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あなたに微笑む
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祖母が微笑んだ所で、目を塞がれたように突然視界が暗くなった。さくらが慌てて祖母を掴もうとして、もう一度勝手に閉じてしまった瞼を開いてみると、目の前に映った景色は木々が生い茂る山間だった。これは休憩した時に見た山岳の様子だ。ようやく青くなりかけの木や、まだ茶色の葉をつけた寒々しい様子の木が立ち並ぶ、冬の終わりの山の顔。
「あれっ」
さくらは辺りを見渡した。ささくれ立った木の椅子に、凭れて眠っていたように思えた。
「夢・・・・?」
さくらは立ち上がって、迷わず左の分岐点に入った。さっきのように自分を呼んでいた声は、もう聞こえない。だが、頼りの声は無くとも道は鮮明に覚えている。ぬかるみに気を付けながら進むと、道を塞ぐように草木が生い茂っている筈――しかし、どれだけ先へ進んでもあの草木の壁は無かった。一本道で迷う事など無いのに。
勿論、石段も無かった。無限に繋がっているかのように、獣道だけが先へ伸びている。しかも山道は荒れている上に、急斜面で進みにくい。続く道がどんどん険しくなっている。
先程の出来事は、ただの夢だったようだ。久々の山歩きに疲れてしまい、あの椅子に座って眠りこけてしまったのだろう。さくらは来た道を戻った。果てるつもりでここへ来たのに、絶望も死ぬ気も失せていた。毒気を抜かれた気分だったが、喪失感だけは残っていた。
仕方なく下山し、都会に戻ろうと思って電車を待っていた。祖母に会え、励ましてくれた事が嬉しかったのだが、ただの夢であったことが非常に残念だった。おかげでさくらは、強く祖母の事を思い出した。彼女が安らかに眠るあの土地で、自害するわけにはいかなくなってしまった。
都会に戻ったら、とりあえずアルバイトでも始めてみようかな――『家族が待っちょる』という事、どうしても立ち行かなくなった時は、田舎に帰ってくればいいと思えただけでも、気分は軽くなった。来て良かった、とさくらは思った。
考え事をしながら木造のホームで電車を待った。田舎の駅だから都会と違って本数は少ない。次の電車は三十分後だ。利用客も少ないのだから当然だろう。十分ほど待つと、右端に座っているさくらと対比するように左端に誰かが座った。
気になったので横目でちらっと見つめた。性別は男性で、年齢は若そうだ。田舎には珍しいスーツ姿。色が黒っぽい上に、ネクタイも黒かった。葬式の帰りだろうか。だとしたら違和感はないかな――退屈なので人間ウォッチングをしていたところ、その男性が胸を押さえて苦しみだした。
「大丈夫ですか?」
さくらは思わず駆け寄って声を掛けた。「どうされました?」
「く、くすり・・・・を・・・・」
男性が自分の隣に置いたリクルート鞄を指差した。さくらは少し躊躇ったが、鞄を開けることにした。この症状は恐らく喘息の症状のひとつで、喘鳴(ぜんめい)と呼ばれるものだ。呼吸が荒れ、ゼーゼーと苦しそうに息を吐いているのが特徴で、吸入器で薬を吸い込めば、症状は治まる事をさくらは知っていた。同じ症状の同級生がいて、何度も助けた経験があるからだ。
「あれっ」
さくらは辺りを見渡した。ささくれ立った木の椅子に、凭れて眠っていたように思えた。
「夢・・・・?」
さくらは立ち上がって、迷わず左の分岐点に入った。さっきのように自分を呼んでいた声は、もう聞こえない。だが、頼りの声は無くとも道は鮮明に覚えている。ぬかるみに気を付けながら進むと、道を塞ぐように草木が生い茂っている筈――しかし、どれだけ先へ進んでもあの草木の壁は無かった。一本道で迷う事など無いのに。
勿論、石段も無かった。無限に繋がっているかのように、獣道だけが先へ伸びている。しかも山道は荒れている上に、急斜面で進みにくい。続く道がどんどん険しくなっている。
先程の出来事は、ただの夢だったようだ。久々の山歩きに疲れてしまい、あの椅子に座って眠りこけてしまったのだろう。さくらは来た道を戻った。果てるつもりでここへ来たのに、絶望も死ぬ気も失せていた。毒気を抜かれた気分だったが、喪失感だけは残っていた。
仕方なく下山し、都会に戻ろうと思って電車を待っていた。祖母に会え、励ましてくれた事が嬉しかったのだが、ただの夢であったことが非常に残念だった。おかげでさくらは、強く祖母の事を思い出した。彼女が安らかに眠るあの土地で、自害するわけにはいかなくなってしまった。
都会に戻ったら、とりあえずアルバイトでも始めてみようかな――『家族が待っちょる』という事、どうしても立ち行かなくなった時は、田舎に帰ってくればいいと思えただけでも、気分は軽くなった。来て良かった、とさくらは思った。
考え事をしながら木造のホームで電車を待った。田舎の駅だから都会と違って本数は少ない。次の電車は三十分後だ。利用客も少ないのだから当然だろう。十分ほど待つと、右端に座っているさくらと対比するように左端に誰かが座った。
気になったので横目でちらっと見つめた。性別は男性で、年齢は若そうだ。田舎には珍しいスーツ姿。色が黒っぽい上に、ネクタイも黒かった。葬式の帰りだろうか。だとしたら違和感はないかな――退屈なので人間ウォッチングをしていたところ、その男性が胸を押さえて苦しみだした。
「大丈夫ですか?」
さくらは思わず駆け寄って声を掛けた。「どうされました?」
「く、くすり・・・・を・・・・」
男性が自分の隣に置いたリクルート鞄を指差した。さくらは少し躊躇ったが、鞄を開けることにした。この症状は恐らく喘息の症状のひとつで、喘鳴(ぜんめい)と呼ばれるものだ。呼吸が荒れ、ゼーゼーと苦しそうに息を吐いているのが特徴で、吸入器で薬を吸い込めば、症状は治まる事をさくらは知っていた。同じ症状の同級生がいて、何度も助けた経験があるからだ。
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