あなたに微笑む

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家

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『こっち』


 不思議な声は、再びさくらに届いた。
 やっぱり聞こえる。空耳でない事を確信したさくらは立ち上がった。

「どこ? だれ?」

 何度か大声で呼んでみたり、反対に静かに語りかけてみたが返事は無かった。
 幻聴か――再びそう思ったが、『こっち』と三度目(みたびめ)の声が聞こえた。

 さくらは声がした方へ歩いてみた。椅子が置いてあった休憩所から本当は右へ行くつもりだったが、声は左から聞こえてきた気がしたので分岐を左に行ってみた。
 草木が生い茂っており、歩きにくい場所が続く。ぬかるみや枯葉に足を取られつつも、気を付けながら進んだ。先程の声はもう聞こえない。

 やがて倒木などがあり、自分の背丈よりも随分高い草が生えているので、先へ進めなくなってしまった。

「なによ! 行き止まりなんて!」

 さくらは怒って思わず文句を言ってしまった。
 すると、先ほどの声が聞こえたのだ。『こっち』、と。
 その声は自分の背丈よりも遥に高い草木で覆われた、その先から聞こえてきた。

「ここに入れっていうの? 冗談キツイ・・・・」

 軍手を嵌めた手で、草を掻き分けてみた。しかしその先も草が続いており、足元も見えない。山道だから危険だ。何時足を踏み外すか解らない。
 戻ろうかとさくらは迷った。だが、どういう訳かこの声を無視する事が出来ない。きっとこの先に何かがある、と予感めいたものが胸中に渦巻いている。確かめたい。

 足場を確認しながら慎重に、さくらは草を掻き分けながら進んだ。苦労したが、何とか草木が生い茂る箇所は切り抜けることが出来た。
 再び道なき道を進んで行くと、あちこちがひび割れたせいで段差もまばらで、苔が無数に生えた状態の割れた石段が右手に見えた。獣道と化した道をこのまま進もうと思えば、どこまでも行ける。ここは、分岐点だ。
 
『こっち』

 先程の声が右手から聞こえる。さくらはぎょっとして目を見張り、石段を見上げた。長く続く石段は、先が見えない。これを上れというのか――

 ここまで来たのに声を無視する事ができないさくらは、握りこぶしを作って腹に力を入れ、一歩踏み出した。
 杖代わりに拾った長い木の枝を上段に置き、そろりと体重を移動させる。ゆっくり石段を上り、その作業を繰り返した。
 二十段を超えたあたりから息切れを起こしだした。辛い。苦しい。
 はあ、はあ、と定期的な荒い息が吐き出された。
 足が重い。
 こんな階段があるなら、最初から言っておいてよ――さくらは、険しい石段を登りながら小さくぼやいた。目の前にまだまだ続く階段を見上げると、うんざりとした気分になった。

 途中で引き返そうかと思ったが、ここまで苦労して来たのだからと思い直し、足を踏み出した。
 夢中でひとつひとつ上っていると、ようやく石段の先が明るくなった。希望が見えたので、さくらは頑張った。だんだんと重くなってきた足を持ち上げ、荒くなった息をおかまいなしに強く吐き出し、上る事だけに集中した。
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