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スマイル28・王様の涙

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 それからすぐ、佳奈美さんがマサキ施設にやって来た。三十歳過ぎの、おっとりした優しそうな女性。やや明るめの茶色の肩までのボブヘアーが、よく似合っている。
 ここへ初めて来た時はもう少しふっくらしていたのに、逃亡生活で肩身が狭いのか、久々に見る彼女は少し痩せていた。チイちゃんにそっくりの、ほっぺのぷにぷにが彼女の魅力だと思っていたのに、それが失われつつある。


「佳奈美さん、こちら、櫻井王雅さん。今回の事で色々と力になってくれるの。彼は、私の知人で、とても頼りになる人よ。信頼できるから」


 王雅にも佳奈美さんを紹介すると、王雅が責任を持って支援することを約束してくれた。
 本当に頼りになるわ。

 さっき佳奈美さんが来るまでに王雅が調べておいてくれた、関西の方で女性が自立支援のできる施設や、相談できるところのリストが印刷されたものを、彼女に渡してくれた。


「見ず知らずの私に、こんなに親切にしてくださって・・・・本当に、ありがとうございます」


 佳奈美さんが涙を見せた。


 ずっと辛くて苦しくて、誰に相談しても話を聞いてもらえず、自分の言っている事は誰にも信じてもらえず、あのDV男――上村信夫(うえむらのぶお)――チイちゃんのお父さんとの異常な生活に限界を感じていた佳奈美さんが、彼の目を盗んで、チイちゃんを連れてマサキ施設にやってきたいきさつを、王雅に語った。
 チイちゃんのお父さんは周囲からの信頼も厚く、周りを味方に取り込むのが上手い男だったから、彼を知る誰もが佳奈美さんに、信夫さんがそんな事するとは思えない、貴女の気にし過ぎよ、と言われていたみたいなの。実の両親にさえ信用してもらえなかったというから、その辛さたるや想像を絶するわ。
 とにかく急いで佳奈美さんの準備を整えて貰い、三人で遊戯室に向かった。寝かせていたチイちゃんを起こして、佳奈美さんに託した。
 お母さんに久々に会えて満面の笑顔のチイちゃんを、王雅が淋しそうに見つめていた。
 凄くよく解るわ、そのキモチ。本当の両親には、私たちがどんなに努力しても、適わないわよね。それを、思い知らされる時だから。


「みんな、お話があるの。先生の周りに集まって」


 子供たち全員を呼んだ。チイちゃんのお母さんと、チイちゃんを私の前に立たせた。

「突然だけど事情があって、チイちゃんが今日でマサキ施設を去ることになったの。お母さんがお迎えにきてくれたから、もうこれでお別れすることになるわ。みんな、チイちゃんにお別れの挨拶、できるかな?」

 私の言葉に、子供たちがえー、そんなあー、と淋しそうな声を上げた。

「チイちゃんは事情があって遠くに行ってしまうけど、何時でも仲良しの友達であることには変わりないわ。また会えるから、それまで元気で・・・・」

 もう、言葉を続ける事が出来なかった。
 涙が頬を伝い、淋しさがとめどなく溢れた。


 子供たちも、みんな泣いていた。
 チイちゃんとの別れを惜しんで、いっぱい泣いた。

 みんなで最後までチイちゃんを見送りたいって言いだしたから、困ってしまった。
 自家用機の準備が出来ているのは王雅の家だから、どうしようかしら。

「なあ、美羽。みんなでチイを見送ってやろ―ぜ。自家用機がある場所は自宅の敷地内だし、お前等が何人来たって、構わねえぞ」

「でも・・・・ご迷惑にならないかしら」

「いいって。気にすんな。主の俺がいいっつってんだから」

 王雅に押し切られて、結局みんなで彼の家まで行くことになった。
 大型リムジンバスみたいなものまで用意してくれて、全員でそれに乗って、自家用機のある場所まで急ぐことになった。

 高級リムジンバスに乗ったものだから、子供たちはチイちゃんとのお別れという事も忘れて、キャアキャア言いながら楽しそうにしていた。
 遠足にでも行くと思っているのかしら。無邪気ね、子供は。


 バスが暫く走ると、東京都内でもかなりのお金持ちしか住めないような地域に突入した。どこもかしこも大きな家ばかりで、私が足を踏み入れた事も無いような、異世界が広がっていた。

 王雅の家は、その中の一際大きなお屋敷だった。他の大きな家とはまた別格で、土地も隔離されていた。


 広大な敷地に聳え立つ、お城のような家。


 眩暈がした。
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