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第二話・壊れた男
Side・松田 亜貴・6
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あれからまた幾日が経った。
今日は珍しい人物から飲みに誘われた。実に二年ぶりに会う、親友の壮だ。
久々に傷ついた壮を見れるという訳だな。どんな風に由布ちゃんの事を想って、傷ついているのだろう。とてもワクワクする。
是非とも僕の琴線を沢山震わせて欲しい。
プライベートな密談にはもってこいのバー『ルタン』に僕は足を踏み入れた。
壮に紹介して貰って玲子と出逢ったバーだ。ここに来るのも随分久しぶりだ。
玲子と会うのはお互い身体が目的だから、専らホテルで会う事が多い。だからこのような人目に触れる場所には、滅多に来ないんだ。
暗く落とされた照明が、個々のテーブルを薄ぼんやりと照らしている。
壮は既にやって来ていて、一番奥の席に座って綺麗な緑色に輝く酒――ジンライムを飲んでいた。ジンライムは、壮が昔から好きな酒だ。相変わらず好きな女も、飲む酒も一緒だな。壮は何も変わらない。
「久しぶりだな、壮。元気だったか?」
僕は挨拶を交わしながら、壮の向かい側に腰を下ろした。
「お陰様で。亜貴も何か飲めよ。ビールか?」
「いいや。君と同じものを貰おうかな」
「オーケー」
相変わらず流暢な英語の発音だ。流石だと思う。壮は慣れた様子でマスターに向かって手を上げ、同じものを彼に、とオーダーを伝えた。
程なくして壮と同じ飲み物が、僕の目の前に置かれた。
この酒はまるで由布ちゃんの様だな。
僕と君はずっと前から由布ちゃんを取り合っている仲なんだと、象徴するかのようだ。
グラスを傾けて乾杯をした。飲むと焼けつくような独特の熱さが喉に染みわたる。美味い酒だ。
「仕事はどうだ、亜貴。忙しいのか?」壮が尋ねてきた。
「いいや、年末までだよ。こうやって飲みにくる時間ができたって事は、それほど会社が忙しくない証拠さ」
「成程」
「そっちはどうだ?」彼の仕事の現状がどのようなものか、聞き返した。
確か二年前に日本で、壮のカウンセラーが受けられるクリニックを開設したって言ってたな。
こっちに帰って来て由布ちゃんに接触しないか最初は心配だったけど、音沙汰も無かったから、実のところ壮の事は少し記憶から薄れていた。
勿論壮が戻ったことは、由布ちゃんに話していない。由布ちゃんが僕以外の男――特に壮の事を考えて欲しくなかったからだ。
話せばきっと由布ちゃんは喜び、笑顔で壮の元へ駆けつけていくだろう。そして僕との夫婦間の仲の事も、壮になら平気で相談するだろうその姿を容易に想像できるからだ。
ずっとアメリカに行っていればいいのにと、帰ってきた当初は思ったけれど、それは今も同じ考えだという事に何ら変わりは無かった。
――この男を見ると、まだ由布ちゃんを僕から奪い盗る事を諦めていない様子が伺える。
とても心配になった。壮に由布ちゃんを盗られるのではないかと、心がざわついた。
さっきは傷ついた壮の顔を見て、色々刺激的な話なんかを聞きたいと思ったが、少しの刺激でワクワクする程度なら、そんなものは不要だ。脅威の方が勝っている壮の存在は、無い方が遥かに良い。
こうなるとできれば日本に帰って来て欲しくなかった。一生、僕の目の届かないような、海外の僻地(へきち)で由布ちゃんを想いながら一人で暮らせばいいのに。
「仕事は、結構忙しいんだ。メディアに出てもいないのに、何故かクリニックは順調でな。お前みたいに悩んでいる人間は、日本には山ほど居るからな。患者は後を絶たない。だから、俺みたいな仕事が儲かって役に立つ」
「納得だ」
壮のカウンセラーの腕は確かだからな。人気が出るのも頷ける。僕も随分助けられた。
特に二年前、壮が日本に戻って来たばかりの時だ。
