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第一話・壊れた女

Side・松田 由布子・4

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 日課の掃除を終え、今日のお詫びとして亜貴くんの一番の好物で喜んでもらおうと、買い物に行って帰ってきた。ポストを見ると何枚かのDMや請求書に混じって、私宛のハガキが入っていた。見ると同窓会のお知らせだった。中学生の時の、同窓会のお知らせだ。

 退屈な日々が、少しくらい何か変わればいいのに。

 私はすぐ同窓会に出席する旨を書いて、返信用のハガキをポストに入れに行った。
 あ、亜貴くんの同意取ってないけど、もう、別にいいわよね。
 何なら事後報告でも、亜貴くんは怒らないわ。

 でも、やっぱりちゃんと伝えておこう。

 その夜、何時もは午後九時過ぎまでには帰宅するのに、亜貴くんは珍しく帰りが遅かった。連絡も遅かったし、何時もの時間に合わせて作った、折角のお料理が冷めてしまった。
 亜貴くんは、たまにこういうところがある。まあ、急な付き合いもあるだろうから、仕方ないのは解るけどね。

 もう。折角好きなもの作ったのに。しょうがないな。おなかも一杯だろうから、彼の帰宅後、御飯がいるかどうかも聞かずにテーブルの上を片付けていると、亜貴くんがごめん、折角用意してくれたのに、食べるよ、と言ってきた。
 
「無理して食べなくてもいいよ。おなかいっぱいでしょ? また作るから、気にしないで。今日作ったものは、明日にでも温め直して食べたらいいじゃない」

 笑顔で言った。嫌な顔してこれ以上貴方に失望されたくない。

「ホント、ゴメン! この埋め合わせは必ずするから」

 亜貴くんは私の前で、手を合わせて謝ってくれた。

「怒ってないよ。お互い様でしょ? 今日、私だって寝坊しちゃったんだもん。ごめんなさい。会議ちゃんと間に合った?」

「うん。タクシーの運転手に、頼むから急いでくれってお願いしてさ。ギリギリセーフだったよ」

 思った通り、間に合ったのね。

「良かった! 亜貴くんを遅刻させたりしたら、私までお父さんに怒られちゃうところだったわ」

 カワイイ女を演じて、私はペロっと舌を出した。


 本当は貴方を困らせようと思って、わざとやったのよ、って言ったら、貴方、どんな顔するのかしら?
 その切れ長の瞳に、動揺の色を浮かべたりするのかしら?
 失望されたくないから言わないけど、私はこれからそんな風に想像して楽しむことにした。
 もうそれくらいしか、楽しむ術が無い。

 

 私、亜貴くんのどこが好きなんだろう。


 何もかも投げ捨てて、この家飛び出してやろうかと思う事が今まで何度あったか、数えきれないのよ。

 貴方が、私を愛してくれないから。
 私を、こんなに淋しいひとりぼっちの悲しい女にさせるから。

「ねえ、亜貴くん。今度ね、中学の時の同窓会があるの。もう返事しちゃったんだけど、来月の日曜日、行ってきてもいいかな?」

 貴方は、行くななんて、言わないでしょうね。

「ああ、いいよ。行っておいで」

 ホラ、やっぱり。

「うん、ありがとう。じゃあ、うんとお洒落して行ってこようかなっ」

「それがいいよ。由布ちゃんがいつまでも綺麗な僕の奥さんだって、同級生に自慢してきてよ」

 亜貴くんは、優しい顔で微笑んだ。

 何時も綺麗でいるのは、貴方の為なのよ。


 貴方に抱いて欲しいから。
 貴方に愛して欲しいから。


 でも、亜貴くんには、何も通じないのね。

「うん、そうするっ」

 涙が出そうになったのを必死に堪え、私は笑った。
 もうこんな乾いた笑い、止めたい。心から、貴方に愛されて笑いたい。


 壊れそうだよ。もう限界だよ。


 助けてよ、亜貴くん――・・・・



 今日も、昨日と同じように別々のベッドで眠った。当たり前なのに、毎日期待をしては毎日勝手に落ち込んでいる。
 これをあと何年続けたら、私は楽になれるのだろう。
 貴方に愛されたくて、こんなに努力しても、もう無駄なんだ、と貴方に背を向けられる度に思い知らされる。



 私は冷たい左側のベッドで、一人声を押し殺して泣いた。



 亜貴くん、亜貴くん、亜貴くん――・・・・



 貴方の事を好きで居続けることに、もう疲れてしまった。
 完璧すぎる夫に愛して貰えない出来の悪い妻は、もう、女じゃない。貴方の飼い犬でしか無いんだ。


 飼い犬にさえ、もしかしたらなれないのかも知れないわね。


 誰か、助けて。
 私を、亜貴くんの呪縛から、解放して――



 
 
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