あなたに微笑む

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家

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 はあ、はあ、と定期的な荒い息が吐き出された。
 足が重い。
 こんな階段があるなら、最初から言っておいてよ――小石川(こいしかわ)さくらは、険しい石段を登りながら小さくぼやいた。目の前にまだまだ続く階段を見上げると、うんざりとした気分になった。

 大学進学を理由に田舎を出て早四年。最近ようやく決まりかけた就職先最後の一社の最終面接の後、まさかの落選通知。
 遠距離で続けていた彼氏とも別れ、就職先も見つからない。今のさくらには、絶望しかなかった。
 何をやっても上手く行かない現実社会に嫌気がさし、最後に田舎に戻って山の上に咲いていると言われるサクラでも見て、その場で果てようかと考えていた。


 私は今、どうしてこんな石段をヒーヒー言いながら上がっているのだろうか――遡る事十数分前、黙って田舎に戻って来たさくらは、自分の名前の由来になったというヤマザクラを見に来たのだ。もう十年前に亡くなってしまったが、彼女が大好きだった祖母、小石川ウメが何時も言っていた言葉を思い出して。

『山んサクラはてげ美しい。見た者に希望をもたらしてくれて、明るう照らしてくるるっちゃが。但し、何時でも見るるもんじゃねえ。神様んサクラやかぃ、神出鬼没』

 今年で二十三歳になるさくらは、未だかつて祖母の言っていたヤマザクラを見た事が無かった。現実社会に疲れ切ってしまった今、そのサクラを見て思いたい。サクラを見ただけで希望なんかが湧くもんか、と。そして自分の名前の由来になったサクラの下に埋まってやるのだ、と。

 そのヤマザクラがあると言われている実家近くの裏の山に、さくらは一人で登山していた。険しい山だから幼い頃から近づくことを禁じられていた山に、一人で足を踏み入れるのは初めてだった。山の頂にあるとされているヤマザクラを探すべく、当てもなく勘を頼りに頂上を目指していた所、中腹辺りに木で作られた古い椅子があった。誰かが作ったのだろうか、親切に背もたれも付けられた手作りの長椅子だった。
 木でできている上に古いものだから、あちこちがささくれ立っている。さくらは気を付けてその椅子に腰かけ、目下に広がる景色を見た。
 山の中腹だから、木々が生い茂る様子しか見えない。うっすらピンク色に色づくような桜が咲いているような景色も見えず、深いため息を吐いて水筒の茶を飲んでいた時だった。


『こっち』


 誰かの声が聞こえた。
 さくらは辺りを見渡したが、何も見えない。誰の姿もない。
 当然だった。今この山にいるのは、自分一人だけの筈――


 
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