あの時は僕が本当に闇に飲み込まれそうになっていて、由布ちゃんを壊してしまう寸前だったから。
壮は僕のそんな状態を見抜き、アドバイスをくれたんだ。
その時だ。玲子に会ったのは。彼女のお陰で、僕は今も由布ちゃんを壊さずに済んでいる。
「それで? そんな仕事の現状とか、当たり障りのない野暮な話をしに来たんじゃないだろう。今日は僕に何の用だ? 何か土産話でもあるのか?」
「土産ねえ。ま、土産っちゃー土産だな」
壮は唇の端を上げて、不敵に笑った。珍しい笑い方だ。彼がこんな風に笑う所を、僕は初めて見た。
壮は持参していた鞄から何やら封筒を取り出した。茶色い無地の大きな封筒だ。A4の書類がすっぽり入る程の大きさだ。
彼が僕の方に封筒を向けて来たので、受け取った。
「何だよ、これは」
何枚か書類が入っているようだ。
「土産だ。見てみろよ」
封筒を開けて中を見ると、予想通り何枚かの書類が入っていた。書類をまとめて掴んで取り出すと、一番上の書類の見出しに、『調査報告書』と大きく書かれていた。
僕と、玲子が僕に腕を絡めてホテルから出て来た場面の隠し撮りの写真が、書類の上にクリップで止められていた。
「・・・・一体、どういうつもりだ」
「どういうつもりって? ちゃんと書類、読めよ」
続きを促されたので、僕は再び書類に目を落とした。
調査報告書――対象者氏名 松田 亜貴
住所、氏名、年齢、配偶者等が記載されている。
調査開始は二年前から始まっていた。玲子と関係を持ち始めてすぐの頃だ。この書類はそのうちの最初の一枚だ。
僕の足取りを追いかけている。何時に何処のホテルへ行き、出て来たか、等だ。
ご丁寧に、日付のついた写真まで書類に印刷されている。
これで僕を脅そうって訳か。面倒だな。
ため息を吐きたくなった。
そして次の書類を見た瞬間、僕は目を疑った。
調査報告書――対象者氏名 秋山 玲子
先程と同じように、住所、氏名、年齢、配偶者等が記載されている。
配偶者 秋山 壮太
あきやま・・・・そうた、だと?
今日は珍しい人物から飲みに誘われた。実に二年ぶりに会う、親友の壮だ。
久々に傷ついた壮を見れるという訳だな。どんな風に由布ちゃんの事を想って、傷ついているのだろう。とてもワクワクする。
是非とも僕の琴線を沢山震わせて欲しい。
プライベートな密談にはもってこいのバー『ルタン』に僕は足を踏み入れた。
壮に紹介して貰って玲子と出逢ったバーだ。ここに来るのも随分久しぶりだ。
玲子と会うのはお互い身体が目的だから、専らホテルで会う事が多い。だからこのような人目に触れる場所には、滅多に来ないんだ。
暗く落とされた照明が、個々のテーブルを薄ぼんやりと照らしている。
壮は既にやって来ていて、一番奥の席に座って綺麗な緑色に輝く酒――ジンライムを飲んでいた。ジンライムは、壮が昔から好きな酒だ。相変わらず好きな女も、飲む酒も一緒だな。壮は何も変わらない。
「久しぶりだな、壮。元気だったか?」
僕は挨拶を交わしながら、壮の向かい側に腰を下ろした。
「お陰様で。亜貴も何か飲めよ。ビールか?」
「いいや。君と同じものを貰おうかな」
「オーケー」
相変わらず流暢な英語の発音だ。流石だと思う。壮は慣れた様子でマスターに向かって手を上げ、同じものを彼に、とオーダーを伝えた。
程なくして壮と同じ飲み物が、僕の目の前に置かれた。
この酒はまるで由布ちゃんの様だな。
僕と君はずっと前から由布ちゃんを取り合っている仲なんだと、象徴するかのようだ。
グラスを傾けて乾杯をした。飲むと焼けつくような独特の熱さが喉に染みわたる。美味い酒だ。
「仕事はどうだ、亜貴。忙しいのか?」壮が尋ねてきた。
「いいや、年末までだよ。こうやって飲みにくる時間ができたって事は、それほど会社が忙しくない証拠さ」
「成程」
「そっちはどうだ?」彼の仕事の現状がどのようなものか、聞き返した。
