3 / 7
あなたに微笑む
2
しおりを挟む『こっち』
不思議な声は、再びさくらに届いた。
やっぱり聞こえる。空耳でない事を確信したさくらは立ち上がった。
「どこ? だれ?」
何度か大声で呼んでみたり、反対に静かに語りかけてみたが返事は無かった。
幻聴か――再びそう思ったが、『こっち』と三度目(みたびめ)の声が聞こえた。
さくらは声がした方へ歩いてみた。椅子が置いてあった休憩所から本当は右へ行くつもりだったが、声は左から聞こえてきた気がしたので分岐を左に行ってみた。
草木が生い茂っており、歩きにくい場所が続く。ぬかるみや枯葉に足を取られつつも、気を付けながら進んだ。先程の声はもう聞こえない。
やがて倒木などがあり、自分の背丈よりも随分高い草が生えているので、先へ進めなくなってしまった。
「なによ! 行き止まりなんて!」
さくらは怒って思わず文句を言ってしまった。
すると、先ほどの声が聞こえたのだ。『こっち』、と。
その声は自分の背丈よりも遥に高い草木で覆われた、その先から聞こえてきた。
「ここに入れっていうの? 冗談キツイ・・・・」
軍手を嵌めた手で、草を掻き分けてみた。しかしその先も草が続いており、足元も見えない。山道だから危険だ。何時足を踏み外すか解らない。
戻ろうかとさくらは迷った。だが、どういう訳かこの声を無視する事が出来ない。きっとこの先に何かがある、と予感めいたものが胸中に渦巻いている。確かめたい。
足場を確認しながら慎重に、さくらは草を掻き分けながら進んだ。苦労したが、何とか草木が生い茂る箇所は切り抜けることが出来た。
再び道なき道を進んで行くと、あちこちがひび割れたせいで段差もまばらで、苔が無数に生えた状態の割れた石段が右手に見えた。獣道と化した道をこのまま進もうと思えば、どこまでも行ける。ここは、分岐点だ。
『こっち』
先程の声が右手から聞こえる。さくらはぎょっとして目を見張り、石段を見上げた。長く続く石段は、先が見えない。これを上れというのか――
ここまで来たのに声を無視する事ができないさくらは、握りこぶしを作って腹に力を入れ、一歩踏み出した。
杖代わりに拾った長い木の枝を上段に置き、そろりと体重を移動させる。ゆっくり石段を上り、その作業を繰り返した。
二十段を超えたあたりから息切れを起こしだした。辛い。苦しい。
はあ、はあ、と定期的な荒い息が吐き出された。
足が重い。
こんな階段があるなら、最初から言っておいてよ――さくらは、険しい石段を登りながら小さくぼやいた。目の前にまだまだ続く階段を見上げると、うんざりとした気分になった。
途中で引き返そうかと思ったが、ここまで苦労して来たのだからと思い直し、足を踏み出した。
夢中でひとつひとつ上っていると、ようやく石段の先が明るくなった。希望が見えたので、さくらは頑張った。だんだんと重くなってきた足を持ち上げ、荒くなった息をおかまいなしに強く吐き出し、上る事だけに集中した。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。


上京して一人暮らし始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった
さばりん
青春
都内の大学に進学し、春から一人暮らしを始める北の大地からやってきた南大地(みなみだいち)は、上京後、幼馴染・隣人・大学の先輩など様々な人に出会う。
そして、気が付けば毎日自分の家に美少女が毎日泊まりに来るようになっていた!?
※この作品は、カクヨムで『日替わり寝泊りフレンド』として投稿しているものの改変版ですが、内容は途中から大きく異なります。
四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜
八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」
「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」
「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」
「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」
「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」
「だって、貴方を愛しているのですから」
四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。
華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。
一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。
彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。
しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。
だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。
「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」
「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」
一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。
彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。
海辺の町で
高殿アカリ
青春
無口で読書好きのみなみには
陽太と夕花、二人の友人がいた。
三人の思いが交差して
夏は過ぎていく―――――
友情も
恋愛も
家族愛をも超えたその先に
見えるものは一体何だろう
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる