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スマイル36・王様の帰還

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 あれからあっという間に月日は流れた。
 気が付くと、クリスマスの朝。王雅からの連絡は、一度も無かった。

 信じてくれと言われて待っていたけど、流石の王様でも出来ない事があるのね。
 頑張ってくれたとは思う。でも、間に合わなかった。


 それでも、花井が出入りするマサキ施設に、恭ちゃんや菫ちゃん、まりなちゃん、他にも色々私を心配して顔を見せに来てくれたみんなのお陰で、今日までやって来れた。


 仕事部屋の私が今使っている机の引き出しにしまった、写真立てに入れている王雅の写真を取り出した。
 あの時――バーベキューに行った時に見せてくれた、最高の王様スマイル。
 私の、一番好きな顔。


 王雅の笑顔を見つめていると、涙が零れた。


 もう、どうすることもできないのね。
 貴方を待つことが、出来なくなってしまうのね。


 この世で一番憎んでいる、あの、最低男の嫁になる日が来るなんて。
 でも、マサキ施設を手放す事は私には出来ない。
 自分からこの施設に背を向ける事は、絶対にあってはならない事よ。もしそんな事をしてしまったら、私は自分が自分を赦せなくなってしまうし、立ち上がって生きて行く事が出来ないんだもの。


 私を生かしてくれたこの施設を、捨てて行く事なんて出来ない。

 マサキ施設を捨てるという事は、私のおとうさんとおかあさんを捨てて行く事になるも同然よ。

 溢れた涙が頬を伝い、笑顔の王雅の上に零れ落ちた。

 王雅の事を思い出していたら、セクハラ大王の台詞が脳内に蘇った。


――なあ、ミュー。

――お前、処女?

――お前、幾らだったらヤらせてくれる? 俺、処女好きなんだ。だって汚くねーだろ? 誰もツッ込んでねーんだから。


 最初に出会った貴方は高慢ちきでエラソーだったし、一日体験で行ったバイト先のClub-雅-で、本当に最低なセクハラ男だったわよね。
 あまりにムカついたから、おもわず水かけてビンタまでお見舞いしちゃったもんね。
 そのおかげでたった一時間しか働けなくて、アルバイト代の五千円もらい損ねて、本当に腹が立ったし。
 更に次の日に施設の立ち退き要請に来て、ムチャクチャな割に子供たちには何故か好かれて。


 そんな男がこんな笑顔を見せて、いつの間にか私の心に入り込んで、住みついてしまうんですもの。


 想像もできなかった。あんな最低セクハラ男を、こんなにも好きになってしまうなんて。

 

 王雅。

 好きよ。


 本当はずっと、私の傍にいて欲しい。
 貴方の傍で、笑っていたい。


 笑顔の王雅の上に、私の涙がポタポタ落ちた。


 写真の貴方は、ずっと素敵な笑顔ね。
 私の好きな、王様スマイル。


 今から花井のものになってしまうけど、心はずっと貴方に傾けておくわ。
 どうにもならなくても、王雅を想っているだけで強くなれそうな気がした。


 貴方が見ていても恥ずかしくないように、これからも生きていこう。


 涙を拭った。ぱんっ、と自分の両頬を包み込んで叩いた。
 泣くのはもう終わり。大切な子供たちが待っているんですもの。

 私は洋服の上から、ぎゅっと首筋辺りを握りしめた。王雅が贈ってくれた婚約指輪、ちゃんとある。
 これは外さないから。どんな時でも、たとえ花井のものになっても。




 コンコン




 仕事部屋にノックがかかった。きっと、花井が来たのね。
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