に最良の選択肢は無かった。でも、俺はその選択肢を、掴んで、使ってしまった。
大事な玲子を罠に仕立て上げて使う、極悪非道な選択肢を――・・・・
ただ、亜貴からゆっちゃんを取り返し、あの時のように彼女の隣に戻れた時、俺は、本当に心の底から笑えるだろうか。
自分勝手に玲子をあんなに傷つけて、放り出したんだ。笑って暮らせる資格がある筈がない。
そう思って、何度玲子を愛そうと努力した事だろう。
今まで俺を支えてくれた玲子を、一生愛してやれたらどんなにいいかって、もうこんな醜い茶番劇なんて放り出して、玲子だけを愛して生きていけたらどんなにいいかって、何千、何万回思ったか解らない。
でも、玲子じゃ、ダメだった。
こんなどうしようもない俺を、心から愛してくれた、ただ一人の大事な女だったのに。
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他の女に心を傾けていると知りながら、アイツは二年も俺の傍に居て、俺の為に手を尽くしてくれたんだ。
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仕方なく、偽物の愛を与える事しか出来なかった。
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