確か二年前に日本で、壮のカウンセラーが受けられるクリニックを開設したって言ってたな。
こっちに帰って来て由布ちゃんに接触しないか最初は心配だったけど、音沙汰も無かったから、実のところ壮の事は少し記憶から薄れていた。
勿論壮が戻ったことは、由布ちゃんに話していない。由布ちゃんが僕以外の男――特に壮の事を考えて欲しくなかったからだ。
話せばきっと由布ちゃんは喜び、笑顔で壮の元へ駆けつけていくだろう。そして僕との夫婦間の仲の事も、壮になら平気で相談するだろうその姿を容易に想像できるからだ。
ずっとアメリカに行っていればいいのにと、帰ってきた当初は思ったけれど、それは今も同じ考えだという事に何ら変わりは無かった。
――この男を見ると、まだ由布ちゃんを僕から奪い盗る事を諦めていない様子が伺える。
とても心配になった。壮に由布ちゃんを盗られるのではないかと、心がざわついた。
さっきは傷ついた壮の顔を見て、色々刺激的な話なんかを聞きたいと思ったが、少しの刺激でワクワクする程度なら、そんなものは不要だ。脅威の方が勝っている壮の存在は、無い方が遥かに良い。
こうなるとできれば日本に帰って来て欲しくなかった。一生、僕の目の届かないような、海外の僻地(へきち)で由布ちゃんを想いながら一人で暮らせばいいのに。
「仕事は、結構忙しいんだ。メディアに出てもいないのに、何故かクリニックは順調でな。お前みたいに悩んでいる人間は、日本には山ほど居るからな。患者は後を絶たない。だから、俺みたいな仕事が儲かって役に立つ」
「納得だ」
壮のカウンセラーの腕は確かだからな。人気が出るのも頷ける。僕も随分助けられた。
特に二年前、壮が日本に戻って来たばかりの時だ。
あの時は僕が本当に闇に飲み込まれそうになっていて、由布ちゃんを壊してしまう寸前だったから。
壮は僕のそんな状態を見抜き、アドバイスをくれたんだ。
その時だ。玲子に会ったのは。彼女のお陰で、僕は今も由布ちゃんを壊さずに済んでいる。
「それで? そんな仕事の現状とか、当たり障りのない野暮な話をしに来たんじゃないだろう。今日は僕に何の用だ? 何か土産話でもあるのか?」
「土産ねえ。ま、土産っちゃー土産だな」
壮は唇の端を上げて、不敵に笑った。珍しい笑い方だ。彼がこんな風に笑う所を、僕は初めて見た。
壮は持参していた鞄から何やら封筒を取り出した。茶色い無地の大きな封筒だ。A4の書類がすっぽり入る程の大きさだ。
彼が僕の方に封筒を向けて来たので、受け取った。
「何だよ、これは」
何枚か書類が入っているようだ。
「土産だ。見てみろよ」
封筒を開けて中を見ると、予想通り何枚かの書類が入っていた。書類をまとめて掴んで取り出すと、一番上の書類の見出しに、『調査報告書』と大きく書かれていた。
僕と、玲子が僕に腕を絡めてホテルから出て来た場面の隠し撮りの写真が、書類の上にクリップで止められていた。
「・・・・一体、どういうつもりだ」
「どういうつもりって? ちゃんと書類、読めよ」
続きを促されたので、僕は再び書類に目を落とした。
調査報告書――対象者氏名 松田 亜貴
住所、氏名、年齢、配偶者等が記載されている。
調査開始は二年前から始まっていた。玲子と関係を持ち始めてすぐの頃だ。この書類はそのうちの最初の一枚だ。
僕の足取りを追いかけている。何時に何処のホテルへ行き、出て来たか、等だ。
ご丁寧に、日付のついた写真まで書類に印刷されている。
これで僕を脅そうって訳か。面倒だな。
ため息を吐きたくなった。
そして次の書類を見た瞬間、僕は目を疑った。
調査報告書――対象者氏名 秋山 玲子
先程と同じように、住所、氏名、年齢、配偶者等が記載されている。
配偶者 秋山 壮太
あきやま・・・・そうた、だと?
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